第百九十話:ちょっと失敗
〈お初にお目にかかります。私が代表のメルトです。今回は、私達を受け入れてくださり、感謝いたします〉
そう言って、恭しく頭を下げてきたのは、ゆるりとウェーブがかかった桜色の髪を揺らす長身の女性だ。
メリッサちゃんやメーガスさんの衣装が独特と思っていたけど、どうやらあちらの世界ではそれが標準的な装備らしい。
タイツのようなぴっちりとした服が印象的で、ともすれば水着のようにも見える。
メルトさんの後ろに控える人達も、大半がそう言った衣装を身に着けているので、あんまり指摘するのはよくなさそうだ。
〈初めまして、私はハクといいます。メルトさん、そして他の皆さんも、歓迎しますよ〉
〈ああ、寛大なお心に感謝いたします。皆さん、きちんとお礼を言うのですよ〉
メルトさんの言葉に呼応して、後ろに控えている他の人達も口々にお礼を言う。
彼らの特徴だけど、男女比としては女性の方が多いようだ。
少女と呼べるような小さな子供から、二十代くらいの成人まで、若い見た目の人達が揃っている。
そして、それらの後ろに隠れるようにして、キメラのような異質な姿の人物がちらほら。
腕だけが巨大な獣のものだったり、お腹から口が生えていたり、ちょっとグロテスクな見た目な人も混ざっているが、皆ちゃんと意識はあるようで、ふるまいは人のそれと変わりない。
よくもまあこんなに集めたものだ。
〈ええと、来てもらったところ悪いんですけど、予想以上の人数だったので、住む場所がまだできていません。なので、しばらくの間は、テントで暮らしてもらうことになると思うんですけど……大丈夫ですか?〉
〈ええ、ええ、こちらが急に押し掛けたのですから、多少は仕方ありませんわ。私達は、平穏に、静かに暮らすことができればそれで充分ですので〉
〈ご理解ありがとうございます。なるべく早く居住スペースは確保するので、しばらくお待ちいただければと〉
と、その時ちょうどエルが帰ってきた。
テントも十分な数用意できたので、ひとまず寝床は確保できたと言っていいだろう。
しかし、もちろんテントでは生活に限界があるので、今後は資材を運び込んで、さっさと家を建てないといけないね。
本当にこの場所でいいのかも選定しないといけないし、割と時間がかかりそうだけど、少しの間我慢してほしい。
「ハクお嬢様、本当に受け入れてよかったんですか?」
〈そんなこと言われても、受け入れないとみんな罰を受けそうだし、仕方ないじゃない〉
身もふたもないことを言えば、相手が勝手に押し寄せてきたのだから、追い返したところで誰にも文句は言われないと思うけど、それでも、こちらの世界に希望を持ってきてくれたのだから、それを無碍にするのは気が引ける。
これ、大丈夫かなぁ。お父さんに報告したら怒られたりしない?
