第百七十四話:複合神
体が大きくなっていく。
竜の姿を解放し、さらにその高みへ至る過程は、まさに神が降臨したような荘厳さがあった。
銀の翼を広げ、鋭くなった爪を持つ手を握り締め、体を確認する。
相変わらず、巨大である。元の姿が、二桁歳にも満たないような姿なので、より顕著に違いを感じられる。
さて、ララちゃんは無事だろうか?
見下ろしてみると、ぽかんと口を開けて突っ立っているララちゃんが目に入った。
これ、気絶してないよね? 大丈夫だよね?
〈ララちゃん?〉
「……はっ! え、な、なに?」
〈あ、ほんとに言葉がわかる〉
あれだけ苦労していた言葉の壁が、一瞬にして取り払われたかと思うと、なんで悩んでいたんだと思わなくもないが、この姿になりたいとはあまり思わないので、これは仕方ないことだと思う。
「凄い、やっぱり神だったんだ。それも、複合神じゃなく、純粋な神? 私より凄いかも」
〈えっと、どういうこと?〉
「これってドラゴンの言葉? なら、竜神なんだ。何言ってるかわかんないけど」
〈わかんないんだ……〉
確かに、この姿の時の私の言語は、竜語である。
【念話】ならば、多少言葉を選ぶこともできるけど、これでは結局ララちゃんと話すことはできなさそうだ。
ちらりとルーシーさんの方を見る。
ルーシーさんは、ふぅと肩をすくめ、ララちゃんに話しかけた。
「ハク様が混乱されている。いつまでも仮初の姿をしていないで、そちらも元の姿を現してはどうか?」
「元の姿? 悪いけど、私は今のこの姿こそが本来の姿なの。色々と混ざっているから、元の姿とかないのよね」
「ならばせめて言葉を合わせる努力を。複合神であるなら、それくらいできるでしょう?」
「お腹減るからあんまりやりたくないんだけど……まあ、そっちも本来の姿を見せてくれたんだし、少しくらいは譲歩しないといけないよね」
そう言って、こほんと一つ咳払いをする。
そうして、次に話す言葉は、私の話す言葉と同じものになっていた。
〈どう? これなら話せるよね?〉
〈あ、はい、大丈夫です。そちらも私の言葉がわかりますか?〉
〈ばっちり。でも、せいぜい数時間程度しか持たないからよろしくね〉
とりあえず、これでまともに会話が成り立ちそうである。
それにしても、今とんでもないこと言ってなかっただろうか?
複合神? ララちゃんって神様なの?
これでも、神様に会ったことはあるから、その時の独特な雰囲気はわかっているつもりだ。
だから、神様であるなら、会った時に何かしら違和感を感じてもいいはずである。
でも、ララちゃんにはそれがなかった。これはどういうことなんだろうか?
〈まずは自己紹介をしようか。私はメリッサ。しがない公務員だよ〉
〈私はハクと言います。メリッサ、ちゃんでいいですか?〉
〈まあ、多分そっちの方が年上だし、構わないよ〉
ララちゃんとか呼んでたけど、全然関係なかったな……。
まあ、それはともかくとして、ララちゃんこと、メリッサちゃんは、別世界で公務員として働いていたらしい。
こんな子供が、とも思ったけど、これでも成人しているらしく、姿が幼いのは、体に埋め込まれた、様々な神様の因子が原因なんだという。
神様の因子とは何ぞや、と思ったけど、話を聞く限り、メリッサちゃんのいる世界では、人工的に神様を作り出す研究とやらをしているらしい。
メリッサちゃんは、そうして作り出された人工神の一人であり、魔眼もその時に入手したものなんだとか。
〈複合神になった奴は割と喜ばれていてね、もし適合できれば、それだけで将来安泰と言われているくらいだったから、皆こぞって参加していたよ。最も、実際に適合できるのはほんの一握りだけど〉
〈適合できなかった人はどうなるんですか?〉
〈運が良ければ、姿が化け物になるだけで済む。それでも神の力を使えるのに変わりはないから、手厚く保護されるし、多少の不便はあっても、不幸ではない。本当に不幸なのは、神の力に耐えきれずに、発狂したり、体が崩れ去ったりする奴のことだろうね〉
〈うわぁ……〉
それってつまり、適合できなかったら死ぬのと一緒ってことだよね。
いや、正確には死んでないのかもしれないけど、少なくとも、もうまともな人生を歩むことはできなくなるだろう。
そんなリスクを背負いながら、実験に参加していくのはなかなかに肝が据わっていると思う。
私なら絶対にやらないだろうな。
〈まあ、それはいいとして、ハクは純粋な神でしょ? その割には私なんかにへりくだりすぎじゃない?〉
〈いや、別に純粋な神と言うわけでは……それに、喋り方は普通ですよ〉
〈ふーん? まあ、いいけど、私もドラゴンになれたらよかったのになぁ〉
そう言って、ちょっと憧れが混じったような目でこちらを見てくる。
複合神と言っていたけど、メリッサちゃんは何の神様が混じっているんだろうか?
