第百九十二話:久しぶりの来客
第二部第七章、開始です。
年も明け、雪がちらちらと降るようになった。
あれから、メリッサちゃん達に場所を提供し、村を立ち上げ、物資を運んだり、言葉を教えたり、色々とやっている間に、あっという間に年が明けてしまった。
こんな寒い時期に簡素な村に住まわせるのは大丈夫なのかとも思ったけど、案外、そういうことには強いらしい。
というのも、メリッサちゃん達のいた世界では、異常気象など当たり前のようにあったようだ。
場所によっては、常に氷に覆われた場所もあったりして、そう言った環境で生き残るために、体が丈夫になったらしい。
それに、複合神であれば、ある程度の適温を保つことができるようで、このくらいの寒さは寒いうちに入らないとか言っていた。
異世界の人々は逞しいものである。
「なんだか、ようやく一息付けたって感じがする」
まだ、村が安定しているわけではないから、しばらくは物資の補給や言葉の上達は必要になるけど、詰め込みすぎてもよくない。
物資に関しては、竜達が手伝ってくれるのもあるし、最悪複合神は相手と言葉を合わせることができるようなので、無理に覚える必要もない。
そういうわけで、しばらくは休暇を貰おうということで、今は家でダラダラしているわけである。
「ハクお嬢様の周りでは、色々なことが起こりますね」
「ほんとにね。まあ、私が首を突っ込んでるって言うのもあるけど」
おかげで退屈する日々にはならないが、たまには休憩しないと精神的に参ってしまう。
しばらくの間は、こうして家でのんびりしているのもいいだろう。
「ハクー、お客さんだよ?」
「はーい」
と、そんなことを思っていると、ユーリからそんな声がかかった。
最近は、あんまり来客を気にしてなかったけど、誰だろうか。
私は急いで玄関まで行き、扉を開ける。
そこには、久しぶりに見る、親友の姿があった。
「お久しぶりですわ、ハク」
「元気にしてた?」
「シルヴィア、アーシェ! 久しぶり!」
シルヴィアとアーシェ。学園に通っていた時のクラスメイトであり、自分の正体が竜だということを明かした数少ない親友のうちの二人である。
学園卒業後は、出版社を立ち上げ、私とサリアの絡みを書いた小説を売り出すことで、一部の人達の間で有名になっていた。
ここ最近は、色々と立て込んでいたこともあり、会うことはできていなかったけど、二人とも元気そうで何よりである。
「とりあえず、中へどうぞ」
「ええ、お邪魔するわ」
「失礼しまーす」
思わぬ来客に、少し胸を弾ませつつ、応接室へと通す。
以前であれば、献本とかで何度か訪れていたことはあったけど、今日はどういった用なのだろうか。
「二人とも、今日はどうしたの?」
「ええと、ちょっと頼みたいことがあってね……」
そう言って、シルヴィアは懐から一冊の本を取り出す。
また献本だろうかと思ってみてみたけど、どうやらそういうわけではない様子。
本の内容は、王都の流行や隠れた名店なんかを紹介する、観光ガイドのようなものだ。
王都の地図も描かれており、かなり事細かに紹介されている。
「これは、最近私達の出版社で発売したものなの。割とよくできてるでしょ?」
「まあ、そうだね。でも、二人が書くのって、その……そういうんじゃなかったと思うんだけど?」
元々、二人は卒業後、国の研究機関で働いていた。
それをやめてまで出版社を立ち上げたのは、私とサリアの絡みを世に広めるためだと言っていたはずだ。
私としては、ちょっと複雑な気分だけど、まあ、二人のやる気はとても凄かったし、実際にそれで成功したのだから、何か言うことはない。
でも、この本は明らかに方向性が違っている。
最初に書いたもの以外にも、いろんな角度から書いたものを出版していたはずだけど、やめてしまったんだろうか?
「いや、ちゃんと書いてますわよ? ハクサリは、世の中に広めなければなりませんわ」
「今では同好の士も増えて、一緒に書いてくれる方々もたくさんいるしね」
「そ、そうですか……」
「ただ、それでも読んでくれるのは一部の層に限られますわ。だから、もう少し販路を広げて、今まで読んでこなかった人達にも興味を持ってもらえるように始めたのが、この観光本なんですの」
なるほどね。
百合に興味がない人でも、その作者のことが好きなら、ひとまず読んでみようと思うだろうし、それで全く別の層に読まれるような本を作ったわけか。
観光本なら、観光客が買ってくれる可能性も高いし、そこから私とサリアの本を手に取ってくれたら、王都以外でも広まっていくことになるわけだし、二人の狙いとも合致する。
「売り上げの方はどうなの?」
「そこそこ順調ですわね。今の時期は観光客が少ないので、そう言った方々には売れていませんが、それでも興味を持って買って行ってくださる方は多いです」
「なら、何の問題もないんじゃない? いい作戦だと思うよ」
これから春になれば、観光客も徐々に増えてくるだろうし、そうでなくても、冒険者とかにも需要はあると思う。
頼みたいことがあると言っていたけど、今のところ問題があるようには思えない。
「ええ、売り上げには問題ないですわ。ただ、売り上げが良すぎて別の問題が浮上してきたんですの」
「別の問題?」
「これですわ」
そう言って、今度は一通の手紙を取り出す。
何の装飾もされていない武骨な紙に、書きなぐったような文字で書かれているそれには、驚くべき内容が書かれていた。
「……脅迫?」
「ええ、そうなの」
手紙には、脅迫めいたことが書かれていた。
要約すると、今すぐ観光本の出版を中止しろ、さもなくば殺す、といったところだ。
ストレートすぎる要求だし、もしかしたらいたずらの可能性もあるけど、どうやらそういうわけでもないらしい。
「実際、この手紙を貰ってからしばらくして、従業員の一人が襲われました」
「幸い、魔法で追い返すことができたようですけど、一歩間違えば本当に殺されていたかも」
「それは、物騒だね……」
脅迫状が送られてきた後に、従業員が襲われる。十中八九、この手紙を送りつけた奴が犯人だろう。
一応、シルヴィアさん達の出版社は、ほとんどが学園の卒業生で構成されている。
なにせ、シルヴィアさんと目的を同じくした同士が集まってできた場所だ。その発信源たる学園の者が集まるのは当然のことである。
そして、学園を卒業できるほどの腕前があるのなら、魔術師としてはそれなりに優秀な部類に入るため、多少の脅威は退けることができる。
だから、仮に襲われても、実際に殺される可能性はかなり低いだろう。
ただ、だからと言ってこのまま何もしないわけにはいかない。いくら実力があっても、不意打ちをされれば何も抵抗できない可能性だってある。
一刻も早く、この犯人を捕まえる必要があるだろう。
「頼みたいことって言うのは、このこと?」
「ええ。できれば、ハクにはしばらくの間、みんなの護衛をして欲しいの」
ようやく二人が来た理由がはっきりした。
さて、これはどうしたものだろうか。




