第百八十二話:横やり
それから数日。とうとう、次元の歪みを捕捉することに成功した。
一応、この数日の間にも、何度か次元の歪みは見つけられていたのだが、知らない場所だったり、転移してからしばらくかかる場所だったりして、なかなか辿り着くことができなかった。
約十分で移動すると言っても、やはり誤差があるらしく、酷い時には着いた瞬間転移されてしまったこともあった。
あわよくば、異世界から来た魔物達を送り返そうかなとも思っていたけど、それは無理そうである。
どうにかして次元の歪みを固定しない限り、とてもじゃないが間に合わない。
「やっと見つけた……今度こそ閉じないとね」
私は一緒に転移していたメリッサちゃんに目配せをする。
メリッサちゃんは、心得たと言わんばかりに次元の歪みに近づいていき、じっと観察を始めた。
肝心の次元の歪みだが、見た目には本当に空間の歪みと言った感じである。
そこだけ景色がぐにゃりと曲がり、中心は真っ黒で先が見えない状態だ。
冷静に考えて、こんな場所に飛び込む勇気はないけど、精霊とかはたまに通ったりしているらしい。
好奇心もあるんだろうけど、よくこんな場所に飛び込もうと思うものだ。
「……」
メリッサちゃんは、じっと次元の歪みを見つめている。
ともすれば、何もしていないようにも見えるけど、きっと情報とやらを読むのに集中しているんだと思う。
一応、私も次元の歪みの魔力を読もうとして見たけど、特に魔力は感じられなかった。
いや、全くないわけじゃないけど、これは次元の歪みの魔力と言うよりは、繋がっている別の場所から流れ込んでくる魔力だろうと思う。
こうして考えると、場所に寄って魔力の質って若干違うんだな。まあ、先が異世界だからかもしれないけど。
「***」
メリッサちゃんは、ようやく解析が終わったのか、次元の歪みに向かって手を伸ばす。
これで、次元の歪みが閉じられれば、ようやく落ち着くことができる。
「これで一安心……ッ!?」
突如、どこからともなく飛んできた殺気に、私はとっさにメリッサちゃんを抱えて飛びのく。
すると、先ほどまでメリッサちゃんがいた場所の地面が、抉られたようにめくれ上がっていた。
「何者!?」
「*****!」
一緒にいたエルも、即座に臨戦態勢を取る。
探知魔法であたりを見まわすが、それよりも早く、先ほどの攻撃を仕掛けてきたと思われる者が姿を現した。
それは、一人の女性だった。
スクール水着のようなぴっちりとした黒いタイツを身に纏い、その上から白衣を纏った長身の女性。
手首をしならせ、獲物を見つけたと言わんばかりににやりと微笑むその女性は、私を、いや、メリッサちゃんを注視していた。
「***?」
「****!」
女性は、メリッサちゃんに向かって話しかける。しかし、その言葉は知らない言語であり、理解することはできなかった。
この言葉、メリッサちゃんが話す言語と似ている。となると、この人は異世界から来た人なのだろうか?
確かに、こうして異世界に続くゲートがある以上、あちらの世界からさらに人が来ることは可能だろうけど、いったいなぜここまで来たのかがわからない。
メリッサちゃんの話では、次元の歪みは、専門の閉じ師がいるくらい危ないものと言う認識らしいし、いくら入っても死なないとはいえ、好んで入るような人はそうそういないはずだ。
メリッサちゃんのように、やむに已まれぬ事情があったというなら話は別だが。
「あ、次元の歪みが……」
女性の乱入によって、タイムリミットが来てしまったのだろう。次元の歪みは再び姿をくらませてしまった。
ともすれば、次元の歪みを閉じさせないために妨害したようにも見えるけど、こいつの目的は一体何なんだろうか。
「***!」
メリッサちゃんが私の腕から離れ、自身の武器である鎌を出現させる。
言葉はわからないけど、恐らく敵なんだろう。
もしかしたら、メリッサちゃんを始末するために追ってきた刺客なのかもしれない。
話し合いができたらいいけど、流石に始めから竜神モードになるのは気が引ける。
いきなり攻撃してきたことからも、話が通用する感じじゃないし、ここはメリッサちゃんに加勢しよう。
「***!」
メリッサちゃんが切りかかるが、女性は笑みを崩さないまま、軽く後ろに避ける。
明らかに手練れだ。武器の類は見当たらないが、さっきの攻撃を考えると、魔法が得意なのかもしれない。
私とエルも、メリッサちゃんに合わせて水の刃を飛ばすが、それも軽く避けられてしまった。
「*****」
女性は、懐から何かを取り出すと、足元に置く。そして、即座に飛びのくと、そのまま姿を消してしまった。
「なんだったの……?」
どうやら、殺しあうつもりはなかったらしい。初めから、あれを置いていくのが目的だったようだ。
何を置いていったんだろう。そう思って近づいてみると、どうやら巻物のようなものらしい。
罠がないか探知魔法で少し探った後、慎重に開いてみる。
そこには、未知の文字で何かが書かれていた。恐らく、異世界の言語ってことなんだろう。
読めそうにないので、メリッサちゃんの方を見る。
メリッサちゃんは、しばらくの間、鎌を構えたままだったが、やがて落ち着いたのか、戦闘態勢を解いた。
「とりあえず、報告しないといけないね」
この巻物も気になるが、まずはあの女性について報告するのが先である。
恐らくだけど、あれがホムラの言っていた異質な女性なんだろう。
異世界から来たのであれば、カオスシュラームの除去方法を知っていてもおかしくはないし、現場に何も残っていなかったのも納得できるしね。
私はメリッサちゃんを抱え、竜の谷へと転移する。
ヴィオにメリッサちゃんを預けた後、お父さんのところへと向かった。
〈戻ったか。次元の歪みは閉じることができたか?〉
「いえ、それがですね……」
私は先程あった出来事を報告する。
お父さんは、少し考え込むような仕草を見せた後、〈ご苦労だった〉と労ってくれた。
〈ひとまず、その女についてはこちらでも調べてみよう。ホムラの報告のこともあるし、竜を使って調べるとする〉
「はい、どうかお願いします」
〈それで、巻物だったか。読めぬのなら、まずは娘に見せ、内容を確かめろ。何かわかるかもしれん〉
「わかりました。この後聞いてみますね」
仮に、あの女性がメリッサちゃんを始末するための刺客だったとしたら、あの場で手を出さなかったのは少し妙ではある。
巻物をわざわざ置いていったこともあるし、もしかしたら始末するのではなく、連れ戻そうとしているのかも?
いずれにしても、まずは確認が第一である。これなら、確認してから報告に来てもよかったかな?
まあ、それはいいとして、すぐに確認してみるとしよう。
そう思いながら、お父さんの下を後にした。
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