幕間:外壁の修理(後編)
とある錬金術師の視点です。
さらに数日が経った。外壁の修復具合は未だ芳しくない。
多少の破損なら一人でも十分だが、これだけの規模となると錬金術師の数が足りない。
王都からも何人か招集をかけているようだったが、それでも足りないのが現状だ。
それに材料も足りてない。近場の石切り場から集めているようだったが、外壁に使う石材ともなるとそこらの石ころではダメだ。加工しやすく、魔法適性の高いものでなければならない。
魔法適性の高い鉱石はミスリルを始めとして総じて固く、加工がしにくいものばかりだが、ないわけではない。外壁に使われている石もその一つだ。
そこそこ量はあるが、今回の件で在庫が足りなくなっているようで供給が追い付いてない。
これは早々に解決しなければならない問題であり、そうしなければ修復は一向に進まないだろう。
王都側もそれをわかっているのか、今日はギルドマスターに呼び出された。
案内されるがままにギルドの部屋に通されると、そこにはギルドマスターと見知った少女の姿があった。
「ああ、来てくれたか。まあ、そこにかけてくれ」
少女のことは気になったが、とりあえず言われた通りに席に着く。
ギルドマスターが向かいに座り、なぜか少女は俺の隣に座ってきた。
なんだ、もしかしてギルドマスターの子供だったのか? だとしても大事な会議に子供を連れてくるのは感心しないが。
まあ、この子なら別に変なことはしないだろう。年の割にしっかりしているのはここ数日でわかっている。
「さて、最近の外壁の工事についてだが……」
ギルドマスターが語った内容はこうだ。
現在、工事に必要な人手と材料が圧倒的に足りていない。そこで、人手不足を補うために俺の国から錬金術師を何名か派遣してくれるように手配したという。
まあ、それは予想通りだ。こっちも手紙を送ったし、何なら材料の方も手配してくれるはずだ。返事は未だに返ってきてないのが気になるが。
「人手は何とかなる。だが材料の方が問題だ」
交渉はしたが、なぜか材料に関しては許可が下りなかったそうだ。なぜなのかはわからないが、今すぐに材料を手配することはできないらしい。
なにかあったのだろうか? 特に材料が不足しているというわけではないと思うが。
「ここから西に行ったところにアズラエルという町がある。鉱山で栄えた町なんだが、そこに行けば多少の在庫を確保することが出来るだろう」
近場の石切り場だけでは足りなくなったため、少し足を延ばして遠くの町から輸送するという形をとるらしい。
ただし、距離が延びればそれだけ危険も増す。運の悪いことに、その町に行く途中には高い山があり、そこにワイバーンが巣を作っているというのだ。
ワイバーンは戦闘力こそ突出してはいないが、空を自在に飛び回り近づいた人間に襲い掛かってくることからCランクの魔物に指定されている。
群れともなればBランクに届くだろう。つまり、アズラエルから材料を調達するのはかなり危険ということだ。
「君には材料の選定を行ってもらうために同行してもらいたい。しかし、それだけでは危険だから護衛を付けることになった」
錬金術に用いる材料は普通に見ただけではわからない。長年の経験と勘がものを言う。確かに俺は適任だろう。
まあ、部下に任せてもいいが、目利きができる部下はすでにあちこちに調達に行っているから俺しかいないというのもあるだろうが。
「なるほど。話はわかった。それで、護衛というのは?」
「君の隣にいる子だよ」
「……は?」
隣を見る。そこには椅子にちょこんと座っている銀髪の少女がいた。
は? え、いや、この子が護衛? 何の冗談だ。
「……聞き間違いか? この子供が護衛と聞こえたんだが」
「聞き間違いじゃないよ。彼女はハク。Bランク冒険者であり、今噂の英雄様だよ」
「英雄はよしてください。私はそんな器じゃありません」
Bランク? 英雄? こんな小さな子が?
Bランクと言えば上級冒険者だ。頑張れば割りとなれるCランクとは異なり、ギルドの特別な依頼をクリアしないと名乗れないランクだ。
それだけでも信じられないのに英雄だって?
