第九十六話:求婚された?
目の前には美しい花畑が広がっている。
王子自らが手入れしているという庭園は私も綺麗だと思う。だけど、「君には敵いそうにない」って言うのはよくわからない。
素直に受け取るなら庭園よりも私の方が美しいと言いたいのだと思う。だけど、どう考えてもそんなわけないと思う。
お世辞だとは思うけど、ここでお世辞を言う理由がわからない。
好きな相手とかならともかく、ここでそんなこと言っても相手を誤解させるだけだと思うけどな。
「ハク、君は今までに見たどの宝石よりも美しい。その銀髪は私の金髪と対を成し、月のように輝いて見える。どんなに磨き上げられた宝石でも君の前では霞んで見えてしまうだろう。そして、そんな君に出会えた私は何と幸運なのだろう」
「え、え?」
「私は確信した。私は今日という日のために生きてきたのだと。ハク、君のことが好きだ。私の愛を受け取って欲しい」
そう言って手を取り、跪いて手の甲にキスをする王子様。
あー、うん、えー、うん? なにこれ。
私告白されたの? 王子様に? いやいやいや、どうしてそうなったし。
私は今日初めて王子様に会った。それは相手も同じことだろう。
私達が交流した時間はあまりにも短く、にも拘らず告白されるってことは一目惚れされたってことなんだろうな。
まじかぁ……。
一目惚れして勢いに任せて求婚するって言うのはよくある展開ではあるんだろうけど、まさか自分がされるとは思わなかった。
なんだかんだで私は男性としての記憶があり、考え方もそれに寄っているところがある。だから、自分の事を女性として見ることは少なく、故に求婚されるなんて考えもしなかった。
だってありえないでしょ。別に顔がいいわけでもないし、いつも仏頂面してる相手に誰が心打たれるのか。
「え、ええと、ごめんなさい?」
「……そうか、いきなりで驚いただろう。熱くなってしまったようだ」
とりあえず断っておいた。
いくら顔が良くても男と結ばれるなんて御免だし。王子様だから結婚したら生活は盤石になりそうだけど、別に今でもそこまで困ってるわけでもないしね。
とはいえ、それでも自分を好きだと言ってくれた人の好意を無下にするのは少し心が痛む。
平静を装ってはいるけど、王子様も少なくないダメージを受けているようだった。
まあ、素直に引いてくれただけ聞き訳がいいと言えるだろう。
「まずは僕の良さを知ってもらってからだろう。急いては事を仕損じるという言葉がある。ハク、まずは友達から始めようではないか」
「は、はぁ……」
ああ、うん、全然諦めてねぇわ。
うーん、まあ、友達くらいなら、いいかな? 好意は普通に嬉しいし。
しかし、王子様がいきなりどこの馬の骨ともわからない相手に求婚なんてしていいんだろうか。普通、王族の結婚相手って言ったらやっぱり格式高い家の人とかなんじゃないだろうかと思うんだけど。
見た感じ14、5歳くらいに見えるけど、早ければもう許嫁とかがいてもおかしくない気がする。
いるならその人と結婚するのが筋だろうし、仮にいなかったとしても、辺境の村で育ったただの平民の私と王子様じゃ絶対に釣り合わない。
どう転んでも反発は起きるだろう。面倒事の匂いしかしない。
多少歩み寄るくらいなら別にいいけど、結婚まで行くのはどう考えてもあり得ないだろうな。
その後、王子様と多少の話をした後城を出た。
王子様は意外と紳士的で、求婚を断った私を責めるわけでもなく自分の良さを知ってもらおうとあれこれ話してくれた。
毎日剣術の稽古をしているとか、外交のために他国へ行ったとか、魔法の適性が三つもあるとか。
意外だったのは私と同い年だったという点だ。そういえば、アリシアがそんなことを話していたような気もする。
私も年を低く見られがちだけど、王子様は逆に高く見られがちなようで、頑張ってもあまり褒めてもらえないと嘆いていた。
