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捨てられたと思ったら異世界に転生していた話  作者: ウィン
第三章:ぬいぐるみの魔女編
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幕間:理想のぬいぐるみ

 冒険者ミーシャの視点です。

「どうかお願いします!」


 必死になって頭を下げる。こんなに必死になったのはいつぶりだろうか。

 思い返してみると、冒険者になりたいと思った時はこれくらい必死になっていたなと思いだす。

 私の家はそこそこ裕福であったし、父さんも母さんも私のことを溺愛してくれていた。だから、常に命の危険がある冒険者になることを両親はとても嫌がっていた。

 今でも週に一回は顔を出さないと怒られるし、その時に少しでも体調が悪いともの凄く心配される。

 まあ、私も両親のことはなんだかんだで好きだし、悪い気はしない。ちょっと過保護すぎるとは思うけど、それだけ愛されてるってことだしね。


「あの、ミーシャさん? それは難しいというか、気が進まないというか……」


「私も流石にあれはねぇ……」


 今、私は跪いて地面に頭を擦り付けながら深く頭を下げている。

 土下座、って言うんだっけ? 人に対して行う最敬礼のやり方らしいけど、詳しいことはよく知らない。

 まあ、効果はあるんだろう。二人とも即否定しない辺りとても優しい。

 私が頼んでいるのは普通なら到底受け入れられないことだ。命を差し出して欲しいと言っているに等しい。

 でも、それでも頼まなくてはならない。あの感覚を味わってしまったら、もはや後には引けないのだ。

 ちらりと二人の顔色を窺う。

 豊満なお胸にさらさらとした空色の髪。まるで美の女神が舞い降りたかのような神々しさを放つ女性は困惑したような表情で私を見下ろしている。

 対して、銀色の髪に宝石のようなグリーンの瞳を持つ小さく愛らしい女神の妹様は表情こそ変わらないものの手をわたわたさせて慌てているように見える。

 私の憧れの存在。冒険者になったのもこの方に憧れてのことであり、私の最重要目標でもある。

 以前は噂で耳にする程度だったが、ここ最近は何と接触を果たし、しかも仲良くさせてもらっているというのだから信じられない。

 諦めずに今まで頑張ってきてよかったと思った。実際に目にしてみるとやはり素晴らしいお方だということがわかる。

 そんな方々にこんな顔をさせてしまうのはとても心苦しくはあるのだけど、人の欲望というのは計り知れないもので、気づけば懇願していた。

 今一度叫ぶ。お二方にどうしても頼みたい私の欲望を。


「どうかもう一度ぬいぐるみになってください!」


 ……事の発端は数日前のことだった。

 私が敬愛するお二方、サフィ様とハク様はサリアという少女の手にかかり、ぬいぐるみになってしまったことがある。

 最初に話を聞いた時は半信半疑で、まさかそんなことがあるわけないと思った。しかし、アリシアと協力し、行動を共にしていたらなんとサフィ様そっくりのぬいぐるみがあったのだ。そして、件の少女の手にはハク様そっくりのぬいぐるみが握られていた。

 最初こそただのそっくりなぬいぐるみだろうと思った。しかし、二人は【念話】を用いて話すことによって本人だと証明してみせた。

 ただでさえ美しいお二人が愛らしいぬいぐるみの姿となって目の前にいる。しかもその状態では動くことはできず、基本的にされるがままだという。

 これで興奮せずにいられようか!

 手に取った時の肌触りはとてもよく、上質な布の感触がした。軽く握ればふにふにと程よく潰れ、とても柔らかい。どこを見ても精巧に作られており、顔の造形や体型、服の細部に至るまで完璧に作られている。

