第百八十五話:確認と交渉
場所を移動してから二日。一応、次元の歪みについて確認しつつ待っていると、目当ての人物がやってきた。
相変わらず、独特な格好をしているメーガスさんは、少し離れた場所で立ち止まると、話しかけてくる。
「****?」
「***!」
メリッサちゃんが激しく反抗しているから、多分戻ってくるように説得したんだろう。
メーガスさんはやれやれと言った感じで肩をすくめている。
とりあえず、いきなり攻撃してくる様子はないので、こちらも対話する方向に切り替えよう。
私は、瞬時に神力を解放し、竜神モードへと変化する。
いきなり巨大化した私に驚いたのか、メーガスさんは大きく飛び退いた。
〈驚かせてしまってすいません。でも、そちらを害する気はないので安心してください〉
「りゅ、竜神……?」
〈こっちの世界での私達の同類みたいなものよ。それより、ハクが困ってるから、そっちも言葉を合わせなさい〉
メリッサちゃんが、気を利かせて言葉を合わせてくれた。
それによってメーガスさんも若干警戒心を解いたのか、こほんと咳払いをして話し始める。
〈……これでいいかしら?〉
〈はい、ありがとうございます。わざわざ合わせてもらってすいません〉
〈い、いえ……まさか竜神様がいるとは思わず、無礼な態度をとって申し訳ありませんでした〉
そう言って、頭を下げるメーガスさん。
メリッサちゃんの時と違って、かなりかしこまった態度になってしまった。
やっぱり、私の姿って怖いんだろうか? 確かに、こんなでかい竜人もどきがいきなり現れたら怖すぎるけど。
〈ええと……竜神様は、どうしてこのような場所に? うちのメリッサが何かしでかしたんでしょうか……?〉
〈そういうわけではありませんよ。ただ、私の仲間が、偶然メリッサちゃんを助けたので、事情を聞いたら、異世界から来たというので、ちょっと協力しているだけです〉
〈な、なるほど〉
〈それと、竜神様、なんて仰々しい呼び方はしなくていいです。私は、ハクといいます。あまりかしこまらずに、楽に接してくれて大丈夫ですよ〉
〈は、はい……〉
そう言っても、体を縮こまらせて、ともすれば怯えているようにも見えるメーガスさん。
メリッサちゃんは、そんな姉の姿が面白いのか、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
この姿が怖いのはわかるけど、メーガスさんだって、竜をも相手にできるほどの実力を持つ複合神のはずである。
神様もどきの私と、どちらが神様に近いかは知らないけど、どっちにしろ、そこまでへりくだる必要はないように思えるんだけどなぁ。
〈そりゃ、ハクは竜神だもの。それも、複合神ではなく、純粋な神。どちらが偉いかなんてわかり切ってるわ〉
〈そうですか……。その割には、メリッサちゃんは臆することはないですよね?〉
〈最初の印象があるからね。純粋な神は凄いけど、そこまでそれを鼻にかけてる様子もなかったし〉
純粋な神、というのがちょっと引っかかるが、どうやら神様は、複合神よりも偉い存在らしい。
それに加えて、メーガスさんは、どうやら竜の神の因子を持っているらしく、竜の頂点である竜神には本能的に逆らえないのだとか。
別に私は竜の頂点に立ったつもりはないけど……まあ、なんとなく理屈はわかる。
これなら、多少は安全に交渉ができるかもしれない。少なくとも、不意打ちで攻撃してくることは多分ないと思う。
〈……こほん。私はメーガスさんと交渉をしたいと思っています〉
〈交渉、ですか?〉
〈はい。まず確認したいのですが、メーガスさんがこの世界に来たのは、メリッサちゃんを連れ戻すため、で合っていますか?〉
〈は、はい……〉
メーガスさんは、ここまで来た経緯を話し出す。
と言っても、概要は巻物に書いてあったこととあまり変わりはなく、姉であるメルトさんが、メリッサちゃんのことを大層心配しており、メリッサちゃんが戻ってこなければ、国を出ていくと騒いでいるため、国が仕方なくメリッサちゃんを捜索するように指示を出し、それを受けて探しに来たのがメーガスさんというわけである。
ただ、長女であるメルトさんがストライキをしているというのは、結構深刻な問題のようで、このままでは国が瓦解することになりかねないという。
というのも、国が保有する複合神は、全部で30人ほどいるらしいのだが、その中でもランクのようなものがあり、メルトさんはトップレベルの戦力を持っているらしい。
逆に、それ以外の人達の実力はたかが知れており、国が存続していられるのは、メルトさんがいるからこそという形になっているようだ。
つまり、最高戦力であるメルトさんが国を出ていくようなことになれば、国は魔物を処理しきれなくなり、いずれ崩壊する、ということ。
ちなみに、メルトさんを冒険者ランクで言うところのSランクと仮定すると、メーガスさんはAランク、メリッサちゃんはBランクに位置するらしい。
もちろん、完全な比較はできないが、Bランク並みの実力を持つメリッサちゃんを、ただ気に入らないからって言う理由で追放したのは、どう考えても悪手だったね。
〈姉は、今もメリッサを探して各地を飛び回っています。それ故に、魔物の処理が疎かになっており、じわじわと消耗している状態です。なので、決定的に手遅れになる前に、メリッサには国に戻ってもらいたいと……〉
〈いやよ。誰があんな場所に戻るもんですか〉
〈メリッサ、わがままを言うんじゃないの。こうして力を手に入れられたのも、国のおかげ。その恩に報いようとは思わないの?〉
〈勝手に責任を押し付けて、島流しにしたんだから、自業自得でしょ。それに、私達にはそれしか選択肢がなかっただけで、別に力が欲しいなんて望んでなかったでしょ。下姉様は、力を手に入れられて喜んでいるかもしれないけど、別に私はこんな力望んでいないのよ〉
〈……〉
メリッサちゃん達がどうして複合神になったのかはあまり深くは聞いていなかったけど、どうやらそんなに気持ちのいい問題じゃなさそうだ。
メーガスさんは、多少なりとも国に恩返しするためって言う気持ちもあるみたいだけど、メリッサちゃんからすると、国はむしろ、人生を捻じ曲げた諸悪の根源みたいな扱いなのかもしれない。
メーガスさんも、メリッサちゃんの気持ちはわかるのか、複雑な表情を浮かべている。
さて、とは言っても、国が崩壊するのは問題だ。
確かに、私には何の関係もない国ではあるけど、メリッサちゃん一人の我儘を通すために、国一つ潰していいものか。
わかりやすく、悪徳国家というなら多少は踏ん切りもつくけど、なにせ異世界の話である。
メリッサちゃん達に施した、複合神への改造が、どこまで違法性のあるものなのかわからないし、話を聞く限りは、むしろ当たり前に行われているようにも感じるから、私の感覚でそれは悪だと断じることはできない。
かといって、嫌がっているメリッサちゃんをこのまま帰すのも違うよなぁ……。
どうするのが正解なんだろうか。
私はしばらくの間、頭の中でぐるぐると思考を巡らせた。




