第百九十三話:ニドーレン出版
「護衛をするのはいいけど、犯人の目星はついてるの?」
「今のところ、確証はないけど、候補ならいくつかあるわ」
今回の件を受けて、シルヴィアとアーシェはキーリエさんに相談を持ち掛けたらしい。
キーリエさんは、現在は国の諜報機関に所属しており、主に町の噂にとても詳しい。
だから、今回の件のことで、何か情報を掴んでいるかもしれないと思って、個人的に相談したようだ。
その結果、怪しいと思われる店がいくつか発見されたらしい。
「まず、カナディ出版という出版社。王都では、昔から知られている有名なところで、町の歴史からその日の町のちょっとした出来事まで、幅広く扱っている大きな出版社ね」
キーリエさんの調べた限りでは、その出版社の人々が、シルヴィア達の出版社の悪口を各方面で言いまくっているらしい。
中には、あからさまに貶めるような内容も含まれており、明らかに悪意のある噂を広めているようだったという。
有名な出版社ということもあって、その信憑性は高いと判断されているのか、時折シルヴィア達の耳にも悪口が聞こえてくるのだとか。
「そのせいかはわからないけど、この本で紹介したいくつかの店でも、同様に苦情が来てますわ。うちの評判を下げるようなことをしないでくれ、ってね」
「見た感じ、そんな意図は感じられないけど」
「そう、完全な言いがかりですわ」
この観光本で紹介されているのは、流行に乗っている店だったり、隠れた名店と呼ばれるような店だったりなわけで、決して悪評を流しているわけではない。
そもそも、掲載するにあたって、その店には事前に許可を貰っているらしいし、今更文句を言われるのはどう考えてもおかしいわけだ。
これが、店が了承した内容と全く異なっているって言うなら話は別だけど、二人がそんなことをするとは到底思えないし、明らかに何者かが工作している気がする。
「その、カナディ出版というところに抗議したりは?」
「流石にできませんわ。証拠がないですし、言いがかりだと言われておしまいですわ」
「それはそうか……」
キーリエさんが調べたなら、多分本当のことだろうけど、世間的に見ればあくまで噂である。
それに、今のところわかっているのは、悪口を言っている程度のものだ。それくらいなら。商人同士でもよくあることだし、それで裁くことは難しい。
脅迫状を送ったり、従業員を襲ったということが確実にわかれば話は別だが、今のところそんな証拠はないわけだし、言うだけ無駄というわけだ。
「一応、キーリエさんも何か掴んでいる様子でしたが、守秘義務があって言えないとかなんとか」
「ああ、一応諜報員だしね。色々言えないことはあるんでしょう」
多分、キーリエさんがその気になれば、そのカナディ出版とやらが黒であることを確定づける証拠もすぐに見つけそうではある。
ただ、そう言ったことを、友達とはいえ一般人に話してしまったら、諜報員としては失格だろう。
キーリエさん的に話してあげたかっただろうが、流石にそこまでは踏み込めなかったって感じなんだろうな。
でも、もしキーリエさんが何か掴んでいるとなったら、王様なら何か知っていそうではあるよね。
一度聞きに行ってみるのも手だろうか? 何か対策を取っているのなら、私が手を出す必要もないわけだし。
「とにかく、このまま手をこまねいていては、いつか私達や、他の従業員が命を落とすかもしれない。だから、そうなる前に、防いでほしいの」
「わかった。しばらくの間、警戒して見ておくね」
「ありがとう。忙しいのにごめんね」
「ううん、親友の頼みなら喜んで」
さて、護衛をするのはいいけど、それにはまず今の状況を把握しなければならない。
以前は、シルヴィアとアーシェの他に、数人程度の小さな出版社だったけど、今はどうなっているんだろうか?
「とりあえず、二人の出版社に行ってもいい? 誰を守ればいいのか、把握しておきたいし」
「わかったわ。時間があるなら今からでもいいけど、どうする?」
「それじゃあ、すぐに行こう。早い方がいいからね」
どのみち、ここしばらくはのんびり過ごそうと思っていただけである。少しくらい家を空けても問題はないだろう。
私はユーリに出かけてくる旨を告げて、エルと共に家を出る。
さて、どんな風になっているだろうか。
二人に案内されて、私達は出版社へとやってきた。
ニドーレン出版という社名を掲げたそこは、王都の中でも中央部に存在するそこそこ大きな建物だった。
「みんな、集まって頂戴。ハクを連れてきたわ」
「ほんとですか!? みんな、ハクが来たって!」
中に入り、シルヴィアが声をかけると、どこからともなくぞろぞろと人がやってくる。
中には、見知った顔も多くいて、なんとなく懐かしさを感じた。
みんな、私やエルのことを歓迎してくれて、辺りは一時騒がしくなっていた。
「こほん。えー、頼んでみたら、しばらくの間護衛をしてくれることになりましたわ。みんな、ハクに感謝するんですわよ?」
「「「はーい!」」」
「ハク、知っている子もいるでしょうけど、一応紹介していくわね」
そう言って、従業員の紹介が始まった。
現在、ニドーレン出版に所属する従業員は全部で20人ほどらしい。
主に書く内容を決める人が、シルヴィア達を含めて8人ほど。それ以外は、その内容を書き写す作業をしているようだ。
この世界では、本は未だに手書きだから、大量に売り出すとなれば、書き写すための人員が必要となる。
多分、そこらへんはテトに頼んだらもう少し改善しそうではあるけど、それはまあ後でいいだろう。
従業員の顔と名前はすべて覚えた。ついでに、今住んでいる場所や、魔法が使えるかどうかも聞いておいたので、優先順位も決めやすい。
後は、迫りくる敵を打ち払うだけだ。
「みんな、わかっていると思うけど、くれぐれも気を付けてね。もしもの時は、この通信魔道具でハクに連絡すること。いい?」
「ハクならきっと助けてくれますわ。だから、生き残ることだけを考えるんですのよ」
「「「はーい」」」
なんか、皆憧れのまなざしでこっちを見てくるけど、そんなに期待されるとちょっと心配になる。
もちろん、請け負ったからには、皆に怪我をさせるつもりはないけれど、流石にこの人数を一人で守るのはちょっと難しい。
エルやアリアの手を借りたとしても、どうしてもタイムラグが発生することになると思う。
一応、探知魔法でそれぞれの魔力を調べて、近くに来る怪しげな魔力を見つけたらすぐに急行するって感じにすれば、多少は対処できるだろうけど、本当に大丈夫だろうか。
「大丈夫ですわ。私達も、ただでやられるほど弱くはありません。ハクが到着するまでの時間稼ぎくらいはできますわ」
「シルヴィアなら普通に返り討ちにできそうだけどね」
「まあ、ハクに教えてもらった魔法を使えばできるでしょうけど、みんながみんなできるわけじゃないですから。本当に、もしものことがあったらって言うのを心配しているだけですわ」
まあ、一応みんな魔術師なわけだし、ただでやられることは少ないか。
ちょっと忙しくなりそうだけど、やってやれないことはない。
私は頬を叩いて、気を引き締めた。
感想ありがとうございます。




