第二百十二話:尋問
「さて、色々聞かせてもらいましょうか?」
「何も喋らんぞ」
襲ってきた男は、縛られているにも拘らず、全く意に介した様子がない。
まあ、実際この人結構な実力者っぽいし、たとえ拷問されたとしても、すぐには喋らないだろうね。
最悪、何も喋ってくれなくてもエルが追跡している奴がいるから問題はないけど、こちらが何も収穫無しっていうのはちょっとなぁ。
ひとまず、持ち物でも漁るか。
「おい、それに触るな!」
「この杖ですか?」
喚く声を無視して、杖を手に取る。
形状的には、学園で使用されているロッドに近いだろうか。
ただ、全体的に黒く、先端には山羊の頭の意匠が施されている。
ちょっと禍々しい雰囲気だけど、これに何かあるんだろうか?
「それは選ばれし者だけが使用できる神器だ。貴様のような薄汚い存在が触れていいものではない!」
「神器ねぇ」
確かに、なんとなく妙な魔力を感じる気がしないでもない。
神器と聞くと、聖教勇者連盟が保有している神具を思い出すけど、あれとはまた違うもののようだ。
何に使うものかは知らないが、この人はそんな貴重なものを持たせられるほど偉い人ってことなんだろうかね。
「さっさと杖を離せ! さもなくば、恐ろしい目に遭うことになるぞ!」
必死に叫び声をあげる男。ここが人気のない路地裏でなかったら、誰か来てしまいそうな勢いだ。
しかし、そんなに大事なものなんだろうか。幹部の証のようなものとか?
なんにせよ、わざわざ返す理由はない。証拠になるかもしれないし、これは没収だね。
「返してほしかったら洗いざらい話してください。そうすれば、悪いようにはしませんよ」
「信用できるか」
「別に信用していただく必要はありませんが、話してくれないなら、これ、壊しちゃってもいいんですよ?」
そう言って、軽く力を入れる。
禍々しい見た目ではあるが、耐久力は普通のロッドと大差はないようだ。
すぐに、めきめきという音が聞こえ始める。このまま力を入れ続ければ、すぐに折ることができるだろう。
「ば、馬鹿! やめろ! 死にたいのか!?」
「話してくれないならこのまま折っちゃいますよ?」
「わ、わかった! 話す、話すからやめろ!」
よほど大事なものらしい。すぐに音を上げたようだ。
まあ、実際には折らないつもりではいたけどね。一応証拠だし。
私は杖を【ストレージ】にしまい、男と向き合う。
男は、いきなり消えた杖を見て訳の分からない叫び声をあげたが、素直に話してくれたら返してやると言ったら、悔しげに表情を歪ませながらも落ち着きを取り戻した。
「さて、まずはあなた方のことから。あなたは、『黒き聖水』という組織のメンバーで間違いないですか?」
「……そうだ」
「どれくらいのメンバーがいるんですか?」
「約100人ほど。眷属も含めるなら、300人ほどだ」
「ふむふむ」
規模としてはそこまで大きくないのかな? いや、100人でも十分に多いけど、裏社会を牛耳っているというほどの規模ではない。
遠く離れたあんな場所にまでいたんだし、もっと大規模かと思っていたんだけど、そういうわけでもないんだろうか?
「眷属というのは?」
「我らが神から賜りし乳を飲んだ者は、皆眷属となる。体を万全に整える代わりに、我らが神に忠誠を誓うのだ」
「神というのは?」
「我らが崇拝する、暗黒の神だ。その乳は、どんな万病も治し、欠損でさえ瞬時に治す万能薬。我らは彼の神を信仰する見返りとして、その乳をいただいているのだ」
「なるほど」
まあ、概ね予想通りかな?
眷属というのは、その暗黒の神とやらに忠誠を誓った、いや、誓わされた人のことを言うようだ。
飲んだだけでそうなるってことは、やっぱり少しは洗脳っぽいことをされているかもしれない。
しかし、この様子を見ると、この人達は実際にその神様に会っているんだろうか。乳ってことは、与えているってことだろうしね。
「では、ニドーレン出版を狙った理由は何です?」
「我が教団の広報役を潰された、というのもあるが、一番の理由は、教団の秘密を知った可能性が高いと思ったからだ」
どうやら、カナディ出版は、『黒き聖水』が持つ、豊穣の神の乳を売りさばくために協力を仰いだ、広報のようなものだったらしい。
カナディ出版の人間を眷属化し、暗黒の神に忠誠を誓わせることで、間接的に信者である自分達の言うことを聞くようにして、色々と自分達のために働かせていたようだ。
豊穣の神の乳は、どんな病気も治す万能薬だ。だから、必要とする奴は必ずいるし、そうした奴を眷属化することによって、さらに勢力を拡大していく、そんな算段があったらしい。
しかし、思った以上に売れることがなく、逆に自分達の秘密を暴かれるリスクを冒しただけだったので、何とかカナディ出版に都合の悪い人間を潰してもらいつつ、時が来るのを待っていた。
しかし、それもカナディ出版が営業停止命令を食らったことでご破算になり、すでにこの町で活動するのは不可能だと考え、別の場所に拠点を移そうと考えた。
しかし、その前に、秘密を知った者はすべて消しておかなければならない。だからこそ、カナディ出版を通して秘密を知った可能性が高い、ニドーレン出版を狙ったんだとか。
「事実、貴様は我らが教団の存在に気が付いた。だからこそ、消しておかなければならなかった」
「なるほど」
私は気が付かなかったが、カナディ出版の元従業員の中には、カナディ出版の機密情報を売る代わりにニドーレン出版に匿ってもらおうとする人もいたらしい。
ニドーレン出版には、王都では有名な私がついていることはすぐにわかったし、実際そのせいで編集長は逮捕された。
だから、どうにかして潜り込めれば、安心だと考えたようだ。
まあ、結局それらの動きは教団に察知されて、実行する前に消されたようだけど。
「ニドーレン出版が知ってるとしたら、せいぜい名前くらいだと思いますけど」
「名前を知っているのが問題なのだ。我が教団は、まだ力不足。ある程度の規模になるまでは、その片鱗でも知られるわけにはいかない」
眷属化する人以外にはなるべく知られたくないってことね。
なんか、ニドーレン出版は完全なとばっちりで襲われているような気がする。
まあ、確かに編集長の口から、『黒き聖水』という言葉が出てきて、それをシルヴィア達が知ってしまったのだから、その対象ではあるんだろうけど、別にカナディ出版がちょっかい出してこなければ、知ることもなかったと思うし、勝手に暴走して勝手に巻き込んでるんだから質が悪い。
というか、オルフェス王国に来たのは間違いだろう。
今や、ほとんどの教会には、ヴィクトール先輩が作った治癒装置が完備されているし、それを使えば、大抵の怪我や病気は治すことができる。
いくら豊穣の神の乳が優秀だとしても、値段も安いし、大したデメリットもないのだから、誰だってそんな怪しいものに手を出さずにこっちを利用するだろう。
数十年前から活動しているというならともかく、人数を考えると、まだ発足してから数年ってところだろうし、完全に場所を間違えてるよね。
まあ、まだ規模が小さいうちにここに来てくれただけましってことだろうか。今なら、潰すのもそこまで大変そうじゃないし、二度と活動できないようにしておかないといけないね。
そんなことを考えながら、質問を続けるのだった。




