第九十五話:王子様
サリアを幽閉する。殺さないだけましとも言えるけど、それはあまりにも酷な判断だった。
しかし、王様の表情を見て、まだそれが最終決定ではないことがわかった。
それはそうだろう。そうでなければわざわざ私を呼び出したりせずにさっさとやればいいだけの話なのだから。
「だが、アンリエッタには反対された。娘は変わったのだと。だから幽閉は待って欲しいと」
今までやってきたようにただ監視しているだけでは余計な被害が出てしまう。確実な方法は殺してしまうかどこにもいかないように閉じ込めてしまうかだ。
今までそれをしなかったのはサリアの能力を恐れてのことだろう。下手に関わってぬいぐるみにされたらたまらない。今のままでもそこまで被害は出ていないのだからもう少し様子を見てもいいのではないかと。
だが、ここ最近で状況は変わってしまった。今まで引きこもっていた対象は外へと繰り出し、我が物顔で歩き回っている。
これ以上は看過できないということなのだろう。多少の犠牲を払ってでも強硬手段に及びたいという考えが見て取れた。
これを止めているのはアンリエッタ夫人の言葉だけ。彼女がどれほど王様に信頼されているかはわからないが、王様の行動を躊躇させるくらいには発言力があるらしい。
「そこでそなたに問いたい。そなたから見てサリアは危険に値する人物か?」
「いいえ」
サリアが危険かそうでないかと言われたら間違いなく後者だ。
アンリエッタ夫人の言う娘は変わったというのは間違いなく真実であり、それを促した私だからこそ自信を持って言える。
見事に即答して見せた私に王様はピクリと眉を動かした。そして、興味深そうに腕を組み、私の言葉の続きを促す。
「彼女が変わったというのは間違いないです。それは今までぬいぐるみに変えてきた人達を元に戻しているということからもわかると思います」
「しかし、話によればそなたもぬいぐるみにされたと聞くが?」
「それは事実です。しかし、彼女は心を開いてくれた。現に私は元に戻っていますし、今では友達と言える関係にあると思います」
「だから危険はないと?」
「万に一つもなく確実にとは申し上げられませんが、少なくとも露骨に敵対でもされない限り彼女は安全だと断言できます」
サリアはようやく人と人のまま接することを覚えた。今では私やアリシア以外にも多くの知り合いがいる。
すべてをさらけ出して能力のことについてもわかった上で友達でいてくれる人というのは未だに少ないとは思うけど、それでもいないことはない。彼女が真摯であり続ければ、そのうち誰も気にしなくなることだろう。
最悪なのは再び突き放されて元に戻ってしまうことだ。せっかく自信を取り戻してきたというのにそれではあまりにも可哀そうだし、誰も幸せになれない。
ここで無理矢理幽閉などしようものならそれこそ取り返しがつかないことになるだろう。
「能力自体は確かに危険なものです。ですが、彼女は危険ではありません。彼女はただの、少々幼い貴族の令嬢にすぎません」
サリアは幸せになっていい。もう十分苦しんだのだから。
その幸せをこんな形で潰されるなんてあっていいはずがない。
それに、せっかくできた友達が幽閉だなんて到底許せるはずもない。年はあちらの方が上だけど、私にとって彼女は妹とも呼べる存在なのだから。
「……そなたの言い分はよくわかった」
ふぅと息を吐き、そっと目を閉じる王様。
……あれ、これ大丈夫だよね? つい熱くなっちゃったけど、失礼じゃなかったよね?
