第二百十三話:アジトへ
「ハクお嬢様、戻りました」
「お帰り」
ある程度質問を終えたところで、エルが戻ってきた。
転移魔法で戻って来たせいか、急に現れたので、男は動揺して目を丸くしている。
まあ、それはいいとして、きちんとアジトは発見できたんだろうか?
「どうだった?」
「ぬかりなく。アジトは発見できました」
無事に尾行は成功したらしい。
アジトがあるのは、どうやら外縁部の地下にある、下水道の先のようだ。
どうやら独自に道を切り開いたらしく、本来の下水道の道に、さらに続きがあるらしい。
流石に、下水道に入ってからは尾行が難しく、途中で引き返さざるを得なかったが、探知魔法で確認した限り、奥の方にたむろしている集団を発見したので、そこがアジトで間違いないだろうとのこと。
まあ、アジトでないにしても、メンバーがいるのに違いはないし、ちゃちゃっと捕まえちゃおうかな。
「案内してくれる?」
「もちろん。この男はどうしますか?」
「あ、そっか。じゃあとりあえず、寝ててもらおうかな」
私はとっさに、闇魔法で男を眠らせる。
こんな場所に放置したら、下手したら追剥に会うかもしれないけど、まあ、特に目新しいものは持ってないし、多分大丈夫だろう。
重要そうな杖もすでに回収しているし、この男から取れる情報はもうない。
ちょっとアジトを制圧するまでの間、大人しくていてもらおう。
「じゃあ、お願い」
「はい、こちらです」
そう言って、エルは先導して歩き出す。
裏道を進むこと数分、地下に続くマンホールを発見する。
下水道は臭いがきついから、あんまり好んでいきたいとは思えないけど、まあ、仕方ないよね。
意を決して、下水道に降りる。
辺りには、かすかに霧が漂っていて、少し視界が悪い。
あんまり長居したくないし、さっさと済ませてしまおう。
「あそこだと思います」
「なんか扉があるね」
エルに案内されるがままに進んでいくと、やがて先の方に扉を発見する。
探知魔法で見る限り、中には数十人規模の人間がひしめいているようだ。
空間自体も広く、このあたり一帯はすべて掘りぬかれていそうである。
よく崩れないな。下手したら、地盤沈下してしまいそうである。
「さて、どうやって片付けようか」
まだ確認を取っていないとはいえ、こんな明らかに違法に作り上げられた場所に隠れているんだから、犯罪者であることに間違いはないだろう。
よく観察してみれば、あの時の監視役の気配もあるし、ここが奴らのアジトであることは間違いない。
一気に制圧したいところだけど、流石に数十人も待機しているとなると、どんなに早く制圧しても、ある程度の抵抗はされてしまうだろう。
別に、抵抗されたところで、よほどのことがなければ勝てるとは思うけど、その間に逃走されたり、証拠を隠滅されたりしても困る。
だから、できれば確実に全員を捕縛できるようにしたいところ。
一番簡単なのは……やっぱり睡眠魔法かな。
扉の隙間から魔法の霧を流し込んで、眠らせる。そうすれば、戦わなくても制圧することは可能だろう。
もしかしたら、魔法を弾くローブとかを持っている可能性もあるが、流石にこの密閉空間で継続的に睡眠魔法をかけ続けられたら、耐えられないと思うし、むしろ効きすぎて永遠の眠りにつかせないように気を付ける必要がありそうだ。
私はエルに目配せすると、さっそく睡眠魔法を流し込む。
突然の霧に、驚くことはあるかもしれないけど、元々下水道にはうっすらと霧が立ち込めているし、仮に異変に気付いたとしても、その頃には夢の中だろう。
しばらく流し込んで、探知魔法で確認する。
全員動かなくなったのを確認したら、いったん風魔法で霧を晴らし、中へと突入していった。
「うわ、死屍累々って感じ」
中は簡素な空間が広がっていた。
広さこそあるが、家具と呼べるものはせいぜいテーブルと椅子くらい。
辺りには飲み食いしたであろう残骸が転がっており、かなり不衛生な場所である。
こんなところにいたら病気になりそうだけど、豊穣の神の乳で強引に治しているんだろうか。
そんなことをするために使うものじゃないと思うんだけど……。
中にいた人々は、皆倒れ伏しており、ぐーすかといびきをかいている者もいる。
これ、全員拘束するの大変そうだね。
「ハクお嬢様、あちらを見てください」
「うん?」
エルが少し警戒したような声でそう言ってきたので、言われた通りに確認する。
どうやら、奥の方に、さらに部屋があるようだった。しかも、その部屋は扉で仕切られていたせいか、睡眠の霧が届かなかったようで、中にいる気配がわずかに動いているのを感じる。
どうやら一人のようだけど、なんか、人間じゃないっぽい?
明らかに、魔力量が多い。普通の人間にしては多すぎる。
エルフって可能性もあるけど、流石にこんなところにエルフはいないと思うし、見た目的にもそれはなさそうだ。
わざわざ奥の個室にいるってことは、こいつがボス的なポジションなのかな?
「いかがなさいますか?」
「また睡眠魔法でもいいけど、すでにこっちに気づいているっぽいよね」
相手は、待ち構えるように立っている。明らかに、私達が部屋に入ってくるのを待っている様子だった。
安全を取るなら、睡眠魔法で眠らせてからの方がいいのかもしれないけど、ここまで警戒されていると、対抗される可能性もある。
それに、ボスがどんな奴なのかも見てみたいし、ここは一つ、正面から行ってみようか。
「エルは少し下がってて、何かあったら援護してね」
「承知しました」
私は、扉に手をかける。
一度深呼吸をしたいと思ったが、下水道の匂いが入り込んできていて、そんなことをしたらむせそうだったので、あえなく断念することにした。
心の中で深呼吸をした後、扉を開く。
攻撃が飛んでくるかもと身構えていたが、特にそう言ったことはなく、すんなりを開くことができた。
「ふっ、よく来たな。ここまで来たことを褒めて、やろ、う……?」
部屋にいたのは、一人の女性だった。
黒いマントを身に纏い、まるで魔王のようなセリフを言っていたが、私の姿を見た瞬間、だんだんとしりすぼみになっていった。
最初の自信はどこへやら、まるで化け物でも見たかのようにカタカタと体を震わせ始め、次第に後ずさっていく。
一体どうしたんだろうか? 私のことを知っているんだとしても、そこまで怯える必要はないと思うんだが。
「は、ハク様!? なんでこんなところに!?」
「えーと、どこかでお会いしましたか?」
「い、いえ、会うのは初めてですが、あなた様のことはよく言い聞かされております!」
そう言って、頭を下げてくる女性。
よく見ると、この人、頭から角が生えているね。
くるんと曲がるその角は、どうやら山羊の角のようである。
あの杖にあった山羊の意匠って、この人から来てるのかな。
「ど、どうぞこちらへ、おかけになってください!」
そう言って、ちょっと豪華な椅子を勧めてくる。
一体何なんだろうか。まさかとは思うが、またシルヴィア達の本のファンとか言わないよね?
私は疑問に思いつつも、勧められるがままに席に着いた。
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