第二百十八話:里帰りをもう一度
第二部第八章、開始です。
冬も終わり、春の日差しが降り注ぎ始めた頃。
シルヴィア達の出版社である、ニドーレン出版を巡った騒動は落ち着きを見せていた。
最初の犯人であるカナディ出版は、正式に倒産し、従業員達も瓦解。古くから続いていた出版社の倒産に、惜しむ声もちらほら見えたが、号外の影響で、ほとんどは潰れて当然と冷ややかな視線を浴びせられることになっていた。
次に襲ってきた、シェイダン伯爵率いるファン集団だけど、あれもシルヴィア達が、他の本も作ると約束したことで、一気に元気を取り戻し、今では暴走するファンを抑える防波堤として、機能してくれているようである。
元々、ニドーレン出版を潰したいわけではなく、ただ自分達の要望を通したいってだけの話だったので、こちらに関してはそこまで複雑なことはなかった。
そして、最後、『黒き聖水』の面々だけど、詐欺の容疑で審判にかけられることになった。
流通していた豊穣の神の乳は、確かに万病を治す薬だったが、それらを売る目的は、眷属化し、自分達の仲間に加えるためのもの。
話を聞いても、どう考えても悪魔崇拝のような、狂信者達ばかりだったので、更生させる意味も込めて、しばらく牢に入れられることになった。
更生できなかったら処刑される運命なんだろうけど、ニグさんのこともあるし、できればちゃんとまともになって欲しいところではあるね。
「あれから護衛をしていても、特に襲撃が起こることもないし、もう大丈夫かな」
まあ、時折アンチのような輩は出てくるけど、せいぜい文句を言うくらいで、襲撃と呼べるほどの規模ではない。
流石に、そこまで取り締まっていたらきりがないので、それくらいは自力で何とかしてほしい。
と言っても、今は護衛も増やしたようだし、大丈夫だと思うけどね。
「気になるのは、クイーンのことについてだけど」
あれから、ルーシーさんからの連絡はない。
いや、一応、この件に関して、私の方で調べに行く必要はないとは言われたけど、結局まだ詳細はわかっていないんだろうか。
天使の目なら、すぐに犯人は特定されそうな気はするんだけど、やはり相手も神様だから、手こずっているんだろうか?
まあ、ルーシーさんが言うってことは、最高神様の言葉でもあるんだろうし、私が首を突っ込む必要は本当にないんだろうけど、気にならないわけではない。
そのうち、少しでもいいから教えてくれるといいのだけど。
「まあ、今は待つしかないし、やるべきことをやって行こうか」
しばらくシルヴィア達の護衛をしていたおかげで、色々とやることがある。
いや、緊急で、今すぐやらなければならないってことは少ないけど、しばらく忙しかったこともあって、できていないことがいくつかあるのだ。
その一つが、地球への里帰りである。
以前、あちらの世界に行ったのが、およそ1年前。
当初の予定では、あちらの世界で数えて、二週間に一回くらい帰れたらいいなって話をしていた気がする。
あちらの世界での一日は、こちらの世界での一か月なので、すでに二週間が経とうとしている、いやもう経っている状況だ。
配信活動も、また失踪するわけにはいかないし、そろそろ行っておきたいというのが本音である。
「確か、前回はRTA配信をしたんだっけ?」
自分にできる配信は何かと模索し、一夜の提案もあって、行きついたのがRTA配信だった気がする。
それで、そこそこいい成績を出して、みんなに褒められたことは覚えているんだけど、これ以降もこの路線でいいんだろうか。
まあ、RTAでなくても、ゲーム配信を中心に、というのでもいいかもしれないけど、私の個性として、何かしらのジャンルに偏らせたい気はする。
そうなった時、私が得意、というか、配信映えしそうなものと言ったら、魔法を使ってスーパープレイするってくらいなので、ゲーム配信がいいかなと。
まあ、そのあたりは、一夜とか、他のみんなにも聞いて決めて行こうか。
どのみち、二週間ぶりになるだろうから、挨拶しないといけないしね。
「さて、みんなも行くかな?」
以前は、私の他にも、お姉ちゃんやお兄ちゃんもついてきた。
今なら、私の転移魔法でもあちらの世界までひとっ飛びなので、ローリスさんに頼んで迎えに来てもらう必要もない。
だから、割と気軽に誘うことができる。
「みんな、地球に行くけど、来る?」
「もちろん行くわ」
「ハクの故郷か、もちろん行くぞ」
「僕も行くよ」
「私もついてまいります」
家にいる人達は、全員来る様子である。
他にも誘ってもいいけど……いや、まあ、そこまではしなくていいか。
シルヴィアとか、連れて行ったらめちゃくちゃ喜びそうだけど、拠点を手に入れたとはいえ、あんまり大勢連れて行っても居場所に困る。
私も配信活動をしなくちゃいけないし、その間ユーリだけに任せるのもちょっと可哀そうだしね。
なので、今回もこのメンバーである。
「ローリスさんに伝えなくていいの?」
「まあ、いいんじゃないかな。あっちは、結構頻繁に行ってそうだし」
ローリスさん率いるヒノモト帝国は、転生者に神力を取得させることにより、魔法陣に行くまでの道のりを安全にし、魔法陣を起動させ、あちらの世界に連れていくことによって世界間貿易を行おうとしている。
まあ、それにはローリスさんのあちらの世界での父親である正則さんが関わっているんだけど、もしそれが実現できれば、大昔のように交流ができるかもしれない。
それに、故郷である地球に、魔物に転生した転生者が再び住まうことができるのか、という実験もある。
以前は、私も一緒に行ったけど、恐らく、この1年の間にも、何度も赴いてはいるだろう。
一緒に行きたいと請われるなら行ってもいいけど、今回はそこまでする必要はないと思っている。
まあ、後で文句を言われたら、その時考えるとしよう。
「それじゃあ、みんな私に掴まってね」
庭に出て、みんなに集まるように促す。
さて、ルーシーさんから神様の使う転移魔法を教えてもらったのはいいけど、実際に使うのは初めてである。
もちろん、やり方的には今までの転移魔法と大差はないのだけど、距離が距離だから、本当にうまく行くかどうか。
不安ではあるけど、この世界内であれば、普通に使えるのは確認しているし、今更怖がるのは違うか。
私は、みんなの手を掴み、意識を集中させる。
目指すのは、ダンジョンにある転移魔法陣の行き先と同じ、山の中である。
恐らく、やろうと思えば、一夜のマンションの前とかもいけそうだけど、そこだと誰かが見ているかもしれないしね。無駄なリスクは取らない方がいいだろう。
「……ふぅ、転移!」
気合を入れるために、言葉に出して、転移魔法を発動させる。
次の瞬間には、目の前の景色は一変していた。
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