ぱっと見では全くわからないけど。いや、そもそも私の知っている神様と言う保証もないか。
〈えっと、それより聞きたいことがあるんですけど〉
〈ああ、私がどうしてこの世界に来たのか、ってこと?〉
〈はい〉
〈それに関してはちょっと長くなるんだけど……〉
そう言いながら、説明を始めるメリッサちゃん。
先程も言った通り、メリッサちゃんは複合神であり、メリッサちゃんがいた世界では、それはとても喜ばれるもので、無事に適合できたメリッサちゃんは手厚い待遇を受けていたようだ。
これは、言葉通り、一生遊んで暮らせるだけのものであり、お金に困ったことはないようなんだけど、流石に何も責務がないわけではない。
複合神を作る理由は、こちらの世界で言うところの、魔物に対抗するためのもののようだ。
メリッサちゃんの世界の魔物は、一定数厄介な存在がおり、下手に倒すと周囲に瘴気をまき散らし、手に負えなくなる可能性もある。
恐らくだけど、それがカオスシュラームのことだろう。
カオスシュラームは、強い神性を嫌うらしく、それ故に神の力を持ったメリッサちゃんのような人でなければ、対処は難しい。
だからこそ、メリッサちゃんはそういう魔物を倒すための人材として、戦うことを義務付けられていたという。
こんな子供が戦うなんて、と思わなくもないが、本人が言った通り、成人はしているようで、幼い姿なのは神の力が混ざった影響なのだという。
戦いに関しても、神の力を得た今ならば、特に苦戦することもなく、むしろ娯楽として狩りを楽しんでいけるくらいには、楽な仕事だったようだ。
〈だけど、ある日事件が起きて……〉
その日も、メリッサちゃんは狩りをしていたようだったが、そこで横やりが入ったらしい。
現れたのは、見上げても頭が見えなくらいの巨人であり、巨大な剣を振り回して、辺りの魔物を蹴散らしていたのだという。
単純に、魔物を倒してくれるのはありがたいが、その中には、カオスシュラームを持つ者も多く存在した。
こうなると、後始末が面倒であり、巨人自体も、倒すだけ倒して後は放置と言った感じで、全く片付ける様子がない。
文句の一つでも言ってやりたいが、どう見ても、その巨人は純粋な神だとわかったので、文句は言えず、仕方なく後始末をしたのだという。
そうして、それを報告し、しばらくは平穏な日々が続いていたが、ある日、カオスシュラームが原因で、闇の眷属になってしまった人が現れたらしい。
それはちょうど、巨人が暴れていた地域の近くであり、十中八九それが原因だと思われた。
本来なら、責任を取らせるべく、巨人を探すのが筋だとは思うのだが、そこで目が向いたのは、何とメリッサちゃんである。
メリッサちゃんは、きちんと巨人がいたことを報告し、後始末もしっかりしたと言ったが、上司に当たる人物は、巨人のことを信じなかったらしい。
それどころか、後始末不足で被害が出たとして、メリッサちゃんと糾弾するようになったのだとか。
本来なら、複合神に向かって、そんなことを言うのは許されない。
なにせ、国でそう決まっているのだから。
しかし、メリッサちゃんは怠惰と言うか、仕事の時以外は割と自由奔放に過ごしていたようで、それが上司にとっては気に入らなかったのかもしれないとのこと。
恨みを買ったメリッサちゃんは、あることないこと上に報告され、結局その責任を取らされて島流しの刑にされることになってしまった。
そうして、その道中で見つけた次元の歪みを通ったら、気が付いたらこの世界にいた、ってことになるらしい。
〈まさかこんなことになるなんて思ってなかったけどね。ま、生きてるからいいんだけど〉
かなり理不尽な目に遭ったはずだけど、メリッサちゃんは特に気にしていない様子である。
何とも複雑な経緯に苦笑しつつ、そっとメリッサちゃんの頭を撫でた。
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