第百七十三話:興味を惹かれて
それから数日が経った。
この森だけど、毒を気にしなければ、普通の森と大差ないということがわかった。
生えている薬草や、木に生っている果物なんかは、毒入りと言うだけで別に食べられないことはなかったし、出現する魔物も、毒を持っているというだけで、別に狂暴と言うわけでもなく、むしろ大人しい性格をしている奴が多かった。
まあ、その毒が一番の問題と言えば問題だけど、私は改良した浄化魔法ですぐに毒を消せるし、そこまで大問題と言うわけではないというのが大きい。
おかげで、普通の森で野宿するのと大差ない日常を送ることができたと思う。
「ララちゃん、こっちおいでー」
「***」
私が少女のことを呼ぶと、少女はちょっと顔を背けながらも近づいてきてくれる。
ララちゃんと言うのは、この子の名前だ。
いや、言葉がわからないから、本当にこの名前なのかはわからない。
ただ、一応この世界の言語を表にして見せてみたんだけど、そしたらラと言う文字に興味を示していたので、じゃあララちゃんでいいやってことになった。
最初は呼んでも全く反応してくれなかったけど、ヴィオやエルも一緒に呼び続けると、やがて自分のことだと認識するようになったのか、こうして近づいてきてくれるようになった。
当初抱いていた警戒心もだいぶ薄れてきたようで、今では私が色々とお世話をしてあげている。
「それにしても、ララちゃんの体って綺麗だよね」
体を軽く濡れた布で拭きながら、そんなことを思う。
先日は、鎌のような武器を見せてもらったことから、戦闘を生業とする役職についていたのではないか、と言う予想を立てたが、それにしては体が綺麗すぎる。
服自体はボロボロで、中には切り裂かれたような跡もあったのに、体自体は全くと言っていいほど傷がないのだ。
もの凄く治癒能力が高いとか? あるいは、治癒魔法を使えるとかだろうか。
日焼けすらしていない真っ白な肌は、とてもじゃないけど戦闘を生業としてきたとは思えない美しさである。
「ん? どうしたの?」
丁寧に体を拭いていると、持っている布を掴んで、こちらをじっと見てきた。
一瞬、また魔眼が発動するのか、とも思ったけど、あの時と違って今は敵意を感じないから、ただ見ているだけだろう。
しばらく私の顔を覗き込んでいたララちゃんは、私から布をひったくると、私の顔を拭き始めた。
「わっ、ど、どうしたの?」
この数日間で、確かにそれなりに信頼は得られてきたかなとは思っていたけど、なんでいきなりそんなことをし始めたのかわからない。
私が毎日やっていたから、真似をしているだけなんだろうか?
ちょっとくすぐったいけど、別に悪い気はしないし、好きにさせてみる。
顔を拭き終えたララちゃんは、そのまま私の服をはぎ取りにかかる。
……って、引きちぎろうとしてない? ダメだよ?
「ぬ、脱ぐから待ってね……」
一応、予備の着替えはあるっちゃあるけど、無駄に破かせるわけにはいかない。
適当に衝立を作ってあるから、ヴィオに見られる心配はないので、そのまま服を脱いで身を任せる。
「***」
なんだか上機嫌な様子のララちゃん。
いつもは自分で拭いているけど、まあ、それで気が収まるなら任せてもいいかな。
私はそっとララちゃんの頭を撫でる。ララちゃんはピクリと一瞬動きを止めたが、気にすることなく作業を続けた。
「***?」
しばらくして、ララちゃんの手が止まる。
見ているのは、私の胸元だ。いや、正確に言えば、胸元に埋め込まれている竜珠である。
そう言えば、他人にこれを見せたのは初めてかもしれない。
大量に神力を送り込んだりすると、すぐに暴発してしまうような代物だから、あんまり触って欲しくはないけど、まあ、ララちゃんが神力を持っているわけもないから別に大丈夫か。
別に壊されたところで死にはしないけど、そうなると、竜珠に封じられていた神力が溢れ出し、辺りが大変なことになるので、壊すのはやめて欲しいけどね。
「これは触っちゃだめだよ」
「……」
軽く手で隠すと、首を傾げながらこちらを見上げてくる。
なんでこんなに興味を持っているんだろうか。確かに、胸元に宝石が埋まっている人なんてそんなにいないだろうけどさ。
それとも、ララちゃんが持っている赤い宝石と似ているからだろうか?
