幕間:外壁の修理(前編)
とある錬金術師の視点です。
王都より要請を受けて足を運んでみれば、派手に破壊された外壁を目の当たりにした。
確かに要請内容は外壁の修理ということだった。
俺は錬金術師としては優秀な方で、国からの依頼で武器やポーションを作ることもある。外壁の修理ということは、どこかしらが老朽化して崩落か何かしたのだろう。特殊な保護を施している外壁を修復するには俺達錬金術師が必要なことはわかる。
それでもここまで派手に破壊されているとは夢にも思わなかった。せいぜい、魔物の襲撃で外側が少し傷ついた程度だと思っていた。
だがこれはどうだ、一部とはいえ、かなりの幅で完全に崩れ去っている。
一体何があったらこんなことになるのか見当もつかない。
この外壁はただの石の壁じゃない。積み上げた石を錬金術によって強化し、衝撃と魔法への耐性を強めている。たとえオーガが思い切り棍棒を叩き付けても傷一つつかないはずだ。
だが結果はこれ。ここまで破壊されたとなると修復はかなり時間がかかるだろう。
材料の調達もそうだが、並の錬金術師では手が付けられない。俺が呼ばれた理由がわかった。
「一体何したらこうなるんだ」
「さあ、詳しくは説明されてません。中央部につながる壁も同じような状態らしいです」
「おいおい、これだけでも大変なのに内部もなのかよ」
共に派遣されてきた部下からの報告を聞いて天を仰ぐ。
これは絶対材料が足りないだろうな。いくら王都と言えど、石材ばかりため込んでいるとも思えないし、町中の石屋に頼んだところで必要数は集まらないだろう。
これは早いうちに国に連絡しといた方がいいな。
いずれ陥るであろう材料難に対処するために今のうちに運ぶ準備をしておいてもらおう。
部下に指示を出し、今一度崩れた外壁を仰ぎ見る。
すでに瓦礫の方は撤去されているが、断面を見る限り、内部から圧力が加わったように見えた。
爆発魔法による破壊というのが一番考えられるだろうか。だとしてもどうやって内部に爆発魔法を仕込んだのかわからないが。
普通にやったのでは爆発の衝撃は外側に当たるはずだし、それだけでは壁は壊れることはない。
なんにせよ、自身も建設に関わった外壁がこうも粉々にされていると少し思うところがある。せめてきっちり直してやることにしよう。
修復を始めてから数日。冒険者ギルドからも人手を借りてやっているが進みは遅い。この分では完成までに数か月以上はかかるだろう。
すでに材料も少なくなってきているし、早く国からの連絡が来てくれるといいのだが。
そう思いながら汗を拭って近くの壁を背にして座り込む。ちょっと休憩だ。
「なあ、聞いたか? 英雄の話」
「何度も聞いたぜ。ちっこい魔術師の冒険者がオーガの群れを薙ぎ払ったって話だろ? ほんとかどうか怪しいところだけどな」
「いやいや、あれは本当のことだぜ。俺の知り合いが実際に見たって言うんだ。凄い迫力だったらしいぞ」
「そんなに凄いんなら一度見てみたいもんだね」
部下が話しているのが聞こえる。ここ数日で王都には英雄の噂が流れていることを知った。
なんでも、外壁を破壊され、運悪くオーガの群れがやってきて絶体絶命って時に子供の冒険者がオーガを一掃したっていう話だ。
まあ、実際問題子供にそんなことできるわけもないからショーティーなんじゃないかと言われているが、とにかく王都の危機を救ったというのだ。
ショーティーはいわゆる小人族と呼ばれる種族で、人間の半分ほどの身長と若干尖った耳が特徴の少数種族だ。
俺がとっている宿でもそういった話をちょくちょく耳にする。
外壁が破壊されたと同時に攻めてきたオーガの群れというところに若干策謀の匂いを感じたが、そこはすでに王も気づいていることだろう。すでに調査に乗り出しているはずだし、俺が首を突っ込むことでもない。
それにしても子供か。俺にも息子が一人いるが、同じ状況に放り込まれたとしたらあいつはすぐに泣きだして逃げ出すだろうな。
仮にショーティーだったとしても、そんなオーガの軍勢を前に逃げださなかっただけでも凄いことだ。
そんなことを想いながら革袋から水を飲む。さて、そろそろあいつが来る頃だな。
「こんにちは。いつもお疲れ様です」
噂をすればなんとやら。声の方に顔を向けると、そこには小さな女の子が立っていた。
月の光のような銀髪に桜色の唇。少し細めの瞳は宝石のようなエメラルドグリーン。年の頃は12、3歳くらいだろうか、いや、ドワーフでなく人間族だからもっと低いだろう。背伸びをしたいのか、まるで冒険者のような装いで、背中に大きな杖を背負っている少女は、いつものように手にした包みを渡してくる。
「これ、差し入れです。よかったらどうぞ」
「おう、いつもありがとな」
この少女は外壁の工事が始まって少ししたあたりからやってきた。
最初はこんなところになんで子供がと思ったが、少しでも工事の力になりたいらしく、こうしていつも差し入れを持ってきてくれる。
恐らく中央部に住む子供だろう。整った容姿であるし、差し入れに持ってきてくれるお菓子はそこそこ値が張るものばかりだ。時には見たこともないような料理を持ってきてくれる。
多分あの格好は身分を隠すためのものなんだろう。持ってきてくれるものでばればれだが。
「壁、直りそうですか?」
「まだまだかかりそうだ。ここまで派手に破壊されてるとなるとな」
「そうですか」
少女は変わらぬ表情で外壁を眺めている。
こうやって気遣いができる子供なんてそうはいない。隙あらばさぼってる冒険者どもにも見習わせたいところだ。
「お仕事頑張ってくださいね」
少女はぺこりと一礼して去っていった。
今日の差し入れは……何だこりゃ。パン? にしちゃ薄っぺらいが。野菜と肉が挟んであるようだが、このまま喰えばいいのか?
たまに持ってくる謎の料理には毎回困惑させられる。いや、味はとてもいいんだ。今まで食べたことがないくらいには。
一体どこでこんなことを思いつくのか。いや、考えてるのは料理人だろうが、店でもやってるのだろうか?
「おい、差し入れだ! 持っていけ!」
「お、来た来た!」
「これが楽しみなんだよなぁ」
声をかけるとぞくぞくと集まってくる作業員達。正直がっつきすぎだと思うが、まあ気持ちはわかる。
一つ手に取って齧り付いてみたが、うん、やはりうまい。
こんなことなら一つくらいくすねておけばよかったかとも思うが、責任者である俺がそんな真似をするわけにはいかない。
少女の持ってきてくれた差し入れは瞬く間になくなっていった。