第百九十七話:営業停止命令
店の情報からして、カナディ出版が圧力をかけているのはほぼ間違いない。
一応、他の出版社が、という可能性もなくはないけど、他の出版社がニドーレン出版に喧嘩売る理由もないし、そもそも圧力をかけるだけの力もない。
十中八九、犯人はカナディ出版だ。
だが、決定的な証拠がない。
店側は、説得すればもしかしたら本当のことを証言してくれる可能性もあるけど、店数軒と大手の出版社じゃ、どう考えても後者の方が力は上だ。
揉み消されるか、最悪店側が悪者にされて、潰される可能性もある。
なら、カナディ出版に忍び込んで、とも思ったけど、シルヴィアに相談したら、それはやめておいた方がいいと言われた。
というのも、もし忍び込んだのがばれれば、それを理由に攻め込まれる口実を作ってしまうことになるからだという。
世間の評判的に、ニドーレン出版は危うい立場に立たされている。その流れは緩やかではあるものの、カナディ出版の流した悪評を知っている人からしたら、悪いのはニドーレン出版の方だ。
そんな時に、カナディ出版に賊が侵入したとなったらどうなるか。それが仮に全く関係ない人物だったとしても、カナディ出版にはそれをニドーレン出版がやったように捏造することが可能である。
そうなれば、ニドーレン出版の味方はいなくなり、潰れるしかなくなるわけだ。
ばれなければ、とも思ったけど、確かに私の独断で動いて、それをニドーレン出版のせいにされてはかなわない。
それに、うまく忍び込めたとしても、ニドーレン出版を貶めようとする内容が必ず見つかるかもわからないしね。
今まで調べた限り、ニドーレン出版が悪いように仕向けているのは、計画的な何かを感じるけど、それをわざわざ文書に残しているとも思えない。
大手のカナディ出版にとって、ニドーレン出版はかなりマイナーな出版社であり、そんな綿密に計画して潰す程の場所ではない。
多分、むかついたから潰してやろう、くらいのノリなんじゃないだろうか。
こちらとしては堪ったものではないけど。
「ここまでくると、ほんとに尻尾を出してくれるのを待つしかないんだけど」
もし裁けるとしたら、そう言った企みを話しているところを、現行犯で捕まえるしかないわけだけど、それもかなり博打である。
下手したら、言い逃れられて結局捕まらないだけでなく、警戒させて、二度と出てこないなんてことになるかもしれないし。
脅迫や殺人は犯罪だが、証拠を掴むにはちょっと相手が悪いよね。
「観光本の出版をやめればいいだけかもしれないけど、それだと負けたも同然だし……」
相手からの要求は、観光本の出版をやめろという話だった。であるなら、要求を飲んでやれば、襲われる心配もないだろう。
ただ、それでは今後一生カナディ出版に支配されるようなものである。
観光本だけならいいけど、他にも歴史だとか、絵本だとか、他のジャンルにも口を出してくるかもしれない。下手をすれば、ニドーレン出版の持ち味である、私を題材とした本まで止めろと言ってくるかもしれない。
一度でも屈してしまったら、今後のニドーレン出版の未来は暗いものになるのは確実だ。
だから、絶対に要求を飲むことはできないのである。
「辛抱強く待つしかないか……」
今まで、割とごり押しで事件を解決してきたこともあって、ちょっともやもやする。
単純に、叩き潰すべき相手がいるのなら楽でいいんだけど、こういうのは下手に動いたら逆に負けるかもだから恐ろしい。
私はうんうんと頭を抱えつつ、チャンスが来るのを待つことにした。
それからしばらくが経った。
あれから、何度か襲撃はあったけど、カナディ出版に繋がる手がかりはなし。いずれもそこらのごろつきであり、わかったことは、指示をしたのが男ってことくらい。
流石にそれだけじゃ、犯人を突き止めるのは難しい。
幸いなのは、最初は怖がっていた従業員達も、私が必ず助けに来てくれると信じてくれたのか、あまり怖がらなくなったことだろうか。
