第二百七話:サリハク同盟
今の時間だと、すでにニドーレン出版にはいないと思うので、あらかじめ教えてもらっていたシルヴィア達の別荘へと連れて行った。
すでに遅い時間だが、扉をノックすると、メイドさんが対応してくれて、すぐに応接室へと通された。
「ハク、黒幕を捕まえたってほんとですの?」
「うん。こいつらなんだけど」
そう言って、連れてきた奴らをどさどさとその場に放り捨てる。
応接室が汚れるかもと思ったけど、身なりはそれなりによかったので、まあ多分大丈夫だろう。
放り捨てた衝撃で目を覚ましたのか、何人かが頭を押さえながら立ち上がる。
私はとっさに、拘束魔法で動きを封じた。
「な、なんだ、体が動かん……」
「ここは一体……」
「はっ、あ、あなた様は!」
いち早く状況を飲みこんだのは、フォルネだったようだ。
私と、隣にいるシルヴィアとアーシェの姿を見て、目を見開いて驚いている。
まあ、いきなり眠ったと思ったら、ターゲットが目の前にいるんだから驚くよね。
「ハク様!? それにシルヴィア様とアーシェ様も! ど、どうしてここに……」
「それはこちらのセリフですわ、シェイダン伯爵」
「知り合いなの?」
「ええ。他にも見知った顔がぞろぞろいますわね」
どうやら、家の繋がりで会ったことがあるらしい。
いずれも、王都でそれなりに有名な貴族らしく、特に先程のシェイダン伯爵は、かなり古参の貴族のようだ。
十中八九、ごろつきどもを保釈していたのはこの人だろう。
そんな有名な貴族が、いったいなぜこんなことをしたのか。
「どうやら、私の仲間にちょっかいをかけてくれたようですわね。それも何度も何度も。これは一体どういうことなのでしょう?」
「あ、いや、その……」
シェイダン伯爵は助けを求めるように周りを見るが、他の人達も、答えられないのか、視線をさまよわせたり、口をパクパクさせたりしている。
私は、空き家で聞いたことをシルヴィア達に報告した。
「なるほど、ニドーレン出版にコネを作りたかったと」
「そこまで有名な出版社でもないのに、なんでそんな真似を」
「な、何をおっしゃいますか! ニドーレン出版は、今後世界に名を轟かせる最高の出版社です! そのように卑下なさるのはやめていただきたい!」
「え、えぇ?」
なんか、すっごい熱の入った言葉で反論してきた。
まあ、コネを作ろうとしてたってことは、可能性を感じてたってことだろうし、相手のことを認めているのは間違いではないけど、ここまでの熱量で言い返す程のことだろうか?
どうも、何かが引っ掛かる。この違和感は何だろうか?
「こんな馬鹿な真似をして、いったい私達に何をさせたかったんですの?」
「我々の願いはただ一つ。……新たな本を書いていただきたかったのです!」
「……はい?」
シェイダン伯爵の言葉に、思わずぽかんと口を開けてしまう。
新たな本を書いてほしかった? いや、確かに出版社に対するお願いなのだから、それは間違いではないかもしれないけど、マッチポンプをしてまで要求するほどのことだろうか。
ニドーレン出版が運営されていく以上、何もしなくても二人は本を生み出していくだろうし、そもそもただ書いてほしいだけなら要望を手紙か何かで送ればいいだけの話である。
こんな大事にする必要は全くないはずだが……。
「私達は、志を同じくする同志、サリハク同盟であります!」
「サリハク同盟」
話を聞く限り、どうやらこの人達、シルヴィア達が書く本の熱狂的なファンらしい。
私とサリアの絡みを書いた本。いわゆるハクサリ本を愛し、それを通じて仲良くなった、同好の士という奴らしかった。
今までは、シルヴィア達が出す本を持ちより、その感想を言いあったり、その良さを広めたりと、平和な活動をしていたが、だんだんと欲求が抑えきれなくなり、派閥ができていったようである。
その派閥とは、従来の形である、ハクサリ本を愛する者。そして、もう一つは、新たな可能性を見出す逆の絡みを書いた、サリハクを推す者。そして最後に、全く別の道を切り開くために、別の組み合わせを探求している者。
それら三つの派閥に分かれ、時には自作で執筆したり、絵を描いたりと、その欲求はどんどん膨れ上がっていった。
しかし、いくら好きなものとは言っても、自分で書くだけでは満足できない。やはり、原作者が書く、自分達の知らない刺激が欲しいと思ってしまった。
だからこそ、ニドーレン出版に要求を通すために、まずはお近づきになろうと、こんなことをしでかしたのだという。
「……」
「開いた口が塞がりませんわ」
つまり簡単に言うと、自分達が望む本を書いてほしいがために、手っ取り早く仲良くなるためにマッチポンプを画策した、ということだ。
あわよくば、自分達が書いた本や絵を見ていただき、それを褒めてもらえたらより嬉しいとか、そんなことを思っていたようである。
観光本がダメというよりは、観光本を書いている暇があったら、もっと薄い本を出せ、ということか。
全く持って意味がわからない。こいつらは馬鹿なんだろうか。
まず、仲良くなる手段がおかしい。
そりゃ確かに、仲良くなれば、自分達の意見が反映される可能性は高まるかもしれないけど、何を書くかはシルヴィア達の自由である。
それが仲がいい人物からのアドバイスであろうと、書くに値しないと思ってしまったら、それは一生書かれることはないだろうし、もし気に入ったとしても、マッチポンプをしていたことがばれれば、幻滅して、二度と耳を傾けることはなくなるだろう。
誰が好き好んで自分達の大事な従業員を襲った奴と仲良くするのか。いくら自分達が襲われていないとは言っても、信用度はゼロである。
それをやるくらいなら、一ファンとして、応援メッセージと共に要望を書いた手紙でも送った方が何倍もましである。
自分達の見たいものを望むのはいいけれど、それで強硬手段に出るのは最悪だ。
「私達はただ、サリハクという、新たな可能性を見出していただければと思っただけなのです!」
必死に懇願するシェイダン伯爵達。
というか、サリハク? というのに何の需要があるのかわからない。
確かに、私とサリアは親友だけど、女の子同士でそういうことをするのってどうなんだろうか?
いや、悪いとは言わないよ? 私も、そういうことに理解はあるし、それで喜ぶ人がいるのも理解できる。
でも、その本を見たいがために、犯罪行為を行うのは理解できない。
仮に、それで思惑通りに新たな本が書かれたとして、彼らはそれで満足なんだろうか?
そんな、自分達の思惑が入りまくった本なんて、面白くもなんともないと思うんだけど。
それだったら、自分達で書いて、それで満足していた方がましな気がする。
呆れてももの言えないけど、これどうするんだろう?
私はシルヴィアとアーシェの方をちらりと見た。
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