第九十四話:再び王城へ
第四章開始です。
数週間後、私は再び王城に呼び出された。
今度は何かと思っていたが、どうやらサリア関連でのことらしい。
サリアの能力は王城でも危険視されていて、知っているのはごく一部の人のみ。今までは支援を送りつつ他の貴族がちょっかいを出さないように監視し、下手に刺激を与えないように様子見するという対応を取っていた。
しかし、今回私が巻き込まれ、そのままサリアの心を掴んだことでサリアの行動に変化が現れた。具体的には今まで引きこもっていたのがよく外に出るようになった。
これは王としてはかなりまずい状況で、言うなれば導火線に火がついていつ爆発するかもわからない爆弾が街中を闊歩しているようなもの。ひとたび能力が発動すれば、人一人の人生を容易に狂わせることが出来るのだから。
当然、サリアにはアンリエッタ夫人を通して謹慎を命じられたが、サリアがそれを聞くはずもなく、またアンリエッタ夫人自身もせっかく娘が手に入れた幸せを壊したくないと思って黙認するという状況が続いた。
そこで、現在サリアの手綱を握っていると思われる私に白羽の矢が立ったというわけだ。
まあ、王様の対応は間違ってはいない。今までだって多くの犠牲が出ていたのだから、これ以上悪化させたくないというのはわかる。
でも、サリアは変わってくれた。
むやみに人をぬいぐるみにしないと誓ってくれたし、今までぬいぐるみにして来た犠牲者を元に戻す試みも行っている。下手に能力のことを話すことはできないけど、それでも人と接するということを覚えてくれた。だからそこまで警戒しなくてもすぐにどうこうなるとは思えない。
まあ、それでも万一があるかもしれないからと思うのはわからないでもない。一度火が消えたからと言って、いつまた火が付くかわからないからね。
私としてはこのままサリアには自由にさせてあげたい。
最近のサリアはとても幸せそうな笑みを見せてくれる。友達として同行することも多々ある私から言わせてもらえば全くの無害だ。
それに能力だってむやみやたらに使えるものではない。サリアから聞くところによると、対象をぬいぐるみにするためには相手が無防備でなければならないらしい。眠っているとか気絶しているとか、あるいは全く抵抗の意思がなければぬいぐるみにすることが出来る。逆に言えば、少しでも抵抗の意思があればぬいぐるみにすることはできない。
私もお姉ちゃんも気絶させられている間にぬいぐるみにされたわけだしね。
まあ、サリアは闇魔法が使えて、高い奇襲能力を持っているから相手の意識を刈り取ることはたやすいんだけど、今ならむやみにその力を使おうとはしないだろう。あからさまに敵対されたらわからないけどね。
理想はともかく、それをどうやって説明するかが問題だ。
私はいくらか王様に信用されているみたいだけど、それでも根本の考えは変わらないだろうしなぁ。
それに私は一度王様の褒美を蹴っている。心証としてはあまりよくはないだろう。ただでさえ交渉は苦手だというのに、一体どうしたものか。
「こちらです。少々お待ちください」
グルグルと考えながら歩いていると、案内役の兵士が立ち止まった。
どうやら今回は謁見の間ではないようだ。片開きの扉を前に、兵士がノックする。そして、私の来訪を伝えると、中から威厳のある声で「入れ」と聞こえてきた。
「お待たせしました。どうぞこちらへ」
扉の横に立ち、中へ入るように促してくる。
私は軽く兵士に一礼し、断りを入れてから扉を開いた。
「よく来たな。さあ、そちらにかけるといい」
中では王様がソファに腰かけていた。背後には護衛と思われる騎士が三人ほどおり、微動だにせずに直立している。
言われるがままに王様の向かいにあるソファに腰かけると、控えていたメイドさんが紅茶を淹れてくれた。
以前は玉座の間ということもあって王の威厳たっぷりだったけど、今回は割とフレンドリーというか、覇気がない気がする。