中には、ごろつき相手に啖呵を切る子もいたりして、この状況を楽しんでいる子もいるくらいである。
まあ、怖がってトラウマを持たれるよりましだから、全然いいんだけどね。
相変わらず悪評は減らないが、相手もそろそろ痺れを切らしてくれないだろうか。
「ハク、大変ですわ!」
「とにかく奥の部屋へ来てくださいまし!」
そう思っていたある日、いつものようにニドーレン出版に顔を出すと、シルヴィアとアーシェが慌てた様子で駆け寄ってきた。
何事かと思って素直に奥の部屋に行くと、興奮冷めやらぬ様子のまま、一枚の書状を見せてきた。
「これは?」
「うちの、営業停止命令書ですわ」
「はい?」
よく読んでみると、確かにそう言った旨の内容が書かれている。
理由としては、ニドーレン出版のあまりの人柄の悪さ、本の内容の捏造などであり、総合的に判断した結果、営業停止処分とする、みたいなことが書かれていた。
「営業停止命令って、つまりは国がそう言ってきたってこと?」
「そういうことですわ」
「偽造かとも思いましたけど、この捺印は間違いなく本物ですし、私達も困惑してますわ」
確かに、書類には正式なものだと表す意味のある、捺印がされている。
捺印を偽造することはできなくはないが、国のそれを偽造することは、何よりも重い罪であり、ばれたら即縛り首だ。流石に、嫌がらせのために偽造することはありえないし、これは本物だと信用できる。
ただ、なんでそんなものがいきなり送られてきたかだ。
「何か心当たりはある?」
「いえ、まったく。あれから新しい本は出していませんし、今まではそれで何の問題もなかったですわ」
「もちろん、捏造なんてしていませんし、書かれているような横柄な態度なんてとってませんわ」
「となると、敵からの工作ってことになるね」
出版社というのは、国と繋がりがあるものである。
特に、国の歴史のような、国の印象を左右するような内容を書く場合、必ず国の許可が必要になる。
カナディ出版はそれに該当しているし、間違いなく、国と繋がりはあるだろう。
ただ、繋がりがあったとしても、本来は何の関係もない話だ。言うなれば、上司と部下のような関係であり、部下は上司の言ったことをこなしているだけに過ぎない。
ただ、こんなあからさまに嘘の内容で営業停止命令が下ったと考えると、別の可能性が浮上してくる。
それは、カナディ出版と国が、悪い意味で繋がっている可能性だ。
要は、賄賂なんかを渡して、自分達の都合のいいように事を運ばそうとしているってことである。
今回の場合は、カナディ出版がニドーレン出版を潰すために、国に働き掛けて営業停止命令書を作らせた、ってところだろう。
営業停止命令は、かなり重い処分だ。
下手をしたら、そのまま行き場を失くし、餓死してしまったり、よくてもスラムに迷い込んで、犯罪を働かざるを得なくなる状況に陥ったりする。
だからこそ、営業停止命令を出すには、十分な調査が必要だし、よほど酷いことをしていない限り、そんな命令は出ない。
なのに、明らかに嘘の理由ででっち上げられているところを見ると、そう考えざるを得ないだろう。
「これは、四の五の言ってられなくなってきたかな」
あんまり王様に負担をかけちゃいけないかなと思っていたけど、これは流石に報告せざるを得ない。
どう考えても不正だし、王様が把握していない可能性は十分にあるだろう。
このまま、命令書に従って営業停止、なんてことにさせてたまるか。
「ハク、これからどうしたらいいのかしら……」
「大丈夫だよ。こんなの、すぐに取り消させて見せるから、しばらくは大人しくしておいてね」
こんな命令に従う必要はないように見えるけど、仮にも国の正式な命令に逆らうのはまずい。
ここはいったん素直に身を引いて、それから反撃するのがいいだろう。
不安そうな二人の肩を叩きつつ、部屋を出る。
まずは、城に向かわなくちゃね。
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