第二百十一話:黒き聖水
シルヴィアの話によると、取れた情報としては、これまでしてきた悪事についてだ。
以前、号外で書かれていた内容とほぼ同じであり、キーリエさんの調べた情報が、確証を持ったという形であるという。
まあ、これに関しては、すでに状況証拠がありすぎたし、驚くべきことでもないんだけど、興味深いのは、裏組織の人間からの指示で、本の内容を決めていたということである。
カナディ出版は、国の歴史の他にも、町のちょっとした噂話に関する本も出版していたが、その一部が事実とは違うことが書かれていたってことらしい。
具体的に言うと、清廉潔白な商売をしている店なのに、裏では汚いことをやっているとか、あそこの宿屋は客の持ち物を勝手に盗むだとか、あることないことたくさん書いていたようだ。
それによって潰れてしまった店も多数あるらしく、もしそれが裏組織の差し金だとするなら、意図的に邪魔な店を潰させていたようにも見える。
「その人の素性は吐いたの?」
「そこまでは吐かなかったようですわ。ただ、その組織の名前らしきものは吐いたようですわね」
「名前?」
「曰く、『黒き聖水』、だそうですわ」
『黒き聖水』。何となく、豊穣の神の乳と繋がりそうな名前だなと思う。あれも黒いし。
昔から、邪魔な店を潰させていたってことは、案外結構前から王都にいたんだろうか?
カナディ出版が表沙汰になりそうなところをすべて潰していたから、今まで表に出てこなかったということなのかもしれない。
もしそうだとしたら、この王都にもそれなりに眷属がいそうだね。眷属が何をするのかはわからないけど。
「もしかしたら、組織からの口封じで殺された可能性もあるかもね」
「ありそうですわね」
どのように殺したのかはわからないけど、組織の情報を喋ってしまったから殺された、と取れなくもない。
どうせ死ぬなら、洗いざらい話してほしかったけど、まあ、組織の名前がわかっただけでも御の字だ。
どうやら、そこそこ前から王都に潜伏しているようだし、まだ調べてない場所をしらみつぶしに探していけば、もしかしたら見つけられるかも。
「ハク、今回の敵は割とやばいかもしれませんわ」
「確かに、組織が相手となるとちょっと怖いよね」
まあ、数十人程度束になってかかってきても倒せはすると思うけど、相手はカルト集団っぽいし、正直相手にはしたくない。
でも、このまま放置すれば、シルヴィア達に危害が及ぶ可能性は十分高いし、何としても潰しておかなくてはならない存在だろう。
ただでさえ、眷属化っていう不確定要素もあるんだし、心配事は排除しておくに限る。
「でも、大丈夫。みんなのことは守るから」
「あまり無茶しちゃだめですわよ? ハクがいなくなったら、悲しいですわ」
「私はいなくならないよ」
「信じますからね」
歩いているうちに、中央部まで戻ってきた。
二人は今日も、本を書く作業をするらしい。
こんな時にどうなんだと思わなくもないけど、それだけ私のことを信頼してくれているってことだろう。
なんとしても、二人だけは守り切らないといけないね。
「さて、エル、気づいてる?」
「はい。先程から、つけてきている者がいましたね」
最初は、気のせいかとも思ったが、外縁部から中央部までついてきたことを考えると、どう考えても尾行していたんだろう。
数は一人。探知魔法で見る限り、若い男のようだ。
あんまり警戒させたくないので、そちらを向くことはないが、中央部に向かうにつれてかすかに殺気を感じさせてきたし、エルが言っていたのはこいつで間違いなさそうである。
さて、どうしたものか。
シルヴィア達を狙っているのだとしたら、ひとまず夕方までは手は出されないだろう。
流石に、出版社の中に押し入ってまで殺そうとしてくるとは考えにくいし。
私達を狙っている可能性もあるけど、それならここから離れた方が得策である。
ここは、少し試してみるか。
「せっかくだし、ぶらぶらしてから帰ろうか」
少しわざとらしく口に出し、その場を離れる。
案の定、尾行していた奴はこちらについてきた。ひとまず、シルヴィア達の安全は保障されたかな。
歩きながら、どこで迎撃しようかと策を練る。
襲撃者がこいつ一人なら、特に問題はなさそうだけど、こいつから情報を吐かせるなら人気がない場所が都合がいい。
中央部は人通りはそこそこだが、警備の目は結構ある。路地裏に入るにしても、ちょっと分が悪いか。
そういうわけで、一度外縁部まで戻ることにする。外縁部なら、いくらでも人気のない場所は見つけられるしね。
「さて……」
さりげなく、人気のない通りに入っていき、路地裏へと入る。
この辺りには、ホームレスすらいないことは確認済みだ。そして、ここまでくると、ついてきているのが一人ではなく、さらにその後ろにもう一人いることに気が付く。
恐らく、監視役かな? もし、しくじった時はそれを報告する係ってところだろう。
随分徹底しているが、裏組織の人間ならそれくらいはしてくるのかもしれない。
もちろん、どちらも逃がさないよ。すでに魔力は覚えたから、たとえ見失っても追うことはできる。
せいぜい、アジトまで案内してもらうとしよう。
「いつまでついてくるんですか? 不審者さん」
「……」
ある程度路地裏の奥に入ったところで振り返ると、そこには不気味な男が立っていた。
真っ黒なローブに、山羊の頭を象った意匠が凝らされている杖を持っている。
フードを被っていて分かりにくいが、肌は浅黒く、このあたりの人間ではないことがわかった。
「何か言いたいことがあるなら言ったらどうですか? 話くらいなら聞きますよ?」
「……お前達には、消えてもらう」
そう言って、杖を振り上げると、杖の先に闇色のエネルギーが溜まっていき、ある程度のところで放出された。
闇魔法? ちょっと珍しいけど、この程度だったら避けるのは造作もない。
合間を縫うようにして接近し、杖を取り上げようとする。
「汚い手で触るな!」
杖を奪われまいと、もう片方の手で振り払ってくるが、それくらいは予想済みだ。
私は姿勢を低くし、手を躱しつつ、足払いをかける。
予想外の攻撃に、男はバランスを崩し、その場に盛大にしりもちをついた。
後は、適当に拘束するだけでいい。
【ストレージ】から縄を取り出し、素早く手を後ろ手にさせて縛り上げる。
ま、こんなもんだよね。
「くっ、やるな」
「私にちょっかい出すなんて100年早いです」
「ふん」
男は案外あっさりと降参し、大人しくなった。
まあ、この男は様子見ってことだったのかもしれないね。
数が少なすぎるし、監視役もいたし。
様子見せずに、最初から全力だったら多少は被害も出ていたかもしれないけど、これなら楽に制圧できそうだ。
「エル、お願いね」
「了解です」
探知魔法で見ると、監視役の方はすでに撤退を始めている。
まあ、このくらいの距離があれば、尾行しても気づかれることはないだろう。
エルに追跡をお願いし、私はこの男から情報を搾り取ることにする。
さて、すぐに吐いてくれるといいんだけど。
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