第百九十九話:遅めの宣戦布告
「話は理解した。そうなると、調査が必要になるな」
私は、カナディ出版がニドーレン出版に対して行っている嫌がらせについて話した。もちろん、脅迫状の件も。
もちろん、脅迫状はカナディ出版が出したという証拠はないけれど、十中八九そうだろうということは誰が見ても明らかだ。
それに加えて、世論誘導のようなことまでしていて、明らかに悪質なことである。
「少なくとも、ダマーニの件で、カナディ出版がニドーレン出版を潰そうとしたことは間違いないだろう。だが、それ以外に関しては、きちんと調査しなければ、まだわからない。状況を把握しないことには、動くに動けないだろう」
「そうですか。調査にはどれくらいかかりますか?」
「我が諜報部隊は優秀だからな。三日もあれば、確実に証拠を掴んでくるだろう」
「それなら安心ですね」
悪評を流しているくらいだったら、裁けない可能性があるけど、脅迫と殺人未遂は犯罪である。
きちんとカナディ出版が指示しているという証拠を掴むことができれば、正式に潰すことも可能だ。
思わぬところでぼろを出してくれて助かったな。まさか、王様に直接言うとは思ってなかったんだろうね。
「では、そのことについてはお願いします。私は、引き続き護衛をしてますので、何かわかったら教えてください」
「わかった。すぐに連絡しよう」
本当なら、営業停止命令書の偽造を依頼しただけでも十分な罪だが、やはり今までやられた分はきちんと返さなければならないだろう。
そちらが脅迫をするのなら、こちらは正式な手順に乗っ取って追い詰めていくだけである。
ちょっと悪評を流すだけだったら許したかもしれないけど、これは流石に看過できないしね。
「さて、これでとりあえずは解決かな」
後のことは王様に任せて、私は城を後にする。
流石に、国の諜報部隊にかかれば、王都の一企業に過ぎない出版社の情報などすぐに集められるだろう。
集められなかったとしても、ダマーニさんの情報だけでしょっ引くには十分な理由だし、最低でもカナディ出版の指示役を潰すくらいはできるはずである。
正式に脅迫の証拠が出てくれば、カナディ出版が責任を取らされるのは確実だし、これ以上ニドーレン出版が狙われる心配もないはずだ。
さて、このことを早くシルヴィア達に伝えてあげないとね。
ただでさえ、営業停止命令書とか言う爆弾を突きつけられたのだから、不安がっているだろうし。
「シルヴィア、アーシェ、帰ったよ」
「あ、ハク! お帰りなさい!」
「ど、どうでしたの?」
「ばっちり、営業停止命令は無効だってさ」
「よ、よかった……」
私の言葉に、シルヴィア達だけでなく、周りにいた従業員達もほっと胸を撫でおろしている。
みんな友達だし、無事に取り消させることができてよかった。
「陛下は何て言ってましたの?」
「このことは諜報部に調べさせるって。しばらくすれば、カナディ出版の悪事も明らかになるんじゃないかな」
「そうなんですのね。よかった……」
そう言えば、キーリエさんはすでに何か掴んでいるような雰囲気だったと言っていたな。
今までは、シルヴィア達の個人的なお願いだったから言えなかっただろうけど、正式に王様からの命令となれば、動くことができるだろうし、三日と言わず、明日にでも情報が出揃ってもおかしくない気がする。
そこらへんは、キーリエさんに期待だね。
「ハク、本当にありがとう」
「ハクは私達の命の恩人ですわ」
「そんな大げさな……」
「いえ! 私達にとって、この出版社は命と同じくらい大切なものですわ。だから、命の恩人ですわ!」
そこまで思ってくれるなら嬉しいけど、この出版社が書いているものを考えると、ちょっぴり複雑な気持ち。
まあ、いいけどね。
「さて、それじゃあ改めて作業を……」
「おやおや? 何をしているんですか?」
唐突に、そんな声が聞こえてきた。
振り返ってみると、入り口に一人の男が立っている。
モノクルをかけ、立派に伸びたひげを整えながら嫌らしく笑うその男には、見覚えがあった。
というのも、カナディ出版について調べていた際、噂を流していたうちの一人である。
あの時は、従業員の一人かと思っていたけど……。
「あら、カナディ出版の編集長様がなぜこんなところへ?」
「立ち入りを許可した覚えはなくってよ」
即座に警戒モードに移行した二人は、その男を睨みつける。
なるほど、編集長だったのか。となると、指示したのはこの人の可能性が高そうだね。
「ははは、そんな怖い顔をしなさるな。私はただ、営業停止処分を食らった哀れな小娘達を見に立ち寄っただけですよ」
そう言って、じろじろとこちらを見てくる。
確か、営業停止命令書を受け取ったのは、今日の朝らしい。
今は夕方近くだけど、その間、シルヴィア達が営業停止命令のことを誰かに言ったとは思えないし、そのことを知っているのは明らかにおかしな話だ。
どう考えても、こいつがダマーニさんに依頼したんだろうな。
それをわざわざ言ってきたのは勝ちを確信した余裕故なのか、それとも馬鹿なのか。
いずれにしても、いい印象はないな。
「おやおや? まさか営業停止処分を食らっておきながら、まだ作業をしているのですか? いけないなぁ、国の命令に逆らうのは重罪ですよ?」
「脅迫状を送り付けてきたあなたに言われたくありませんわ」
「脅迫状? はて、なんのことやら。いくら私達に勝てないからと言って、言いがかりをつけるのはよくありませんなぁ。このこと、本にして世に送り出してもいいのですよ?」
「やれるものならやって見なさい。私達の潔白は、私達で証明して見せますわ」
「マイナー弱小出版社が良く言いますね。まあいいでしょう、営業停止命令を受けながら、無断で活動を続けた大罪人として、世間から叩かれる準備をしておきなさい。はっはっは」
そう言って、男は去っていった。
なんだったんだあれ。ちょっかいをかけに来たんだろうが、そこまでする理由がよくわからない。
一気に不快な気分になったが、まあ、これからのカナディ出版のことを考えればそこまで怒りも沸いてこない。
営業停止命令を食らったのに無断で作業を続けていると言ったけど、すでに営業停止命令は取り消されている。いや、そもそもが無効な書類であり、公式には営業停止命令などされていないというのが真実だ。
それを、あたかも営業停止命令を受けたかのように書くことは、国を貶める行為でもあるし、どちらが叩かれるかなんて目に見えているだろう。
仮に、世間の風潮的にニドーレン出版が叩かれることになったとしても、すぐに国から正式な発表があるだろうし、その時にカナディ出版の信用は地の底に落ちることになるはずだ。
せいぜい、偽りの真実を書いて喜んでいるがいいさ。
「大丈夫、すぐに逆転できるから、ね?」
「わかってますわ。何も心配はありません」
不安そうなシルヴィアの手を握って、頭を撫でる。
さて、三日後が楽しみだね。
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