第百九十五話:相反する証言
翌日。王都を回って、噂話を集めてみた。
色々な噂があったけど、その中にはやはり、ニドーレン出版のことも含まれている。
割合としては、そこまで大きなものではない。ただ、着実に噂は広がっているのか、特に酒場などでは頻繁にその話を聞いた。
噂の出所に関しては、流石に掴めなかったけど、何人か尾行して見たら、件のカナディ出版に入っていったのを見たから、少なくとも関与はしているのは間違いない。
「後は噂の真意だけど」
噂の真意を確かめるため、私はシルヴィア達が観光本に載せたという、隠れた名店を訪れることにした。
万が一にもあり得ないが、もしかしたらシルヴィア達が本当にそういうことをしていた可能性もある。
トップであるシルヴィア達が何もしていなくても、例えば従業員が勝手にやったとかね。
もちろん、従業員もほとんどは元クラスメイトだから、信用はしているけど、一応確認はしておくべきである。
観光本を頼りに行くと、通りから外れた場所にある、目立たなそうな場所にある店を発見する。
どうやらパン屋のようだけど、雰囲気は確かに隠れた名店っぽい。
「いらっしゃい!」
中に入ると、威勢のいい声が響き渡る。
お店自体は小さく、従業員も、さっき声をかけてきた一人しかいなさそうだった。
しかし、店の小ささに反比例するように、パンの種類は多く、中には見たことない形のものもある。
シルヴィアの観光本にも、是非食べてみて欲しいと紹介されていたものだ。
私はそれらが気になりつつも、店主に話しを聞いてみることにする。
「すいません、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「おう、なんだい嬢ちゃん」
「以前、ここにニドーレン出版という人が取材に来たと聞いたんですけど、その時のことを教えていただけませんか?」
「んぁ? ああ、あれのことか……」
店主は、少し間を置いた後、話し始めた。
確かに、ニドーレン出版と名乗る者がここを訪れたのは確からしい。今度、観光本を作るから、それの取材をさせてほしいと。
それで、店主は是非にと取材を受けたのだが、その時の対応が酷かったようだ。
というのも、ここのパンは品がないだとか、こんなの誰が食べるんだ? とか、手を付けてもいないのに言いたい放題だったとか。それに何より、本に載せてやるんだからありがたく思え、みたいな態度だったらしく、店主は非常に不愉快な思いをしたらしい。
しかし、ここで反論したら、あることないこと書かれるかもしれないので、表面上は気さくに対応し、穏便に取材を終えたようだ。
だが、後になって怒りがこみあげてきて、クレームを入れたのだとか。
「あれほど失礼な奴は生まれて初めて見たな」
「そうですか。ちなみに、その時取材に来た人の名前とかわかりますか?」
「いや、名前は名乗らなかった。ただ、ニドーレン出版の者だ、とだけ」
「なるほど。ありがとうございます」
話を聞く限り、ニドーレン出版の人が、横柄な態度をとって、それで批判されたように見える。
ただ、やはりシルヴィア達がそんな態度をとるとは思えないし、従業員も同様。
だが、店主が嘘を吐く理由もないような気がする。この違和感は一体なんだろうか?
「どうしますか?」
「うーん……」
ひとまず、お礼にパンをいくつか買って、店を後にする。
もし、店主の言っていたことが本当なんだとしたら、ニドーレン出版が悪いことになる。
まあ、悪かったとしても、それで命を狙われるのは間違いだと思うが、恨みから狙われてもおかしくないという理由にはなってしまう。
「とりあえず、まだ一件目だし、他の店にも聞いてみよう」
ここの店主の言葉だけで判断するのはまだ早い。
他にも取材した店はたくさんあるようだし、その話を聞いてみるのが先だろう。
私は、わずかに不安を覚えつつも、観光本を頼りに、店を巡ることにした。
そうして、一日かけていくつかの店を回ってみた結果、何とも奇妙な結果が現れた。
まず、最初のパン屋の店主のように、ニドーレン出版の態度に辟易し、後になってクレームを入れたという店が数軒あった。
内容としては、どれも似たようなもので、取材に来たけど、本に載せてやるんだからありがたく思えという横柄な態度だった、名前は名乗らず、ニドーレン出版の者とだけ名乗った、取材の際は穏便に事を済ませたが、後になって怒りが湧いてきて、クレームを入れた、といった内容である。
それぞれの店で、微妙に言われた内容は違っていたが、概ね言われていることは同じだったと言える。
これだけだったら、ニドーレン出版が悪いってことを裏付ける内容だったんだけど、それとは対照的に、ニドーレン出版の態度は素晴らしかったと褒め称える店もたくさんあったのだ。
それらの店では、丁寧な口調で対応してくれて、名前もきちんと名乗り、店の商品を褒めて、よければこれを紹介させてくださいと頭を下げて頼みこんできたという。
本当に同じ場所の人間かと思うくらいの差があり、もしかして別の出版社だったんじゃないかとも疑ったが、いずれもそれはニドーレン出版だったと言っている。
これは、一体どういうことだろうか?
「言ってることがこんなに真逆になることってある?」
どう考えても、別人だろという内容なのに、来たのは揃ってニドーレン出版だという矛盾。
例えば、ニドーレン出版の中でも、一部の人だけが問題児で、他の人達は丁寧な対応をしたって言うならわからなくもないけど、クレームを入れている店は、ことごとく来た奴の容姿を覚えていないのだという。
普通、そんなむかつく奴がいたら、顔を覚えてしまうと思うんだけどね。
だから、本当に問題児がいるとしても、誰がそれだというのはわからない。
「どちらかが嘘をついているのでは?」
「嘘、ねぇ……」
もし嘘をついているとしたら、恐らく悪口を言っていた方だろう。
嘘をついてまで、ニドーレン出版を持ち上げる理由もないわけだしね。
いや、もしかしたら、ニドーレン出版が、自分達を良く見せるために、脅して従わせているって可能性もなくはないけど、シルヴィア達がそんなことするとは思えないし。
それに、対応がよかったと言っている店は、しっかりと名前や容姿を覚えているのに、悪口を言っている店はそれらを全く覚えていない、聞いていないというのが気になる。
一軒や二軒ならまだしも、十数軒すべて覚えていないなんてありえるだろうか?
もしかしたら、ニドーレン出版を貶めるために、わざとそう言っている可能性もあるわけだ。
「でも、嘘を吐く理由がわからない」
どの店も、理由はどうあれ、ニドーレン出版に載せてもらっているわけだし、言うなれば恩があるはずだよね。
もちろん、店を貶めるような内容だったなら話は別だけど、見た限り、皆好意的な書き方をしていて、憤る理由がわからない。
あるとしたら、悪い噂を流しているカナディ出版が圧力をかけた、とか?
パン屋の店主も言っていたけど、出版社相手に策もなしに突っ込むと、あることないこと書かれる可能性がある。特に、カナディ出版は王都でもそれなりの影響力を持つ大手だ。小さな店なら、それだけで潰れかねない。
カナディ出版がニドーレン出版を貶めるために圧力をかけたのだとしたら、一応理由にはなるだろうか。
「にしても回りくどいと思うけど……」
悪評を流せば、確かにニドーレン出版は苦しい立場に立たされるかもしれないけど、大手なら、そんなことしなくてもほぼ独占できただろう。
なのに、わざわざこんなことしてまで潰そうとする理由は何なんだろうか。
私は相手の狙いの不明さに、首を傾げるしかなかった。
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