第二百十話:思わぬところから
それから他の場所も調べてみたけど、これといった情報はもう出てこなかった。
収穫となったのは、裏帳簿と豊穣の神の乳くらい。そして、それを販売した奴がいるという事実だけ。
まあ、これだけでも結構な収穫ではあるんだけどね。
少なくとも、カナディ出版は、裏組織と繋がりがあった。ということは、その関係で狙われている可能性が高くなったわけだ。
裏帳簿を見た限り、結構な取引をしていたようだし、大事な取引先を潰された恨みという形で狙ってきたのかもしれない。
あるいは、何か知ってはいけない情報を知った可能性があるから、口封じしたい、とかかな。
まあ、どう考えても、やばい代物だし、安易に知られるわけにはいかないんだろうね。
「問題は、どの程度の規模かってところだけど」
あの時、道中で相手にした奴らは、そんなに大規模な集団という風には見えなかった。
むしろ、あそこのテリトリーだけに存在する、少数の集団なのかと思っていたから、まさか遠く離れたオルフェス王国まで足を延ばしているなんて考えもしなかった。
同じものを取り扱っている別の組織なのか、それとも、この乳の特性が関係しているのか。
「眷属化、ねぇ」
【鑑定】で見た限り、この豊穣の神の乳を飲むと、どんな怪我も病気も治すことができるらしい。ただし、その代償として、豊穣の神の眷属となるようだ。
眷属化というのがどういうことなのかはわからないけど、もし、洗脳のようなものだとしたら、あの時相手にした奴らは、これを飲んで眷属化した、被害者だった可能性もある。
つまり、これを売る真の信者がいるのではないだろうか。
「今まで聞いたこともないけど……」
もし仮に、眷属化というのが、豊穣の神を信仰せずにはいられないみたいなものだった場合、遅かれ早かれ誰かが異常に気付くだろう。
信仰の力は広めなければ意味がない。裏でこっそり広めていくにしても限度があるし、どこかで絶対に表に出て来るはずである。
今まで、この王都で暮らしてきて、そう言ったことを耳にしたことはなかった。となると、いるとしても、まだ入って来たばかりってことなんだろうか。
少数の組織であるなら、まだ何とかできそうだけど、大規模な組織となってくると、私一人では手に余るかもしれない。
一刻も早く尻尾を掴んで、王様に報告しないと。
「何か探す手段はないかな」
今のところ、カナディ出版と取引があったというくらいで、特に情報があるわけではない。
まあ、今後もカナディ出版が取引を続けるというのなら、張っていればいずれ赴いてくれるかもしれないけど、編集長が捕まった今、十分な資金を得られるわけもないし、再度取引をできるとは思えない。
どんな病気も治すという特性があるから、病人とかには効果的かとも思ったけど、王都では、ユーリがスラムを含めてほとんどの場所で怪我や病気を治してしまったし、そうでなくても、ヴィクトール先輩が開発した治癒装置によって、病気とは無縁の場所となっている。
わざわざ大金払ってこれを買うより、教会とかに行って安く治療してもらった方がよっぽど賢いだろう。
そうした事情を考えると、この町にいるとしても、本当に来たばかりってことなのかもしれないね。
「まあ、地道に探していくしかないかな」
本当に、これを売った奴が犯人かはわからないけど、この王都に潜む裏組織であることに間違いはないだろうし、潰しておくに越したことはない。
どうにか、この乳を頼りに、辿り着くしかないだろうね。
そんなことを考えながら、まずは情報収集だと町へと繰り出した。
それから数日。裏組織に関して色々調べてみたけど、結局わからずじまいだった。
王様に報告するついでに、キーリエさんにも聞いてみたんだけど、キーリエさんもそう言った情報はまだ掴んでいない様子。
その後、ギルドの情報屋にも当たってみたけど、キーリエさんが知る以上のことは知らなかったようだし、裏組織の一員でも見つけない限り、これ以上進むのは難しそうだ。
でも、流石にそれは難しいよね。王都は人口も多いし、これだけ住んでいても知らない場所だってある。
裏組織が潜む場所なんていくらでもあるし、何ならわかりやすく日陰にいるのではなく、普段は普通に暮らしていてって言う可能性もある。
あんまり情報収集を続ければ、余計に引っ込んでいく可能性もあるし、片っ端から話を聞いて回るっていうのも難しい。
どうしたものかなぁ。
「あ、ここにいましたわね」
「ハク、こっちですわ!」
「あれ、シルヴィア、アーシェ、どうしてこんなところに?」
歩きながら悩んでいると、背後から話しかけられた。
こんなところで何をしているんだろう。というか、今はあんまり動き回るのは危ないからやめた方がいいと思うんだけど。
「ハクに伝えたいことがあって」
「とりあえず、一緒に来て欲しいですわ」
「うん? わ、わかったよ」
二人とも、何かそわそわしている様子で、落ち着きがない。
何か不測の事態でも起こったんだろうか。
念のため、探知魔法を見てみたけど、今のところ、二人を含めて、狙わていそうな気配はない。
襲撃ってわけではなさそうだ。
「何かあったの?」
「先日、カナディ出版の編集長が逮捕されたじゃない?」
「うん、されてたね」
「彼が自殺しましたわ」
「……え?」
編集長が、自殺?
これは急な展開になって来たな。
「どういうことなの?」
「私も先程聞いたばかりで詳しくは知らないんですけども……」
シルヴィアの話だと、編集長は警備隊の詰め所にある牢屋に入れられていたようだ。
罪の数を考えると、もっと厳重な城の牢屋に入れられてもおかしくはなかったが、その時はまだ証拠の精査が必要ということで、ひとまずという形でそちらに入れられていたらしい。
この数日で、何度か拷問をして情報を吐かせていたようなのだが、昨日の朝、自分の喉を掻きむしる形で息絶えていたのが発見されたようだ。
警備隊は、拷問に耐えられなくなって命を絶ったんだろうとしているが、どうしても違和感があったので、私に報告しようと思い、ここまで来たんだという。
「随分惨い死に方してるね」
「ええ。確かに、拷問に耐えきれなくなって自殺する人は割といますが、そんな苦しむ方法を取ることはあまりありません」
「発狂してしまったのは間違いないでしょうけど、前日までは特に変わりなかったようですし、ちょっと不可解ですわね」
状況だけ聞くと、拷問に耐えきれなくなって自殺したっていうのが一番しっくりくるけど、前日まで普通だったというのが気にかかる。
いや、発狂なんて唐突に来るものだろうし、ありえない話ではないけど、拷問されている時に発狂するならともかく、何もない夜に発狂したというのが気にかかる。
悪夢でも見たんだろうか? それとも……。
「拷問で取れた情報はわかる?」
「ええ。私達は被害者ですし、知る権利があると教えてくださいましたわ」
そう言って、シルヴィアは情報を話しだす。
ここに、何か手掛かりがあるだろうか。そんなことを考えながら、耳を傾けた。
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