幕間:独りぼっちの竜
エンシェントドラゴン、ヴィオの視点です。
吾輩はエンシェントドラゴンである。名はヴィオ。
現在存在しているエンシェントドラゴンの中では、ハーフニル殿、ルフト殿に次いで古参ではあるが、他のエンシェントドラゴンとの交流はあまりない。
というのも、吾輩は毒竜であり、ただ存在するだけで、周りの環境を汚染してしまうのだ。
昔は、浄化を得意とする者も多く、そこまで問題にはならなかったが、時の流れとともにそう言った役職もいなくなっていき、今では吾輩の下に近づいてくる者もいなくなってしまった。
まあ、下手をすれば死ぬような毒なのだから、当たり前ではあるのだが。
おかげで、吾輩はここ数千年以上の間、森に引きこもっていた。
いるだけで周りの環境を変化させてしまう故に、あまり場所を転々とすることができなかったというのもあるが、吾輩のせいで、他の竜にまで迷惑をかけるわけにはいかないと思ったのだ。
これまでも、これからも、吾輩はずっと一人で生きていくのだと、そう思っていた。
〈ふむ? あれは……〉
転機が訪れたのは、最近だった。
吾輩の住む森は、吾輩の毒によって環境が一変し、すべてが毒を含むものへと変化していた。
木々も、魔物も、吾輩の毒に適応した者だけが生きることを許される、そんな場所。
人里からも離れている故、この森に誰かが入ってくるなど、本来は考えられないことだった。
しかし、その日は、なぜだか人がいた。
少女のようだったが、気を失っているのか、ピクリとも動かない。
一瞬、死んでしまっているのではないかとも思ったが、確認して見れば、まだ生きている様子だった。
このまま見捨てるわけにもいかず、吾輩はその少女を保護した。
目を覚ました後は、そのあたりの茸を食べさせてみたりもしたが、よくよく考えると毒だということに気づいて、慌てていたが、少女は全く意に介していない様子。
どうやら毒に耐性があるようだ。稀有な人物である。
しばらく共に過ごしてみたが、言葉は通じずとも、吾輩に懐いてくれていることはすぐにわかった。
まさか、吾輩が人に懐かれる日が来ようとは……。
しかし、いくら毒に耐性があるとは言っても、限度はあるだろう。
このままでは、せっかく助けた命が失われてしまう。それはだめだ。
迷った末に、吾輩は同胞を頼ることにした。
竜の谷へ訪れるのは気が引けたが、少しくらいであれば滞在しても問題はないだろう。他に行く当てもなかったし、竜の谷を訪れる以外に選択肢がなかった。
その時は、たまたま他のエンシェントドラゴン達も揃っており、皆で少女の処遇を考えていた。
一番いいのは、やはり人里に帰すことである。
少なくとも、吾輩と共にいすぎて、命を落とすよりは、それが幸せだと感じた。
だが、少女は吾輩から離れようとしない。懐いてくれるのは嬉しいが、ここまでくると少し困ってしまう。
そのうち、ハーフニル殿のご息女、ハク殿までやって来て、事態は大きく変化していった。
異世界の存在、カオスシュラームという邪悪な物質、少女メリッサの新たな家族。久方ぶりに、刺激のある毎日に、冒険心がくすぐられたことを覚えている。
最終的には、メリッサの家族ともども、こちらの世界にやってきて暮らすということになり、メリッサも吾輩の元から離れていった。
少し寂しい気もするが、本来これがあるべき形である。
寝床の茸の笠の下から、森を眺めつつ、これまでの日々を思う。
ハク殿も吾輩のことは気にかけてくれているようなので、もしかしたらそのうち来てくれるかもしれないが、またしばらくは先になりそうだ。
「****」
〈ふむ? おや、なぜメリッサ殿がここに?〉
次第に空には雲がかかり、ぽつぽつと雨が降り始める。
雨が降ると、毒の霧が発生し、より厄介になるこの森だが、そんなこと気にも留める様子もなく、一人の少女がやってきていた。
〈家族と共に暮らすことになったのでは?〉
〈そうだけど、遊びに来たっていいでしょう?〉
〈おや、言葉が通じたのですな。てっきり、ハク殿にしか通じないものかと〉
〈やろうと思えば、どんな言葉にだって合わせられるわ。お腹がすくからあんまりやらないだけで〉
メリッサ殿は、そう言いながら、吾輩の下へとやってくる。
手慣れた手つきで吾輩の体をよじ登り、背中へと座ると、辺りの様子を見回しながら、話し始めた。
〈この森、ほんとに誰も来ないのね〉
〈それはそうでしょうな。ここは人どころか、魔物ですら入る者を選ぶ場所。メリッサ殿も、不用意に入れば毒に侵されますぞ?〉
〈大丈夫、私、毒には強いから〉
吾輩の心配をよそに、メリッサ殿は懐から握り飯を取り出し、頬張った。
確かに、しばらく吾輩と共に暮らしていても死ななかったのだから、毒の影響は薄いのかもしれない。
ただ、元々吾輩の毒は即効性があるわけではない。それを考えれば、たとえ毒に強くても、長居しない方がいいに決まっているのだが。
〈私ね、ヴィオに出会えて、本当によかったと思ってるの〉
〈ほう、それはなぜ?〉
〈ヴィオがいなかったら、私は死んでいたでしょう。異世界にやって来て、誰も頼れる人がいなかった私に手を差し伸べてくれたのが、ヴィオなの〉
異世界云々は出会った当初は知らなかったが、その背景を考えれば、確かに助けた吾輩のことを想うのは理解できる。
だが、吾輩はこれでも竜である。異世界ではどうだか知らないが、普通は竜を見れば、人々は怯え、離れていくものではないか?
〈それに、ヴィオのことも知れたしね。ヴィオが、この森で独りぼっちだってことも〉
〈それは仕方のないことですな。吾輩の毒は、容易に環境を変えてしまう故〉
〈でも、ヴィオは優しいのに、独りぼっちで寂しくないの?〉
そう言って、こちらの方を見るメリッサ殿。
まあ、寂しいかと言われたら、そうだったとは思う。
昔は、他の竜や人々と共に、楽しく暮らしていた。それがなくなってしまったのは、寂しいと思う。
だが、それは仕方のないことだ。
吾輩が毒竜である以上、それをどうにかできる手段がなければ、一人にならざるを得ない。
それに、この数千年で、その感覚にも慣れた。
寂しいとは感じても、孤独で押し潰されるようなことはないのである。
〈寂しくないと言えば嘘になりますが、耐えられないほどではありませんな〉
〈でも、できるなら、誰かいてくれた方がいいでしょ?〉
〈ふむ、まあ、話し相手くらいは欲しいと思う時はありますな〉
一応、この森には魔物がいるが、彼らは話してはくれない。竜の谷に行けば他の竜には会えるが、話すとしてもひと時の間だ。
それは退屈だと思うし、そういう意味では話し相手は欲しいと思う。
〈だったら、私が話し相手になって上げる。これからも、毎日来るから〉
〈毎日とは、また思い切ったことを言いますな。吾輩のことを心配してくれるのは嬉しいですが、体に障りますぞ?〉
〈大丈夫だって。私は、ヴィオのことが好きなの。だから一緒にいたい、それじゃあだめ?〉
〈そう言われると、言い返すことはできませんな〉
もうここには来ないと思っていたが、まだまだ来る気満々らしい。
毒のことが心配ではあるが、来てくれるのは素直に嬉しかった。
孤独だったこの日々も、いましばらくは解消できそうで何よりである。
その事実に、思わず笑みがこぼれた。
感想ありがとうございます。
 