確かに英雄の噂は知っている。それをやったのが子供だってことも。
この少女はどうだ? 銀髪で、子供で、魔法を使いますって言わんばかりの大きな杖を持っている。杖は知らないが、断片的に聞いた英雄様の特徴と一致しているようにも思える。
しかしだからと言ってこの少女がそうだと決めつけることはできなかった。
だって無理があるだろう。王都に現れたオーガは百体を超える規模だったと聞く。それをこんな少女が一掃しただなんて一体誰が信じるのか。
「あー……ハクだったか? 年は?」
「11歳です」
ワンチャンショーティーや俺と同じドワーフという可能性もある。ショーティーなら外見で年は判断できないし、意外と成人しているかもしれない。
だが結果はそううまくはいかなかった。いや、確かに見た目よりは高かったけど、それでもまだまだ子供の部類だ。
こんな子供に命を預けなきゃいけないのかと考えると頭が痛くなってくる。差し入れを持ってきてくれるいい子には違いないが、命を預けられるかと言われたら絶対預けたくないと思った。
「本当はサフィさんにもお願いしたかったんですが、何分人手不足なもので、そちらは別の方についていってもらいました」
サフィと言えば言わずと知れたAランク冒険者だ。
彼女の剣技は誰にも見切ることはできず、相手は気づかぬうちに敗北しているという。冒険者としてはかなり若い方だが、頼れる護衛に違いはなかった。
きっと朝早くに行った奴だったのだろう。どうしてもっと早く来なかったのかと舌打ちしたくなる。そうすれば、少なくともAランク冒険者の加護に預かれたかもしれないのに。
「そう心配せずとも、ハクさんならば護衛として申し分ないですよ」
「そ、そうはいいますが、いくらなんでも彼女一人というのは……」
「大丈夫、彼女の腕は私が保証しますよ」
どうやらハクという少女はギルドマスターにたいそう信頼されているようだ。ここで何を言っても考え直してくれることはないだろう。
俺は深いため息をつき、渋々ながらハクを護衛に置くことを了承した。
……まあ、最悪ワイバーン程度なら俺でもなんとかなるだろう。出会わないことを祈ろう。
出発の日。まだ朝早い時間にも拘らず、出発メンバーはすでに揃っていた。
今回同行するのは俺の他に御者が一人、補佐に俺の部下が一人、荷物持ちに冒険者が二人、そして護衛のハクが一人だ。
冒険者の二人は荷物持ちということもあって体格はいいが、ランクはFランク。とてもじゃないがワイバーンの相手などできないだろう。なので、護衛と呼べるのは本当にハク一人だ。
不安しかない。せめてなるべく迂回してワイバーンに見つからないことを祈るしかない。
アズラエルまでの道のりは五日ほど。最初は平原が続くが、だんだんと道は険しくなっていき、岩場が目立つようになってくる。
王都の近くだけあって野盗の類は見られないが、警戒しておくに越したことはないだろう。
本来は俺じゃなくて護衛であるハクの仕事なんだがな。
御者の隣で足をぶらぶらさせながらくつろいでいるハクをじろりと睨む。
魔術師タイプであり、体力にあまり自信はないと言っていた。護衛は本来馬車に随行して歩くか馬に乗って同行するかするものだが、子供の足では馬車に追いつけないだろうし乗る分にはまあいい。
だが、周囲の警戒もせずにのんびりとくつろいでいるのはいただけない。
荷物持ちの冒険者だって馬車に乗ってはいるもののちゃんと周囲の警戒をしている。だというのに、この少女はそれをしていない。
本当にBランクなのかと疑問に思う。これがBランクだというのなら、俺はAランクになれるだろう。とてもじゃないが、戦闘面で役に立つとは思えない。
幸い、道中は至って平穏で野盗にも魔物にも出会わなかった。だが、それが続くのは整備されている王都周辺まで。
そろそろ山に差し掛かることを考えると、いつ襲撃があってもおかしくない。
ガタゴトと轍を残しながら山道を進む。ここら辺はあまり整備が行き届いておらず、崖際の道を進むしかない。霧も発生しやすいし、なかなかに危険な道だ。
案の定、途中から霧が出てきて視界が大きく遮られる。馬車の全体像を見ることくらいはできるが、これで襲撃があったらまず気づかないだろう。
いつどこから来るかわからない敵に怯えながら進む。
すると、しばらくしたところで急にハクが立ち上がった。
「何か来ます」
「え?」
そう呟いたと同時に甲高い鳴き声が聞こえてきた。
風を切り裂くようなこの声……まさかワイバーンか!
