第二百二十六話:暴投
その後も、順調に進むかと思われたが、ちょっとしたトラブルがあり、ボウリングは中止せざるを得なかった。
というのも、お兄ちゃんは、とにかく勢いが必要だと感じたのか、かなり力を入れて投げた。
その結果、ボールは勢いよくピンを跳ね飛ばし、隣のレーンにまで吹き飛ばしたのである。
変な投げ方をしてボールが隣のレーンに行くってことはたまにあるけど、ピンはよほど変な当たり方をしない限りはレーンから飛び出ることはない。
それが、数本単位で飛び出したというのは、かなりのハプニングであり、店員さんも困惑したような表情でピンを回収していた。
これだけでも、かなりやばいことだったが、続くエルの番にて、事件は起きた。
エルは、お兄ちゃんの投げる様子を見て、力加減に気を使ったらしい。あんまり早く投げなくても、ピンはちゃんと倒れるとわかったようだった。
しかし、投げる速度に注視するあまり、投げ方が疎かになり、何と、ボールは床を転がることなく、天井へ吹き飛んだ。
幸い、照明などがある部分は外れていたが、それでも天井に当たってから落ちてきたボールは結構は破壊力があり、店内中に大きな音を響かせ、一時的にすべてのプレイが中断される事態となった。
被害としては、天井と床に軽いへこみがついたくらいで、思ったよりは大事には至らなかったが、店の方から、申し訳ないが出て行って欲しいと言われてしまい、そのまま追い出される形になったわけである。
「まさか、こんなことになるとは……」
確かに、トラブルが全く起こらないと思っていたわけではない。
みんな初心者だし、常識を知らなければ、何かしらやらかすのではないかと少しは思っていた。
でも、それはせいぜい、他の人と口論になるだとか、そういうものだと思っていた。
まさか、力加減のせいで大惨事になるとは思わなかった。
絶対、顔覚えられただろうなぁ。出禁と言われたわけではないけど、今後行くとしても、結構時間を置く必要がありそうである。
《申し訳ありません……まさかあんなことになるとは……》
《いや、仕方ないよ。やり方わからなかったんだもんね》
直接の原因となったエルは、見るからにしょぼくれている。
せっかく楽しく遊ぼうとしていたのに、水を差してしまったのだから、無理もないけど、これはこういう事態を想定できなかった私のせいでもある。
エルは悪くないと言い聞かせつつ、ひとまず手近な店に入ることにした。
《ほら、ご飯食べて忘れよう?》
《は、はい……》
適当に入った店だったが、どうやらラーメン屋らしい。
テーブル席に案内され、メニュー表を渡されたので、ひとまず何を食べようかと思案した。
《これはうまいのか?》
《まあ、美味しいと思うよ。嫌いな人はそうそういないんじゃないかな》
《ほう、それは楽しみだな》
今はエルのことの方が気がかりなので、私は適当に注文し、エルの機嫌を取ることにする。
頼んだのは、一般的な醤油ラーメンだったが、王道だけあって、味の方はシンプルに美味しかった。
《エル、どう?》
《美味しいです。こんな料理もあるんですね》
ラーメン自体は、聖教勇者連盟あたりが作っていそうだけど、こうして食べるのは初めてだったようだ。
だんだんと元気が出てきたようで、しばらくすると、積極的に食べ始めたので、一安心である。
あんまりお腹はすいてないんだけど、私も食べようか。
《しかし、これからどうするか》
《ハク、他に行ける場所はある?》
《え? うーん、無難に行くなら、バッティングセンターとかかな》
《なんだそれ?》
《あ、えっと、木の棒でボールを打ち返すゲームかな?》
一応、この辺りにもあったような気はするけど、行ったことはない。
私は、野球は苦手だったからね。
打とうとすれば、ボールが見えずに空振り三振。守りに入れば、キャッチできず、転がったボールを拾っても、どこに投げたらいいかわからない。
そもそも、そんなに投げるのがうまかったわけでもないから、仮にわかっていたとしても届かなかっただろうけどね。
そういうわけで、あんまり触ってこなかった。
今なら、打つことくらいはできるかな? 目に身体強化魔法をかければ、見切ることは簡単だろうし。
《それ、面白いのか?》
《うーん、面白いんじゃないかな。多分》
正直、私はよくわかんないけど、よくストレス発散にバッティングセンターに行くって人は見かけるし、打ち返す時のあの感覚が楽しいんだろうね。
《まあ、ハクが言う場所なんだから、楽しいだろう》
《今度はしっかり遊べるといいわね》
《き、気をつけます……》
まあ、バッティングセンターでは基本的に打つだけだし、そんな問題は起こらないとは思うけどね。
あるとしたら、バッドが折れるとか、そのくらいじゃないかな。
あんまり暴れ過ぎると、このあたり一帯で要注意人物に指定されそうだから、気を付ける必要はありそうだけど。
「あ、あの……!」
「うん?」
そうやって話していると、不意に話しかけられた。
誰だと思って振り返ってみると、高校生くらいの女性が二人、物珍しそうな目を向けてこちらを見ていた。
え、ほんとに誰?
「さ、サイン貰えませんか!」
「さ、サイン?」
そう言って、一冊のノートを差し出してくる。
サインって、私達は別に有名人というわけではないと思うんだけど……。
ああでも、こんな見た目だし、どこかの有名人だと勘違いしたのかもしれないね。
有名人でないとしても、見た目はかなりいいわけだし、記念にという可能性もある。
私はとりあえず、状況が呑み込めていないみんなに事情を説明する。
《別に書いても構わないが、名前なんてなにに使うんだ?》
《えっと、有名な人から何かを貰うっていうのが重要、なんじゃないかな?》
《なるほど。尊敬されているわけか》
《ああ、そんな感じかも》
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、冒険者として尊敬の目で見られることは多々ある。
あれに名前が書かれたものという記念を渡すと考えれば、理解しやすいのかもしれない。
ひとまず、特に問題はなさそうなので、了承しておくことにした。
「わー! ありがとうございます!」
全員の名前を書くと、二人は嬉しそうに笑顔を見せる。
まあ、書いたは書いたけど、それはあちらの世界の言語なので、読めないと思うけどね。
それでも、満足そうに去っていくのを見て、少しは書いた意味もあったんじゃないかと思えてくる。
《記念というなら、武器とか、魔物の素材とか渡した方がよかったかな》
《それは絶対やめてね》
こちらの世界に来るにあたって、みんなの武器は私の【ストレージ】にしまってあるけど、お兄ちゃんは自前で【アイテムボックス】を持っているから、多少のものは用意できる。
けど、初対面の相手に、いきなりナイフとか渡したら、それこそやばい奴だろう。
あちらの世界でなら、喜ばれるかもしれないが、こちらの世界では、下手したら警察沙汰である。本当に、迂闊なことはしないでほしい。
どこかのタイミングで、しっかりと常識を教えないといけないなと思いつつ、店を後にするのだった。




