第百七十七話:次元の歪み
現状では、すでにお父さんが手を打っているらしい。
と言っても、竜を派遣して、魔物と人が接触しないように監視する程度のものらしいけど。
あんまり下手に介入しすぎると、魔物を誤って殺してしまうかもしれないし、人族の方を触発してしまって、魔物を倒すきっかけを与えてしまうかもしれない。
だから、なるべく秘密裏に、自分の姿を晒さないようにと言う条件付きで監視しているようだ。
まだ目撃情報が出てから日は浅く、今のところ実害は出ていないようだけど、それもいつまで続くかわからない。
これを止めるためには、魔物を全員捕獲し、隔離するくらいしか方法がないだろう。
「これからどうしましょうか……」
〈ひとまず、近寄っても害がないと判断した魔物は、順次捕獲するように指示を出した。だが、奴らが出現する原因を突き止めない限りは、根本的な解決にはならないだろう〉
「原因、やっぱりメリッサちゃんですか」
〈正確には、娘が持つ力、あるいは、通ってきた経路が関係していると思っている〉
確かに、メリッサちゃんは複合神と言う立場で、神様の力を持っているし、その力が何かしらの影響を与えた可能性は十分にある。
それに、次元の歪みを通ってきたというなら、それが何らかの理由で閉じていなく、それを通じてきている可能性もある。
いずれにしても、まずはメリッサちゃんに話を聞いた方がいいかもしれない。
「何か心当たりがないか確認してみますね」
〈ああ、頼む。こちらも、引き続き調査は続けよう〉
なんだか大変なことになってきたけど、慌ててはいけない。
幸い、カオスシュラームの対処法は多少であればわかる。
まあ、完全に除去するには、神様の力が必要かもしれないけど、今なら私でもなんとかできるかもしれない。
世界に拡散するようなことになれば、頼らざるを得なくなりそうだけど、そうでないならまずは自力で何とかしなくては。
神様に頼りすぎると、後でよくないことが起こりそうだし。
「大丈夫かな……」
「きっと大丈夫です。ハクお嬢様なら、今回も乗り越えられますよ」
「そう? ならいいんだけど」
正直、またあの時みたいになるのは嫌である。
神様の力を手に入れて、羨ましいと思う人もいるかもしれないが、それを手に入れるまでの過程が本当につらかった。
なんで100年も延々と戦わせられなきゃいけないのか。あの時ほど死にたいと思ったことはない。
流石に、またあんなことをさせられるとは思わないけど、と言うか思いたくもないけど、無事に解決してくれたらいいんだけどな。
そんなことを思いながら、再びヴィオの森へと転移する。
〈おお、戻りましたか。お帰りなさい〉
「ただいま。さっそくで悪いけど、ちょっと聞きたいことがあるから、メリッサちゃん借りていくよ」
「***?」
〈ふむ、なにやらトラブルがあった様子。吾輩に手伝えることは?〉
「今のところはないかな。詳しいことはエルから聞いて」
〈わかりました〉
ちょっと気が逸っていたこともあって、そっけない態度になってしまったが、ひとまずメリッサちゃんを連れて少し離れる。
別に、その場で話してもいいのだけど、話すためには竜神モードにならなければならない都合上、広い場所が必要となる。
ここはそんなに開けた場所がないから、必然的に場所が限られるんだよね。
よくわかっていない様子のメリッサちゃんを連れて、少し開けた場所に行く。
そして、再び竜神モードへと変身した。
〈ふぅ……メリッサさん、申し訳ないですが、また話せるようにしてもらえませんか?〉
〈はいはい。どうしたの? なにかあった?〉
〈はい、実は……〉
私はメリッサちゃんにお父さんから聞いた話を説明する。
最初はぽかんとした表情で聞いていたメリッサちゃんだったが、各地に出現している魔物の特徴を聞いて、少し顔色が変わった。
〈確かに、それは私のいた世界の魔物ね。グロテスクな奴が多いから、特徴を聞けばすぐにわかるわ〉
〈やっぱりそうですか。となると、どこかにメリッサちゃんの世界に通じる次元の歪みのようなものがあるってことになりますけど、何か心当たりはありますか?〉
〈うーん、ないわね。私がこっちの世界に来た時は、意識が朦朧としていたから、詳しいことは覚えていないし。でも、もし次元の歪みがまだ閉じていないのなら、あちこちに転移しているのかも?〉
〈そんなことありうるんですか?〉
〈そりゃあるでしょ。次元の歪みって、いわば場所と場所を無理矢理繋げている状態だから、とても不安定なの。だから、その入り口は安定しない。時間経過で消えるものもあるけど、もし、開いたままでいたなら、勝手にどこか別の場所に行く可能性だってあるわ〉
メリッサちゃんのいた世界では、次元の歪みはそう珍しいものではないらしい。
メリッサちゃん自身も、戦いがヒートアップしてやりすぎた時に、次元の歪みを発生させたことがあるようだ。
次元の歪みは、言うなれば自然のトラップであり、入ったらどこに飛ばされるかわからない。
まあ、逆に言えば、入ったら長い距離を移動できるわけだから、あえて入ることもあるらしいけど、基本的には注意すべきものとして認識されているらしい。
中には、次元の歪みを閉じる専門の職も存在するらしく、だからこそ、それなりに知識があるのだとか。
まあ、理屈はよくわからないけど、次元の歪みは時間経過で移動する可能性があるというのはわかった。
つまり、メリッサちゃんがこちらの世界に来た時に通ってきた次元の歪みが、まだ閉じられておらず、時間経過であちこちに移動し、そこにたまたま通ってきた魔物が出現している、って感じなのだろう。
なんとも厄介なことになっているようだ。
〈場所は特定できますか?〉
〈流石に無理よ。意識して探すようなものじゃないし、近くにあれば察知くらいはできるけど、どこにあるのかわからないものを特定するのは無理〉
〈そうですか……困りました〉
魔物の流出を止めるためには、次元の歪みを閉じる必要があるだろう。
しかし、肝心のその場所はわからない。
一応、今もお母さんが探しているだろうし、運が良ければすぐに見つかる可能性もあるけど、そもそも次元の歪みを閉じる方法がわからない。
適当に攻撃すれば消えるんだろうか? それとも、空間魔法が関係しているとか?
よくわからないけど、たとえ見つけられても閉じれなければ意味がない。
もちろん、時間経過で自然に消える可能性もあるみたいだけど、それまでやってくる魔物をすべて捕獲して隔離しておくのは無理がある。
万が一、カオスシュラームが流出するようなことになれば、再び世界は危機に陥ることになるのだから。
こうしている間にも、世界のどこかでは魔物がやってきているかもしれない。そう考えると、居ても立っても居られない。
私はどうしたらいいかと、必死に頭を悩ませた。
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