「ひとまず、この場は私が見ていますので、ハクお嬢様は一度報告を。流石に、これほどの大所帯だと、色々と問題も出てくると思いますので」
〈そうだよね……。わかった、ちょっと行ってくるよ〉
私はちょっと憂鬱な気持ちになりながらも、竜の谷へと転移する。
竜の谷に着くと、ホムラや、他のエンシェントドラゴン達が出迎えてくれた。
どうやら、心配してくれていたらしい。まあ、いきなり次元の歪みから大量の人々が押し寄せてきたのだから、そりゃ驚きもするよね。
竜神モードのまま行ってしまったこともあり、何かあったんじゃないかと余計に心配をかけてしまうことになった。
私は、大丈夫だと返しつつ、元の姿に戻る。
早いところ、この姿にならなくてもいいようにしたいね。
〈それで、50人余りを受け入れたと〉
「は、はい……」
エンシェントドラゴン達に心配されつつ、私はお父さんの下へと報告に向かう。
どうやら、精霊を介して既に情報は掴んでいたらしく、また呆れた目で見られてしまった。
〈奴らは、一人でも竜に対抗できうる戦力を持っている。それが、50人もの大人数となれば、我々の敵にもなりかねん。それは理解しているな?〉
「も、もちろんです」
〈わかった上で、奴らを受け入れたのか? ハクは、奴らによって竜が脅かされてもいいと思っているのか?〉
「い、いえ、そんなつもりは……」
いつも優しいお父さんが、若干棘のある言い方をしてくる。
確かに、確認できたのはメーガスさんだけだが、それでも竜に大怪我を負わせられるような戦力を持っているのだ。
それぞれ強さに違いはあれど、それが50人もいたら、竜に大きな被害が出てもおかしくない。
もちろん、竜だけでなく、辺りの魔物や、人々なんかにも影響はあるだろう。
それを理解していなかったわけではない。ただ、彼らをあのまま帰したら、彼らが不幸な目に遭うかもしれないと危惧して、安易に受け入れたのである。
慈悲の心から、といえば聞こえはいいが、他人だけを愛して身内を愛さないのは裏切り者とあまり変わらない。
お父さんの指摘はもっともだ。
〈仮に、奴らが平和ボケした無害な連中だったとしても、誰がその生活をバックアップする? 50人もの人々を受け入れられる場所があるのか? あったとして、職はどうする? 食料は? 物資は? どれもこれも、言葉が通じない奴らには難しいことだろう。それをやるのは、ハク、お前であり、竜であることを理解しているか?〉
「はい……」
〈それに統率する者も必要だ。普通の竜では歯が立たない以上、エンシェントドラゴンが必要となる。貴重なエンシェントドラゴンの手を、こんな奴らに割かせるのだ。ハクの代わりにな〉
「うぅ……」
正論過ぎて言い返せない。
私が面倒を見ると言っても、限度がある。
あの場所に開拓村でも作ろうと思っていたけど、建物をどうにかできたとしても、どうやって食料などを確保するのか。
周りには、魔物すら見当たらない草原が広がっている。食べられるものと言ったら、野草程度のものだろう。
必然的に、食料などを運び込む必要がある。
最初の内は、私だけでもなんとかなるだろう。しかし、それを一生続けられるかと言われたら、わからない。
私がやらないのなら、そのしわ寄せは竜達に行くだろう。私が我儘を通したばかりに、竜の仕事が増えるのだ。
そりゃ、私は竜王の娘だし、頼んだらやってくれるかもしれないけど、それはちょっと違うだろう。
まるで、拾ってきた猫を元の場所に返してきなさいと親に言われている気分である。
まあ、実際そんな感じなんだけども。
「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいんじゃない?」
〈リュミナリア、来ていたか〉
そこに、お母さんがやってきた。
お母さんは、私の肩に手を置くと、優しくさすってくれる。
なんか、ちょっと涙が出そうになってしまった。こんなことで泣くわけにはいかないけど。
「ハクだって、彼らを助けたいという一心で決断したことよ。それに、50人程度増えたところで、問題はないでしょう?」
〈……ああ、そうだな。我とて、本気でハクを責めようと思っていたわけではない。ただ、心配だっただけなのだ〉
そう言って、鋭い爪が生え揃う手を差し出してくる。
狂暴そうな見た目に反して、その手つきはとても優しく、私の体を包み込んだ。
〈案ずるな。我はいつでもハクの味方だ。ハクは、自分の思うように行動すればいい〉
「あ、ありがとうございます……」
〈だが、最低限の責任は果たせ。奴らは、お前を頼ってきたのだから〉
「はい!」
ちょっと失敗しちゃったけど、まだ取り返せないわけじゃない。
ひとまず、最低限の環境づくりは私の役目だ。そのうち私の手を離れることになったとしても、それだけは譲れない。
私は、今後の計画を立てるために、平原へと戻るのだった。
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