まあ、その方がやりやすいからいいんだけど、うっかり不敬なことを呟かないか心配になる。
「息災のようで何よりだ。その杖は役に立っているかね?」
私は背に王様からもらった杖を背負っている。まあ、今は座るのに邪魔だから横に置いているけれど。
この杖、色々調べてみたけど割と強力な魔道具らしい。
体内に流れる魔力を活性化させ、魔法を使用する際に消費される魔力の効率を上げてくれる。ゲーム風に言えば、魔法を使う際に消費されるコストを軽減してくれるようなものだ。
その変換効率はかなり高く、初期魔法程度ならほぼ消費なしで打てるに等しい。
以前、ぬいぐるみになった時に二重魔法陣を用いて魔法の最適化を図ったけど、それと同等くらいには効率がいい。
最初は長くて持ちにくいし、割と重いから邪魔なだけかと思って【ストレージ】にしまっていたんだけど、その有用性に気付いてからはなるべく持ち歩くようにしている。
単純に魔法を放つ時の方向指定にも便利で、軽く振るうだけで発動してくれるから戦闘においても便利だ。ただ問題を上げるとしたら、長すぎて若干使いにくいくらい。重さは魔法でどうにでもなるんだけどな。
「はい。このような貴重なものを贈っていただきありがとうございます」
「よい。そなたの役に立っているのならその杖も本望だろう」
素材に関してはお姉ちゃんもよく知らないみたいで、とても頑丈な木ということくらいしかわからなかった。先端にはまっている宝玉は巨大な魔石らしく、これほどの大きさの魔石はなかなかお目にかかれないらしい。
本当はちょっとカットして短くして使いやすくしたいなぁとか思ってたんだけど、なんか貴重なものっぽいし変に加工しようとするのはやめておいた。後でなんか言われても怖いし。
実際に使った回数はそこまで多くはないんだけど、私の報告を聞いた王様はまんざらでもなさそうな笑みを見せた。しかし、すぐに表情を引き締めると咳払いをした後話し始める。
「さて、そろそろ本題に入ろう。サリア・フォン・ルフダンについてだ」
「はい」
「知っての通り、サリアは非常に珍しいスキルを持っている。人をぬいぐるみに変えるという御伽噺にでも出てくるような能力であり、非常に危険な能力だ。これまでにも少なくない人々がその被害に遭い、誘拐されている」
サリアが今まで手にかけてきた人の数は百人近い。そのほとんどはぬいぐるみの姿で屋敷に誘拐され、サリアの部屋で文字通りぬいぐるみとして置かれていたわけだけれども。
中には例の犯罪組織の人間の様に殺されてしまった人もいる。
王様がどこまで知っているかはわからないけど、とにかく危険な能力だということは理解できる。
「今まではアンリエッタを通して家に閉じ込めておくことによって被害を減らしていた。もちろん、ちょっかいをかけようとする貴族達の牽制もしていたし、外出でもしようものなら見張りの騎士もつけた。だが、ここ最近はよく外出をしていると聞く。今のところ被害は出ていないようだが、それも時間の問題だと思われる」
サリアは人をぬいぐるみにすることによって気に入った人物を傍に置いておきたいと思っていた。逆に言えば、それ以外の人に対してはそこまで関心を持たなかった。だからこそ、積極的に外に出ようとも思わなかったし、よほど敵対的なことをされない限りは何もしなかった。
サリアが例の犯罪組織に加担したのは恐らく能力についての噂を聞いた組織の人間が接触したからだろう。
どうやったかはわからないが、うまく丸め込んで組織のボスに据え、その裏でいろいろと悪事を働いていた。
犯罪組織を調べても最後に行きつくのはサリアであり、サリアとの接触は王が止めていた。結果的に、犯罪組織は国を味方につけていたとも言えるかもしれない。
「そこで、国としてはサリアを幽閉し、これ以上被害を出さないようにしたい」
王様が下した判断に私は思わず息を飲んだ。
誤字報告ありがとうございます。