年齢は低く見られても高く見られても苦労するものなんだね。私はさっさと大きくなりたいけど。
朝早くに来たのだが、すでにお昼を過ぎている。割と長引いたなぁと思いつつ、宿へと戻った。
もう見慣れた廊下を通って部屋へと直行する。お姉ちゃんは外に出ているのか部屋には誰もいなかった。
ここ最近は外壁の工事を手伝ったりしている。
あの外壁は特殊な造りで、修復には錬金術師が携わっていると聞いたので私達にできることはないと思っていたんだけど、どうやら材料が足りないらしくそれを運搬するための護衛としての仕事なら受けられるのではとギルドマスターに相談を受けたのだ。
私としてもいつまでも外壁が崩れたままなのは安心できないからそれくらいならばと依頼を受けることにした。
ほんとはお姉ちゃんと一緒に行きたいんだけどね。今は人手が足りないらしく、私も一応Bランク冒険者としてソロで活動するには支障がないとして別々に依頼を受けている。
まあ、帰ればすぐにでも会えるからそこまで寂しくはないけど。むしろ寂しがっているのはお姉ちゃんの方かもしれない。別々に受けて欲しいと言われて最初はだいぶぐずってたし。
さて、部屋に戻ったはいいけどまたすぐに出かけることにしよう。
というのも、午後からはサリアに誘われてダンジョンに行くことになっているからだ。
多くの特殊オーガを出したあのダンジョンだが、今では調査も終わり、普通に開放されている。危険な魔物もほぼ一掃されていて、今ならそこまで危険も大きくないからと魔物の血を集めている。
サリアがぬいぐるみにした被害者達はもうほとんど元に戻ったが、それでもまだいる。すべてを戻すためには魔物の血が足りないのだ。
ちなみに、元に戻った被害者達は王様の指揮の下それぞれの家へと帰されている。
ぬいぐるみになっている間は体が成長しないらしく、攫われた当初の姿のままであったため混乱も大きかったが、それでも大体は受け入れてもらえているようだった。
すでに両親が死んでしまっていたり、初めから身寄りがなかった子供達に関しては孤児院に入れられた。
今回の件は王様も見て見ぬふりをして来た犠牲者達だけあって支援は手厚い。そこまで悪い扱いにはならないだろうと思う。
魔物の血の方はあと数回ダンジョンに潜れば集まるだろうと思う。とはいえ、一度深手を負ったダンジョンなので行くときはサリアだけでなくミーシャさんも一緒に行ってくれている。稽古が早く終わる時にはアリシアも。
まあ、あの時と違って私は万全の状態で戦えるし、もし同じ状況に陥ってももう少し善戦できると思うけどね。
お姉ちゃんに書置きを残し、サリアの屋敷へと向かう。
先程の帰り道を少し戻り、中央部へと続く門をくぐる。サリアの屋敷は中央部の中でも割と外れた場所にあるので路地裏を通りながら向かう。
しばらくして、屋敷に辿り着いた。扉をノックすると、執事さんが出迎えてくれる。
もう何回も来ているので最初の時のような警戒はない。むしろ、笑顔を見せて歓迎してくれた。
「お、ハク来たか。待ってたぞ」
応接室へと通されると、ピンク髪のご令嬢に出迎えられる。
すでにダンジョンに行く気満々なのか服装は動きやすいものであり、髪もポニーテールでまとめている。
砕けた喋り方なのはいつものことだ。令嬢らしからぬとは思うが、それなら私と二人っきりの時のアリシアだって負けてない。むしろあっちの方が酷い。
私としてはそっちの方が気楽でいいけどね。私は基本的に敬語を使うけど、堅苦しく喋りたいわけではないから。友達と認めた相手には砕けた喋り方もする。
まあ、サリアの場合は素でこの喋り方なんだろうけどね。
初めてアリシアと会った時は多少取り繕ってはいたが、それもすぐに剥がれたし。まあ、サリアの過去的に誰もそういうことについて指導してなかっただろうから当然と言えば当然かもしれないけど。
嬉しそうに立ち上がるサリアを見てふっと頬が緩んだ気がした。