 まさに私のために作られたものと言っても過言ではなかった。

 あの感触は忘れようにも忘れられない。もう一度あの感触を味わいたい。その一心で、こうして頼み込んでいるのだ。


「そう言われても……」


「戻るのも大変だし……」


 今一度懇願してみたが、慈悲深きお二方と言えど流石にこれには良い反応はもらえなかった。

 それはそうだろう。私は一度事情を知った上で頬ずりしたり抱きしめたりとやりたい放題やっていたのだから。そして、今回も同じようなことをされるのは目に見えている。

 私とて多少自重はするつもりだが、いざ現物を目の前にしたら正気でいられるかはわからない。

 ハク様はなんだかんだでもう一押しすれば受け入れてくれそうな気はするけど、サフィ様が黙っていないだろう。

 サフィ様の妹様を愛でたいのは山々だが、それでサフィ様に嫌われてしまうのは嫌だ。

 というわけで、私はあらかじめ考えていた代替案を出すことにした。


「でしたら、お二人のぬいぐるみを作らせてください!」


 本人をぬいぐるみにするのは無理でも、本人そっくりのぬいぐるみなら本職に頼めば作ってもらえるだろう。

 流石にあのレベルの精巧なものを作るのは大変だろうが、王都一番の職人に頼めば可能性はあるかもしれない。

 多少の粗は想像でカバーすればいい。今までだってサフィ様関連のグッズを集めてきたし、それを使って色々妄想したりもした。本人そっくりのぬいぐるみともなれば妄想は加速することだろう。


「まあ、それくらいなら……」


「まあ、いいんじゃない?」


 自分がぬいぐるみになるよりはまし。そう考えたのか、曖昧ながらも了承をいただけた。

 よし、計画通り。

 初めに無理難題を出して、そこから少し抑えた要求を出して要求を通りやすくするのは交渉の基本だ。とかどっかで聞いた気がする。

 後は職人を探して依頼するだけだ。

 私は何度もお礼を言い、念のために約束したことを証明する文書を書いてもらってその日は帰宅した。

 サフィ様の呆れたような視線が痛かったけど、それはそれでそそるものがあるからよし!


 さて、次は職人探しだ。と言っても、ぬいぐるみを専門に扱う職人はいないだろう。

 ぬいぐるみというのは確かに存在してはいるが、大体は貴族が愛玩用に購入するものだ。流通はほとんどない。しかも、そのほとんどは服職人が趣味で作った簡素なものが多い。

 オーダーメイドで作るとなるとそれ相応の腕を持つ職人でなければ無理だろう。人の多い王都と言えど、そんな人がいるかどうか。

 だからまずは情報収集をすることにした。

 私の持つあらゆる人脈を使って王都に存在する職人達を調べ上げる。小さな噂レベルでも可能性があるならばと足を運んでみた。職人街に顔を出し、実際に訪問してみたりもした。

 そうして数日。手に入った成果は何もなかった。

 いや、なかったわけではない。腕のいい職人もいたと言えばいた。オーダーメイドを請け負ってくれる人もいた。しかし、私が求めるレベルの物を作れそうな人はいなかったのだ。

 いや、理想が高すぎるのはわかる。サリアが作ったあれはもはや芸術に等しい。あんなの並みの職人ができる芸当ではないだろう。

 だけどそれでも、少しでもそれに近いものをと考えると要求は跳ねあがっていくもので、気づけばそれは無理だと断られていた。

 妥協した方がいいことはわかる。でも、こんなチャンスもう二度とめぐってこないだろう。だったら、最高の逸品を手に入れたいと思うのは普通のことではないだろうか。

 幸いにしてお金は闘技大会の優勝賞金があるから結構な量が払える。サクの道場に融資したとはいえ、それでもだいぶ余っているから。

 これをすべてなげうってでも私は最高のぬいぐるみが欲しい。

 だが現実は非情なものだ。もはや私の要求に答えてくれる職人などいない。


「はぁ……」


「そんなため息ついて、なにかあったんすか?」


 やけ酒だと言わんばかりにギルドの酒場で飲んでいると、不意に話しかけられた。

 糸のような細い目に背中に大きな弓を背負っている男性。見たところ冒険者のようだった。

 彼は私の席の隣に座るとエールを一杯注文する。

 なんだこいつ。こんな知り合いいたっけか?


「どうやらぬいぐるみが作れる職人を探しているようで」


「あんた誰よ」


「おっと、これは失礼。俺はゼムルスって言いやす」


 ゼムルス、どこかで聞いたような? うーん、どうにも思い出せない。

 酒の席で唐突に輪に入ってくるのはよくあることではあるが、一人酒してる私に絡んでくるって、もしかしてナンパか?