大きさ的にはこちらの方が大きいけど、なんとなく似ているっちゃ似ている気がしないでもない。
私の竜珠も、その気になれば武器にできたりするのかな? できてもしないと思うけど。
「***」
ララちゃんはそれでも手を伸ばしてくる。
私の手越しに竜珠に触れているが、そんなに面白いものじゃないと思うんだけどな。
「ほら、あんまり裸でいると冷えちゃうから……」
「****!」
「えっ? ……ッ!?」
ララちゃんが何事かを叫ぶと、不意にドクンと心臓が跳ねた。
その鼓動は次第に早くなり、意識しなくても聞こえてくるほどに大きくなっていく。
体が動かない。視線も動かない。
ララちゃんは、相変わらず私の竜珠に触れている。
手の隙間から見える竜珠は、ちかちかと発光しており、何か得体のしれない力と繋がっていることが見て取れた。
これは、ララちゃんが何かをしようとしている?
とにかく、このままではまずい。早く何とかしないと……。
「……!」
止めようにも、体が動かなければどうしようもない。
体を拭くということで、今はヴィオもエルも離れてしまっているし、声も出せないから助けを呼ぶこともできない。
竜珠の光はだんだんと強くなっていく。それに呼応するように、私の手が勝手に動き、【ストレージ】に手を出した。
この感覚、まさか、神剣を出す気か?
神剣ティターノマキア。元々は、神様であるマキア様の愛剣だったが、地上にカオスシュラームをばらまく媒体となっていたということもあり、それを止めるために、私がやむなく主人になったという、複雑な経緯のある剣である。
本来、神剣は神様にしか扱うことができず、それ故にいつもは【ストレージ】の中で眠ってもらっていた。
一応、竜神モードになれば扱えないことはないけど、だとしてもそんなに機会はない。
それを、今、どういうわけか引きずり出そうとしている。
ララちゃんが神剣の存在を知っているはずはない。それなのに、どうして……。
このままでは、扱う者がいない神剣が出てくることになる。
神剣自体に自ら動く能力はないが、機嫌を損ねたら何をされるかわからない。
神様が作り出した剣なんだから、何が起こっても不思議はないぞ。
「はい、そこまで」
ふと、凛とした声が響き渡る。その瞬間、私の硬直は解かれ、動けるようになった。
ララちゃんも急に話しかけられてびっくりしたのか、びくりと肩を震わせて、辺りを見回している。
この声って、もしかして……。
振り返ってみると、そこには一人の女性が浮いていた。
天使の一人であり、神様もどきとなった私を観察するために遣わされた一人、ルーシーさんである。
「何をするかと思ってみていれば、神剣はむやみに見せるものではありませんよ?」
ルーシーさんは、そう言ってララちゃんの方を見る。
ララちゃんはきょとんとした顔をしていて、よくわかっていない様子。
一体どういうことだ?
「ハク様、申し訳ありません。介入するのはどうかと思いましたが、神の力を使わない状態で神剣を操るのは難しいかと思って、止めさせていただきました」
「そ、それはありがとうございます。でも、なんで勝手に神剣が出てこようとしたんですか?」
「それに関しては、この娘に聞いた方が早いでしょう」
そう言って、ルーシーさんはララちゃんの方を見る。
聞いた方が早いって、言葉がわからないんだけど……。
「ハク様、神であれば、言語はすべて理解することができます。それがたとえ、異世界のものであっても、この世界にいるならば、理解することができるはずです」
「そ、そうなんですか?」
「はい。ですので、力を解放することをお勧めします」
力を解放、つまり、竜神モードになれってことだよね。
大丈夫かな、ララちゃん気絶したりしない?
あの姿は、全能感があって、正直気持ちいいんだけど、それがありすぎて、元に戻った時の違和感が凄いからあまりなりたくないというのが本音である。
まあ、神剣の機嫌を損ねないためにも、定期的になる必要はあるんだけどさ。
仕方ない。驚かせてしまうかもしれないけど、ここは言うことを聞いておこう。
そう思って、竜珠の力を解放した。
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