第百七十八話:異世界の魔物の危険性
〈何をそんなに焦ってるの? ハクなら、そんな魔物いちころでしょ?〉
メリッサちゃんは、いまいち事の重大さに気づいていない様子だ。
カオスシュラームの危険性は十分わかっているはずだが、どうにかなると思っているんだろうか?
〈もし、カオスシュラームが流出したらと思うと、気が気じゃないんですよ……〉
〈カオスシュラーム? ああ、あの瘴気のこと? 確かに厄介ではあるけど、ハクなら余裕で浄化できるでしょ?〉
〈できるかもしれませんけど、今地上でカオスシュラームに対処できるのは私くらいしかいないんですよ。もし対応が遅れれば、世界中が混乱の渦に落ちます。だから、焦ってるんです〉
〈ふーん。まあ、確かに一人しかいないんじゃ、焦りもするか。私が手伝おうにも、それでも二人だしね〉
カオスシュラームは強い神性を嫌う。
だから、神様もどきである私や、複合神であるメリッサちゃんにかかれば、多少の浄化はできるだろう。
特に、メリッサちゃんは、ついこの間まで本職だったのだ。処理の方法くらい心得ているだろう。
だが、いくら何でも、たった二人で世界中をカバーするのは無理がある。
メリッサちゃんのいた世界では、複合神を作る技術が割とありふれていて、各国に複合神は存在していたらしい。
だから、どこで出現しようとも、対処できる人員がいたのだ。
でも、この世界にはそれはない。一度流出すれば、止めるのは相当難しくなる。
せめて、カオスシュラームの流出条件がわかればいいんだけど。
〈メリッサちゃん、そちらの世界の魔物は、皆カオスシュラームを持っているんですか?〉
〈いや、そういうわけではないよ? 持っているのもいるけど、持っていないのもいる。半々くらいかな〉
〈それを見分ける方法はありますか?〉
〈見ればわかるよ。瘴気を持っている奴は、そのオーラを纏ってるから、わかりやすい〉
〈オーラ、ですか〉
確かに、魔力とかでも、強い力を秘めている人は、それがオーラとなって見えることはよくある。
となると、カオスシュラームも同じような性質を持っているってことなのかもしれない。
〈カオスシュラームを持っている魔物を倒したら、問答無用で流れ出してしまうんですか?〉
〈そういうわけじゃないよ。なんて言えばいいのかな……瘴気を纏ってる魔物は、体内に瘴気を貯めておく袋みたいなものがあるの。で、それを破っちゃうと、溢れてくる。だから、破らないように倒せば、流れ出すことはないよ〉
〈その袋の場所は決まってるんですか?〉
〈魔物によって様々かな。まあ、最悪流れ出しても、すぐに消しちゃえば何とかなるけどね〉
イメージ的には、イカとかが持つ墨袋みたいなものだろうか?
特定の部位を破壊しない限りは、倒しても問題ないってことなんだと思う。
それなら、まだ捕獲するハードルは下がるかな。傷つけなければ、出てくる心配はないわけだし。
〈後は、カオスシュラームを持っている魔物に近づいても、闇の眷属に堕ちることはないですか?〉
〈近づくだけじゃならないよ。確かに、瘴気を纏っていて不気味ではあるけど、そのオーラに触れても特に何も起こらないし。袋を破壊しない限りは、感染はしないんじゃないかな〉
〈それなら、捕獲命令は取り下げなくて大丈夫そうですね……〉
いくら安全を確認してからと言っても、万が一と言うこともありえたしね。
本職の人に、それはないと言って貰えるなら、だいぶ信憑性が上がる。
竜が闇の眷属に堕ちたら大変だからね。用心するに越したことはない。
〈ハクは、魔物の流出を止めたいの?〉
〈そうですね。このままこの世界に溢れられても困りますし……〉
もし仮に、やってくる魔物がカオスシュラームを持っていなかったとしても、新種の魔物が増えるわけだから、こちらの世界としては十分脅威になる存在である。
強さだってはっきりしていないし、もしかしたら竜より強いなんてこともあるかもしれない。
そうなったら、その魔物が現れた地域は大損害を負うことになる。
なんとしても、次元の歪みを閉じなければならない。
〈そう言えば、メリッサちゃんは、次元の歪みの閉じ方は知っていますか?〉
〈んー、まあ、知ってるっちゃ知ってるよ。やったことはないけど〉
〈なら、もし見つけたら、閉じるのを頼んでもいいですか?〉
〈……まあ、いいよ。見つけたらやって上げる〉
ちょっと間があった気がしたが、メリッサちゃんは引き受けてくれた。
やったことがないというのは不安だけど、やり方を知っているのは今のところメリッサちゃんだけだし、頼るしかない。
後は、うまい具合に次元の歪みが見つかればいいんだけど……。
〈またお腹すいてきちゃった。もうこれくらいでいい?〉
〈あ、はい、ありがとうございました〉
数十分程度だったが、メリッサちゃんにとっては十分長い時間だったらしい。
また、よくわからない言語を話し始めたので、私も元の姿に戻る。
話せるのはいいけど、竜神モードにならないと話せないのは問題だよなぁ。
翻訳魔法、みたいなものがあればいいんだけど、そもそも異世界の言語を知らないので、学習するのは難しそう。
まあ、時間かければ、メリッサちゃんから教えてもらえば、覚えることはできるかもしれないけどね。
しばらくは、言葉が通じない不便を受け入れるしかないかもしれない。
〈おお、戻ってこられましたな〉
お腹がすいたというメリッサちゃんを連れて、皆のところへと戻る。
メリッサちゃんには、【ストレージ】から取り出した保存食を上げて、先程話した内容を伝えた。
〈なるほど。エル殿からも話を聞きましたが、かなり厄介な状況になっているようですな〉
「うん。ちなみにだけど、ヴィオは次元の歪みがどこにあるのかわかったりしないよね?」
〈流石にわかりませんな。見ればピンとくるやもしれませんが、今のところはさっぱり〉
「だよね。無理言ってごめんね」
世界各地に出現しているらしいし、足で探すのは不可能に近い。
もし見つけられるとしたら、それはお母さんの精霊ネットワークくらいだろう。
精霊が行けない場所でなければ、かなり速い速度で知らされるらしいから、もしかしたら、すぐにでも見つかるかもしれない。
まあ、こちらでも探す努力はした方がいいかもしれないけどね。
エンシェントドラゴンのみんなも頑張ってくれているようだし、私も頑張らないと。
「ひとまず、また報告しなくちゃかな」
なんだか、さっきから転移してばかりなような気がするけど、これは仕方ないだろう。
私はともかく、エルやアリアは魔力の残量の心配もあるし、今度は私だけで行った方がいいかもしれない。
まずは、うまい具合に次元の歪みが見つかること、それを祈ることにしよう。
そう思いながら、竜の谷へ行く準備を始めた。
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