ちらりと後ろの護衛を見てみる。その表情はとても不機嫌そうで、明らかに私に敵意を向けていた。
ああ、やっぱり言い過ぎたかな? どうしよう、不敬罪で死刑とか一番嫌な死に方なんだけど……。
もう、いざとなったら逃げるしかない。どこか遠くに、見つからない場所まで逃げよう。
「ならばサリアの処遇はこれまで通り、保護観察に徹するのみにする」
「陛下、それは!」
「正気ですか!?」
王様の言葉に思わず護衛の人達が声を荒げる。
恐らくサリアを幽閉するって言うのはほぼ決定事項だったんだろう、それが私なんかの言葉で覆されたもんだから動揺したんだと思う。
というか私もそんなにすんなりことが通るとは思っていなかった。最悪サリアと一緒に逃避行なんてのも視野に入れていたんだけど……。
王様は護衛達を軽く宥めると私の方に向き直る。
「そなたがそこまで言うのなら問題はなかろう。ただし、今後問題が起これば幽閉も視野に入れることにする」
「王の多大なるご厚意に感謝いたします」
深々とお辞儀をし、今回の決定に感謝する。
これでサリアに関しては大丈夫だろう。心証としてはあまりよくないだろうと思っていたんだけど、王様が理解ある人間で助かった。
ちらりと護衛の人達を見てみるともの凄い形相で睨んでいる。
まあ、彼らにとってサリアの幽閉は自分の身を守ることにも繋がっていただろうから不服なのはわかる。でも、こちらとて引くことはできない。害はないから諦めて欲しい。
「さて、そなたを呼んだのにはもう一つ理由がある」
「はい?」
サリアの件でとしか聞いていなかったのだが、王様はまだ何か用事がある様子。
何だろうと思っていると、コンコンと扉がノックされる音が聞こえてきた。
王様が入室を許可すると、入ってきたのは煌びやかな装飾が施された服を着た少年だった。
身長はそこそこ高く、160㎝くらいはあるだろうか。切れ長の目にさらさらとした金色の髪。凛々しい顔つきは大人っぽさを感じさせる。
「お呼びでしょうか、父上」
「おお、早かったな。こちらがそなたが会いたいと言っていたハクだ。ご挨拶を」
「わかりました」
少年は王様の隣まで歩み出ると私に向き直る。
見れば見るほど整った顔立ちだ。これだけの容姿を持っているならかなりモテるだろうな。
少年は私の顔を見た途端一瞬たじろいだようだったけど、すぐに立て直して挨拶を始めた。
「初めまして。私はアルト・フォン・オルフェス。一応この国の第一王子だ」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。ハクです」
綺麗だなぁとは思っていたけどまさか王子様とは。どこの世界でも王子様って美形なんだね。
会いたいと言ってたけど、もしかして私を呼んだもう一つの理由ってこれ?
私なんかと会いたいって、王子様は一体何がしたいのだろうか。
「ち、父上、少し彼女と話してみても?」
「ああ、よい。せっかくだ、城の中を案内して上げなさい」
「はいっ!」
若干そわそわした様子で王様に尋ねる王子様。王様もあっさりとそれを了承し、私は王子様と二人きりで城の中を歩くことになった。
本当は護衛の人が付いてきたがってたんだけど、なぜか王様が止めていた。
信用してくれるのはありがたいけど、そんな無防備でいいのだろうか。
手を差し伸べられたので軽く取ると、とても暖かかった。
「さあ、ハク。こちらへ、見せたいものがある」
城の案内もそこそこにずんずんと先に進んでいく王子様。
背が高いせいか、その歩幅は結構広く気を付けないと遅れてしまいそうになる。
こういう時って男性が女性に合わせる物じゃないのかな? まあ、私は中身は男性だから別にいいけどさ。
体力のなさもあり若干息を切らしながら連れてこられたのは中庭だった。
かなり手入れが行き届いているのか、庭にある花々はいずれも綺麗に咲き誇り、甘い香りを振りまいている。
へぇ、こんな場所もあるんだね。
城って聞くともっと武骨なイメージがあったんだけど、ここだけを見るなら美しい場所と思える。もちろん、城の内部も装飾が施されていて立派なんだけど、こうした自然の美しさというのはやはり違うものだ。
「綺麗ですね」
「ああ、ここは城の中でも特に美しい場所でね、日頃から手入れは欠かしたことはない」
「王子様自らが手入れを?」
「ああ、すべてではないが私も手伝っている」
へぇ、意外と可愛い一面もあるんだね。そう言うのはお姫様とかがやりそうなものだけど。
「だが、どれほど美しくても君には敵いそうにないな」
「……うん?」
え、今何て言った?