第百九十八話:王様の攻撃
一目散に城へと向かう。
いつも顔パスで通してくれる門番さんも、私の様子がいつもと違うことに気が付いたのか、顔を見合わせて首を傾げていた。
王様に会いたい旨を伝えると、すぐに応接室へ通される。しばらくして、慌てた様子の王様がやってきた。
「ハク、そしてエル。よく来てくれた。なにやら急いでいる様子だが、何があったのだ?」
「突然訪問してしまってすいません。ですが、ちょっと看過できないことがありまして……」
私は、営業停止命令の件を説明する。書状も実物を預かってきたので、説明するのは簡単だった。
王様は、私が見せた書状を見て、困ったように顔をしかめる。
反応を見る限り、どうやら初めて見たようだ。
「この書状は、いつ来たのだ?」
「つい先ほどのようです。話を聞くと、弁明の機会すら与えられず、一方的に通達されたのだとか」
「それは……何ともおかしな話だな」
王様によると、確かに国は主要な店の営業を取り消せる権限を持っているのだという。
しかし、実際に取り消すためには、担当官、宰相、そして王様自身の確認が必要らしく、王様の許可なしに営業停止命令など出せないのだという。
だが、見た限り、この営業停止命令書を、王様は把握していないらしい。つまり、無断で発行されたものということだ。
「そもそも、営業停止命令となるには、それまでに指導が入り、それでも改善されなかった場合のみだ。聞いた限り、そのニドーレン出版というところは、そんな指導は受けていないのだろう?」
「はい、そのように聞いております」
「ならば、この命令書には何の効力もない。それどころか、国の信頼を損ねる、非常に不愉快なものだ」
王様は、そう言ってベルを鳴らす。すると、それに応答して、騎士が一人入ってきた。
「ダマーニを呼べ。この場で問い詰めてくれる」
「はっ!」
王様の指示を受け、騎士はすぐさま部屋を出ていく。
しばらくして、騎士に連れられて、一人の男がやってきた。
大きな腹を揺らし、煌びやかな装飾品で飾り付けられたローブを着たその男性は、なぜ呼ばれたのかわかっていない様子で、きょとんとしている。
仮にも王様の前なのだから、まずは跪くべきだと思うけどね。私が言えたことじゃないが。
「ダマーニ、よく来たな。そなたに聞きたいことがあったのだ」
「こ、これはこれはバスティオン陛下、わたくしめにいったい何の御用でしょうか?」
「ああ、これについてだ」
そう言って、王様は営業停止命令書を突きだす。
ダマーニと呼ばれた男は、それを見て目を丸くした後、そっと目をそらす。
どうやら覚えはあるようだ。
「私はこんなものを許可した覚えはないのだが、担当官であるお前はこれに見覚えは?」
「さ、さあ、見覚えはありませんな。私はこんなもの許可した覚えはありませんぞ」
「しかし、現実にこれが存在している。誰がやったかはわかるか?」
「そ、それは、宰相……いや、部下の誰かがやったのではないでしょうか……?」
「そうかそうか」
王様は、さりげなく片手を上げて、後ろに控えている騎士達に入り口を塞ぐように指示をしている。
この慌てよう、どう考えてもこの人がやったんだろう。
どうにか誰かに罪をなすり付けたいようだが、まずはこちらの目を見てものを言った方がいいと思う。
「ここにある捺印は、間違いなく本物だ。つまり、そなたは私が預けた大事なハンコを、部下に無断で触らせているということか?」
「そ、それは……い、いえ、わたくしめはきちんと管理をしておりました! そのようなことがあろうはずがございません!」
「ここにある署名も、そなたの名だが?」
「さ、さあ、存じ上げませんな。だ、誰かが罪を着せるために私の名を使ったのでは?」
「ほう、そなたはよほど恨まれているようだな。時に、私に対する嘘は、重大な罪の一つに数えられるが、今まで申してきたことに、嘘偽りはないか?」
「そ、それは……その……」
王様の攻撃は止まらない。
もはや、ダマーニさんの顔からは大量の汗が噴き出しており、これで嘘をついていないというのは無理があるほどである。
まあ、ただの汗っかきという可能性もなくはないけど、嘘でないなら、堂々と言えばいいだけの話だ。ここで詰まる時点で、嘘であるのは確定である。
「も、申し訳ありませんでしたぁ!」
ダマーニさんはそう言って土下座する。そして、今までのことを洗いざらい話し始めた。
このダマーニという男だが、どうやら国の広報担当の一人らしい。
国のイメージを向上させ、世に広めていくことが仕事なわけだけど、そこでダマーニさんは一部の出版社に協力を要請したのだという。
出版社が出す本は、主に上流階級である貴族の目に触れる機会が多い。そして、国を潤わせてくれるのは、金払いのいい貴族だ。
もちろん、正確には農民やら商人やらの平民も、なくてはならない存在ではあるけど、ダマーニさんはそんなことは考えず、ただ利益だけを追求していったようだ。
そんな、国にとって重要な貴族の目に触れる機会が多い本でいいことを書けば、国のイメージは上昇する。そう考えて、出版社にそう言った旨の内容を書くように強制していったのである。
そのうちの一つがカナディ出版であり、カナディ出版は、オルフェス王国を持ち上げる内容の歴史本を書き、それを世に送り出していった。
そんな折に、カナディ出版からとある要請があった。なんでも、目障りな出版社があるから、それを潰すのを手伝ってほしいと。
ダマーニさんはその出版社のことを知らなかったが、お得意様であるカナディ出版の頼みということもあり、特に考えずに営業停止命令書を製作し、渡したのだという。
こんなこと、本来ならすぐに気づいて処罰されるべきことだが、営業停止命令は国からの正式な命令であり、逆らうことは許されない。
それに、仮に営業停止命令書を渡されたとしても、それをわざわざ王様に確認しに来るような奴はいないので、今まで何回かやっていても、それがばれたことはなかったんだとか。
それが今回、私が持ってきたことで明るみになり、こうしてすべてを白状させられたわけである。
なんというか、国の闇を見た気がするね。
「こ奴を牢に閉じ込めておけ。処分は追って連絡する」
「はっ! さあ、立て!」
「ぐぬぬ……」
騎士に連れられて、ダマーニさんは部屋を退出する。
いやはや、いつも大人しい王様だけど、こういう時は頼りになるね。
私は閉められた扉を見ながら、そんなことを思っていた。
「騒がせてすまなかったな」
「いえ、お見事でした」
「奴には相応の処分を下すことにする。もちろん、営業停止命令は無効だ」
「ありがとうございます」
これで、ひとまずニドーレン出版が、不当に営業停止になる事態は避けられただろう。
ちょっと王様に頼りすぎかもしれないけど、国のミスなのだから仕方のないことだと思う。
さて、そちらの問題はいいとして、残る問題は……。
「後は、カナディ出版についてですね」
「うむ。そのことについて話そうと思っていた」
私は、これまでの経緯を説明しようと、居住まいを正した。