俺は持参した魔導銃を手に取り、周囲に目を配る。しかし、霧に遮られて敵の姿は全く見えなかった。
「くそっ、どこだ!」
「そこです」
思わず口に出た言葉に反応したのはハクだった。
背中に背負っていた杖を抜き、軽く振るう。すると、どこからか断末魔が響いてきた。
こいつ、この霧で敵の姿が見えてるのか!?
「このままゆっくり進んでください。敵は落としますので崖から落ちないようにだけ注意してくださいね」
「わ、わかりました……」
恐る恐るといった体で馬車は進んでいく。ここで下手にスピードを出せば崖から落ちてしまうかもしれない。そう考えれば進むにしてもゆっくりにならざるを得なかった。
だが、そもそも敵に囲まれている状態で進むのは悪手だ。逃げるならともかく、ゆっくりと進むなら敵と道の両方を警戒しなければならない。
ここはいったん止まり、敵を一掃してから進む。あるいは崖から落ちるのを覚悟で一気に進むかの二択だろう。だが、この少女はその選択肢を取らない。
確かに、敵を的確に撃ち落とせるなら止まる必要はないだろう。ゆっくりならば崖から落ちないように注意すれば確かに進むことが出来る。だが、この霧の中で敵の位置を正確に把握し、撃ち落とすなんて芸当出来るはずがない。ないはずだ。
「次は……そっちか。荷物持ちの方、もし余裕があればワイバーンを回収してくれますか?」
「お、おう……」
だがこの少女はそれをやっている。まるで霧などないかのように、的確に敵を打ち落としている。
彼女が杖を振ればその度に断末魔が響き、どさりと重いものが落ちる気配がする。
時には進行方向の道に横たわるワイバーンの死骸を目にする機会があった。その首は綺麗に両断されていて、他に傷は一切ない。
ただ当てているだけではない。ちゃんと急所を狙っていて、的確に射貫いている。
この霧の中でもいち早く敵の接近に気付ける気配察知能力に的確に急所を狙う正確さ。なるほど、確かに彼女はBランクに足る力があるようだ。
人は見かけによらないものだなと強く思う。こんな少女に守られるという状況を複雑に想いながらも、馬車は無事に山を抜けていった。
材料の目星と仕入れも終わり、俺達は無事に王都へと戻ってきた。
帰りもワイバーンに襲われたが特に何も問題は起こらなかった。それどころか、狩ったワイバーンを換金して少し儲けたくらいだ。
これほど安心して旅ができる護衛もそうはいないだろう。
実力に問題はなく、少し不愛想ではあるが話しかければ気さくに返してくれるし、見た目も可愛い。非の打ち所がないとはこのことだった。
「問題なかったでしょう?」
「……ああ。悔しいくらいにな」
ギルドマスターに報告しにいくと、彼は実に満足げな顔でハクの頭を撫でていた。
まんざらでもないのか、目を細めて少し嬉しそうに頬を緩ませているのが何とも可愛らしい。
うちの息子の嫁に……いや、釣り合わねぇな。
あれだけの腕を持っているなら引く手数多だろうし、そもそもこんなドワーフの子供に靡くような奴ではないことは何となくわかる。
彼女は子供ではあるが、精神はもう大人と言っていい。とっさの対応力も判断力も所作に至っても子供とは思えない。
あんな子供もいるんだなと空恐ろしいものを感じた。
「それでは、工事の方よろしくお願いしますね」
「ああ、任せとけ」
面白いものを見れたと思っておくことにしよう。
ギルドマスターに報告を終えると、ハクに別れを告げ、工事現場へと戻った。