第二百三話:緊急会議
翌日。私はニドーレン出版に顔を出した。
今のところ、襲撃はすべて撥ね退けているので、直接的な被害は出ていないが、あまりにも頻度が高くなってきているので、このままでは日常生活に支障をきたす可能性がある。
実際、従業員の何人かは、ピンチの時は私が絶対助けに来てくれると信じ、逃げるどころか挑発したりするような人も出てきているくらいだし、今の状態が続けば、私の護衛がなくなった時、どうなるかわからない。
なので、一度しっかりと対策を話し合ってみようということで、シルヴィアとアーシェの二人と共に、緊急会議を開くことにしたのである。
「さて、まずは現状の確認ですわ」
まず、ここ最近の襲撃状況を確認する。
初めの襲撃は、カナディ出版からの脅迫状が届いた数日後だった。
それからも、襲撃は散発的に続き、つい先日カナディ出版が営業停止命令を食らったのを境に、ぱったりとなくなった。
しかし、その後しばらくして再び襲撃が起こるようになり、その頻度は最初の頃の襲撃の頻度とは比べ物にならず、ほぼ毎日である。
襲撃者はいずれもごろつきであり、詳しい情報は何も知らないようだ。
わかっていることは、指示役と思われるのが男性であること、そして、金払いはそこそこよかったということくらいだろうか。
なんかもう、王都中のごろつきが駆逐されそうな勢いだけど、一体どこから湧いて出てきているのやら。
「襲われているのは、いずれも中央部。夕方の帰宅時間に合わせてやってくることが多いようですわね」
「脅迫状も、ここに送られたものとは別に、個人の家に送られているものもあるようですわ。内容は大体同じようですけれど」
脅迫状の内容は、ほぼすべてが観光本の出版を取りやめろというものである。
相手は、よほど観光本を世に出されてはいけない理由があるのかと思うんだけど、今のところ、その理由は明らかになっていない。
載っている店や、その周辺の路地裏なんかもくまなく調べてみたけど、特に裏組織と繋がっていそうな場所は見当たらなかったし、どの内容が気に食わないのかがわからないのだ。
こちらに不備があるなら、すぐにでも対応するけど、今のところは、ただの難癖である。なので、ここで退くわけにはいかない。
相手も、本当に何とかしてほしいなら、もっと具体的に内容を書けばいいのにね。
「襲われている従業員に法則性もないと思われますわ。みんな、同じくらいの頻度で襲われています」
「強いて言うなら、私達は全く狙われないってことでしょうか」
「そう言えば、全然狙われてないね」
言われてみれば、シルヴィアとアーシェの二人は、今まで一度も襲われていない。
ニドーレン出版の代表はこの二人なんだし、観光本の撤回を要求するなら、真っ先に狙われてもおかしくない存在だと思うんだけど、なぜ狙われないんだろうか。
「二人って、今はどこに住んでるの?」
「中央部に別荘があるので、そこに住んでますわ」
「ここから割と近いので、それで手が出せないのかも?」
移動距離が短すぎて、狙うに狙えないって感じなんだろうか。
でも、それくらいだったら、時間を見定めれば行けそうな気がしないでもないけどね。
それとも、流石に身分が高すぎて狙うのをしり込みしているとか?
そもそも、中央部に住んでいるのはほとんどが貴族だし、貴族に手を出せば、下手したらそのまま処刑なんてこともあり得る。だから、よほど金に困ってとか、脅されてとかでもない限り、中央部に入り込んでくること自体がおかしいのだ。
ちょっと、考え方がずれていたかもしれない。ここは平民が住む外縁部ではなく、中央部なのだ。そこらのごろつきに狙われる方がおかしいということに早く気づくべきだった。
「確かに、よほどの命知らずでもなければ、町の中で堂々と貴族を襲うなんておかしいですわよね」
「今まで、襲われたことなんて一度もありませんでしたしね」
「そう考えると、襲ってきたごろつきどもにも何か理由があるのかも」
裏組織が指示したことは間違いないだろうが、何か断れない理由があったのかもしれない。
一度、ごろつきどもに詳しく話を聞いてみた方がいいかもしれないね。
「では、後ほど警備隊の方に連絡してみますわ。何か手掛かりがあるかも」
「お願い」
「後は、襲撃の対策かしら」
今までの傾向からして、今後も襲撃があるのは間違いない。
別に、相手は弱いから、私が対処しているうちは何とかなるだろうけど、私も常に夕方暇になるわけではない。
いや、暇ではあるけど、いつまでもこの生活を続けていくわけにもいかないだろう。
なので、何かしらの対策を講じる必要はあるわけだ。
「日中なら、ここには警備員を配置しているけれど、流石に帰りまでは見てませんからね」
「簡単なのは、馬車を用意することかしら?」
本来、貴族は移動の際、馬車を用いる。
男爵とかの下級貴族は、貧乏が故に馬車を持っていないこともあるけど、ニドーレン出版に勤める従業員達は、ほとんどが上級貴族の令嬢である。
だから、普通は馬車を使って移動するんだけど、みんな徒歩で移動してるんだよね。
どうにも、学生時代の感覚が抜けていないらしい。
学生時代は、寮に住んでいて、校舎に向かうには徒歩で移動していた。だから、短い距離であれば、わざわざ馬車で移動するよりも、徒歩で移動した方が楽だと思っているようである。
なんか、貴族としてどうなんだと思わなくもないけど、王都の治安の良さを考えるなら、徒歩で移動しても何ら問題はないだろうし、悪いわけではない。
けれど、こうも襲撃が重なっていると、流石に徒歩では危なすぎる。
馬車に乗れば、ごろつきだって容易には手を出せないだろう。まあ、命知らずな奴みたいだし、もしかしたら馬車を止めてまで襲ってくる可能性もなくはないけど。
「それか護衛をさらに雇うかですわね」
馬車と合わせて護衛も用意すれば、仮に私が行かなくても何とか出来る可能性が上がる。
元々、みんな学園の卒業生として、魔法の扱いには長けているし、自衛手段もないわけではない。そこに護衛も加われば、数の差を埋めることができる。
従業員の安全を考えるなら、それが一番簡単な対策法かもしれない。
「いつまでもハクに頼りっぱなしになるわけにもいきませんし、募集をかけてみようかしら」
「後でギルドの方に依頼を出しておきますわ」
さて、ひとまずはこのくらいでいいだろう。
ごろつきから情報を得られれば、黒幕に一歩近づけるかもしれない。
もし何も話してくれなかったら、どうしようか。
もう一度路地裏を回ってみるかな? どっちにしろ、今手掛かりと呼べるものはそれくらいしかないし、たまたま見落としていただけかもしれないしね。
早いところ、解決してくれたらいいんだけど。
そんなことを考えながら、ニドーレン出版を後にした。
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