第百九十六話:襲い来る刺客
日も暮れてきて、そろそろ帰ろうかと思ったその時、不意に探知魔法に反応があった。
護衛を受けるからには、早めに気づけた方がいいと思って、夕方以降に護衛対象に近づく人物がいたらすぐに気づけるように、設定をしていたのだ。
流石に、ニドーレン出版がそこそこ大きな建物とは言っても、寝泊まりまでするわけじゃない。従業員は通いであり、夕方には家に帰ることになる。
狙われるとしたら、恐らくそこだろうと睨んで、そういう設定にしていたわけだ。
場所は、中央部の小道。相手は四人で、前方に三人、後方に一人という形で挟み撃ちにしている感じ。
護衛対象はまだ気づいていないのか、すたすたと歩いている。
これは、早めに行かないとまずいかもしれないね。
「エル、行くよ」
「はい、ハクお嬢様」
転移ですぐさまその場所に移動し、空から相手を観察する。
相手は、いかにもチンピラといった様相の奴らだった。手にはナイフを持っており、気配を隠そうともせず、立ちはだかっている。
移動の間に接触したのか、従業員も気づき、戦闘態勢をとっていた。
「ひゃはは! 悪いが痛い目に遭って……」
「させないよ」
「ぐぼぁ!?」
今にも襲い掛かりそうだったので、空から急降下して前衛の三人の意識を刈り取る。
後ろにいた一人も、エルが仕留め、ごろつきどもはあっという間に制圧された。
まあ、これくらいは楽勝だよね。
「あ、ハクさん! 助けに来てくれたんですね!」
「はい。怪我はないですか?」
「はい、大丈夫です! ありがとうございます!」
私が来たことが嬉しいのか、とてもテンションが高い。
ただ、怖かったのは事実なのか、少し体が震えている。
私は鎮静魔法をかけて落ち着かせつつ、エルにごろつきどもの拘束を頼んだ。
「もう大丈夫だとは思いますが、家まで送りますね」
「は、はい!」
幸いにも、その子の家は近かったので、すぐに送り届けることができた。
怖かっただろうけど、次があっても必ず守ると約束したら、少し安心したのか、ほっと息を吐いていたので、多分大丈夫だと思う。
さて、問題はあいつらだけど……。
私はすぐさま引き返し、ごろつきどもの場所まで戻る。
見張りはエルに頼んでいたので、失敗した時の回収役がいたとしても、回収される心配はなかった。
「お帰りなさいませ。どうでしたか?」
「ひとまず大丈夫だと思う。後は、こいつらから情報を吐かせるだけ」
まあ、こいつらが情報を持っているかどうかは怪しいけども。
見た感じ、どう考えても出版社の人間とは思えない。その辺のごろつきに金を握らせて、襲わせたって感じだ。
いくら貰ったのかは知らないが、そんなはした金で中央部にまで入ってくるなんて、飛んだ命知らずである。
「おーい、起きろー」
「うっ……」
とりあえず、一人を叩き起こして、話を聞いてみる。
私の姿を見た途端、状況を理解できていないのかいきり始めたけど、軽く頭を叩いたら、すぐに大人しくなった。
全く、私のことを知らないとしても、頭が悪すぎる。
「それで? 誰に依頼されたの?」
「し、知らねぇ。ただ、ここであの女を潰してほしいって依頼されただけだ」
「相手の特徴は?」
「し、知らねぇって。フードで顔を隠していたし、男ってくらいしか……」
「まあ、こんなもんだよね」
仮にカナディ出版が関与しているのだとしても、よくよく考えれば自分の手を汚すようなことはしないだろうし、当然の結果と言える。
こいつらから得られる情報はもうないだろう。助けられたのはいいけど、情報という意味ではもうちょっと手をかけてほしかったな。
「こいつらは警備隊に引き渡すとして、どうしようかな」
こうして捕まえ続けていれば、そのうちしびれを切らして本体が出てきたりしてくれないだろうか。
少しでも情報を搾り取れれば、それを元手に追い詰めることも可能になるかもしれない。
ただ、いくら助けられるとは言っても、このまま襲わせ続けるのはちょっと可哀そうかな。
私は、そういうことに慣れてしまって、全然心が動かないけど、普通に考えて、女性が夜に襲われれば、トラウマになってもおかしくない。
実際、さっきの子も少し震えていたしね。
いつまでも守りに回って、怖がらせるのは可哀そうかもしれない。
「噂の件もあるし、そっちから情報を探っていくべきかな」
店によって、全然対応が違うのも気になるし、そっち方面から情報を探りつつ、襲い掛かってくるようなら返り討ちにする、って感じにするしかないかな。
私としては、早めに解決できたらと思っているけど、一体どうなることやら。
そう思いながら、ごろつきどもを警備隊の詰め所に連れて行き、家に帰るのだった。
それからしばらくが経った。
あれから、観光本に載っていたすべての店に聞き取りを行ったけど、内容は概ね同じだった。
片や、ニドーレン出版はとんでもない悪党だ、片や、ニドーレン出版は素晴らしい人達だ、意見が真っ二つに割れている。
ただ、どちらが嘘かって言うのは、はっきりした。
やはりというか、悪口を言っている方が嘘をついている。
というのも、どの店も、来たのはニドーレン出版ではあるが、名前は名乗らなかったし、容姿も覚えていないと言っていたが、明らかに、男性が来たという説明をした店がいくつかあった。
ニドーレン出版には、女性しかいない。つまり、男性が来たと言った時点で、別の人のことを言っていることが確定である。
そこを追及すると、慌てたように言葉を詰まらせていたし、どう考えても嘘を言っているのは間違いない。
これ、もしかしたら、ニドーレン出版の態度が悪いんじゃなく、カナディ出版の態度が悪かったのでは?
いやに状況がはっきりした説明だったから、ワンチャンニドーレン出版の可能性もあると思っていたけど、総合して考えると、カナディ出版がしたことを、そのままニドーレン出版がしたってことにしている気がする。
その場は穏便に済ませたが、後でクレームを入れたって言うのも嘘ではないんだろう。ただ、クレームを入れた結果、逆に脅されてニドーレン出版を貶めるように圧力をかけられた、って言うのが本当のところな気がする。
すべての店がどうかはわからないが、もしこれが本当だとしたら、裁判を起こせば勝てるだろうか。
現代社会であるあちらの世界なら、それで十分通用しそうな気がしないでもないけど、こちらの世界だとどう転ぶかわからないんだよね。
というのも、出版社って、それなりに地位が高いんだよ。正確に言うと、貴族が運営している出版社は地位が高いってことだね。
本って言うのは高級品だから、基本的には貴族が運営しているけれど、中には新聞や掲示板のような形で平民が運営している出版社もある。
彼らは日々の情報を発信するし、基本的に平民に寄り添っているから平民からは人気が高いけど、中には注目を得たいがためにわざと大げさに書くこともあるので、信憑性という意味では若干低くなる。
それに比べて、貴族が運営している出版社は、娯楽としての本の他に、国の歴史だったり、地図だったり、割と重要なことを任されることが多いから、信憑性は高いと言える。
中には、国からお願いして本を作っている場所もあるので、国からの信用度が高く、それ故に普通の貴族よりも優遇されるってことがよくあるようだ。
だから、仮に店側が裁判を起こしたとしても、勝てない可能性は十分にあるわけだね。
やはり、徹底的に追い詰めるなら、決定的な証拠が必要となってくる。
ぼろを出してくれたら楽だけど、どうしたものかな。
私は何とかして追い詰める方法はないかと、思案していた。
感想ありがとうございます。