 だとしたら残念だったな。私はサフィ様とハク様以外に興味はない。あ、アリシアはまあ友達と言ってもいいかな。あいつはなんだかんだ話が分かる奴だ。


「ナンパなら他を当たんな」


「いやいや、お力になれると思って話しかけただけっすよ」


「力にねぇ。あんたなら私の探している職人を知っているとでも?」


「ええ、心当たりなら」


 ……こいつの狙いはわからないが、まあ聞くだけ聞いてやろう。

 顎で話の続きを促すと、彼は話し始めた。

 ここから馬車で十日ほど行った場所にカラバという町があり、彼もそこから来たのだという。そして、そこは交易が盛んな町であり、様々な分野の職人達が犇めいている場所でもある。彼はその一つにコネがあり、彼女なら件のぬいぐるみも作れるのではないかと持ち掛けてきた。

 なるほど、確かに王都では見つからなかったが、別の街ならそういう職人もいるかもしれない。交易が盛んというなら品質もそこそこ信頼できるし、少なくとも悪い出来にはならないだろう。


「私の理想はかなり高いけど、それでもできると?」


「それは聞いてみないとわかりやせんが、期待してくれていいと思いやすよ」


 ふむ、馬車で十日か。流石にそこまでサフィ様達を連れていくのは無理だろうから絵師に頼んで絵をかいて貰い、もろもろ採寸した情報と一緒に送ることになるだろうが、果たして満足のいくものになるだろうか。

 会ったこともないし、その人がどれほどの腕なのかもわからない。こいつは未だに狙いが見えてこないし。あれか? 情報料として金が欲しいのか?

 にかッと笑ってる顔が地味に似合ってるから腹が立つ。

 とはいえ、王都では私を満足させることのできる職人がいないことは事実。ならば、この話を信じてみるのも手だろうか。

 普段ならば絶対に耳を貸さなかっただろう。私はこれでも慎重に仲間を見極めているし、信頼関係も並じゃない。こんなぽっと出の奴の話を素直に信じることはしなかっただろう。だけど、その時は酒が入っていたこともあり、すんなりと話を聞いてしまった。


「よし、いいだろう。その話乗った」


「ありがとうございやす。では、こちらその職人の名前と店の場所で」


 折りたたまれた紙を手渡され、ゼムルスという男は去っていった。

 結局金もとられなかったな。ほんとにただのお節介だったのか? 変な奴。

 まあ、これが本当だったら今後も仲良くしてもいいかもな。

 私はその紙を広げ、名前を見る。

 ふむ、マリーね。女性かな? 私のお眼鏡に適うといいんだけど。

 その日はそのまましばらく酒を飲み、家に帰った。


 絵師を探し出し、お二方に協力してもらって二人の全身絵を完成させた。

 そこそこ有名な絵師だったこともあり、その出来栄えは素晴らしく、普通にこの絵が欲しいくらいだったが、ここは大義のために我慢。

 報酬を支払い、採寸を済ませ、紙に記入していく。

 後はその町に向けて送るだけだ。ゼムルスの紹介だと書いた上で手紙を書き、ぬいぐるみの作成を依頼する。

 後は色よい返事が返ってくるのを待つのみ。果たしてうまくいくだろうか。

 返事が返ってくるまでの数十日間、私は気が気ではなくずっとそわそわしていたと思う。

 アリシアにこのことを話したら慰めてくれた。ああ、やっぱり優しい。

 私はなぜか男友達が多いけど、女友達もいいものだ。


 返事は色よいものだった。任せて欲しいと力強く書かれた文章に私は内心とても興奮していた。

 ああ、ついに目当ての職人を見つけたのだと。

 一か月ほどでできるとの連絡を貰い、私は完成を今か今かと待ち続けた。

 時には寝不足になり、時には叫び、時にはボーっと空を見つめるだけで一日が終わりと割と散々だった気もするが、それも仕方がないことだろう。

 サフィ様とハク様、二人のぬいぐるみが手に入る。それを想うだけで私の胸は張り裂けそうだった。

 そうして月日は経ち、ようやく完成品が届いた時にはもう天にも昇る気持ちだった。

 精巧に作られたぬいぐるみはサリアのものと比べてもかなり出来が良く、職人の腕が相当いいものだったとわかる。

 あの時とは違い、このぬいぐるみは返事を返してくれることはない。だけど、二人の姿が目の前にあるというだけでもう幸せいっぱいだった。

 その日から、ぬいぐるみを抱いて寝るのが日課になったことは誰にも言えない秘密になった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いっそ突き抜けて清々しいミーシャさんの行動(^ ^)ゼムルスさんの有能ムーブともはや懐かしさすら感じるカラバの街のマリーさんの近況。 [気になる点] ハクさん儚げだからマリーさんもきっと街…
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