第百七十二話:少女の職業
それから、いくつかの場所を見て回ってみた。
まず、少女が倒れていたという場所だったが、毒沼の近くだった。
沼の岸辺に倒れていたらしく、周りには特に何か落ちているわけでもなかったらしい。
私も一応詳しく見てみたが、少女のものらしき落し物はないように見えた。
もちろん、異世界へ通じるゲート的なものもない。探知魔法で探してみても、それらしい魔力反応は感じられなかった。
流石に、ちょっと探しただけで情報が手に入るとは思っていないけど、思った以上に何もないな。
まあ、ここに来るまでの間になくなってしまったって可能性もなくはないけど、どちらにしろ見つからなければ意味がない。
倒れていた場所以外にも、少女がこの森で過ごした一週間で行った場所や、それ以外の場所もそこそこ行ってみたけど、それらしいものは何も見つからなかった。
うーん、闇雲に探しすぎなんだろうか。そもそも、少女がどうやってこの世界に来たのかどうかもわかっていない。
異世界のゲートって言ってるけど、本当にそんなものがあるかもわからないし、場合によっては帰る手段なんてすでにない可能性もある。
その場合、この世界で暮らすことになるんだろうけど、ヴィオと一緒にいるとなるとそれも難しそうだし、なかなか大変である。
あの魔眼さえなんとかできれば、言葉を覚えてもらったり、常識を学んでもらったりすることもできそうなんだけどね。
流石に、竜でも防げないようなレベルの攻撃をされたんじゃ堪らない。
「後手掛かりがあるとするなら、この子の持ち物くらいだけど……」
少女の格好だけど、結構独特な格好をしていると思う。
普段着、と言うわけではなさそう。いや、異世界の住人だし、これが普通と言うこともあり得るんだろうか?
どちらかと言うと、暗殺者って感じに見えるんだけど、この子は異世界でどういったことをしていたんだろうか。
「ねぇ、あなたは一体何者なの?」
「***?」
聞いてみても、少女は首を傾げるばかりで、全然伝わっていない様子である。
できることなら、きちんと持ち物を確認したいところだけど、また警戒させて魔眼を使われても困るし、なかなか難しいところ。
ヴィオに任せたら受け入れてくれるだろうか。それなら楽でいいんだけど。
〈どれ、ちょっとやって見ましょうか〉
ダメ元でヴィオに頼んでみたら、少女に向かって話しかけていった。
ヴィオは、そこまで大きな竜ではない。少女が乗れるくらいには大きいけど、それでも他のエンシェントドラゴンと比べたら結構小柄な部類に入ると思う。
それ故に手も小さく、手を伸ばしてもそこまで威圧感は与えない様子だった。
少女も、ヴィオならばと安心しているのか、特に抵抗する様子はない。
本当に、ヴィオのことは信頼しきっているようだ。なんか羨ましい。
〈ふむ、見つかったのはこのくらいですかな〉
しばらく身体をまさぐっていたが、ヴィオはそう言って手のひらにあるものを見せてくれた。
なにやら、宝石のようなものである。少女の瞳と同じ、ルビーのような赤い球であり、なんとなく、魔力を感じる代物だ。
ただの宝石ってわけではなさそうだけど、一体何なんだろうか。
「****」
私が訝しげな様子で見ていると、少女はヴィオの手から宝石を取り、何事かをぶつぶつと唱え始める。
すると、宝石が光を発し、気が付くと、その形を変化させていた。
その形状は、鎌である。
真っ黒の刀身の根元に先程の宝石が埋まっており、とても禍々しい雰囲気を感じさせられる。
少女は軽く鎌を振るい、ちょっと得意げな顔でこちらに見せつけてきた。
これは、少女の武器と言うことなのだろうか?
その見た目からして、かなりの鋭さを持っていることはわかるが、なぜこんな少女が武器を持っているのかがわからない。
魔眼のこともそうだし、もしかしたら、少女は兵士のような、戦いを生業にする役職についていたのかもしれないね。
「そ、それ、ちょっと見せてくれない?」
「***」
詳しく見てみたいので、手を出してみたが、少女はフンッと顔を背けて鎌を元の宝石に戻してしまった。
やっぱり嫌われてるのかなぁ……ちょっとショック。
しかし、これで一つわかったのは、少女は何かしら戦う役職についていたということ。
まあ、もしかしたら、少女のいた世界では、これくらいは普通のことって可能性もあるかもしれないけど、流石に魔眼持ちが普通とは考えにくい。
恐らく、その魔眼の能力と、武器の扱いを買われて、兵士的な役職につかされていたんだと思う。
問題は、何と戦っていたかだけど……。
「そういえば、カオスシュラームと関係しているかもしれないって話だっけ」
お父さんの話では、この少女は以前あった、カオスシュラームの縁でこちらの世界にやって来たのではないかと言っていた。
となると、少女はカオスシュラームを持つ敵を倒すための人物だった、とか?
ありえない話ではないが、流石にまだ情報が少なすぎるな。
「うーん、結局なんでこっちの世界に来たのかがわからないよね……」
カオスシュラーム関係であるとしても、ではなぜこちらの世界に来たのか。
まさかとは思うが、こちらの世界に持ち込まれたカオスシュラームを倒してくれるために来たってわけではないよね?
もしそうだとしたら遅すぎるし、目的もないのだからもう帰ってもいい気はするけど。
少女自身、帰ろうと思って帰れるのかわからないし、やっぱり異世界に関する情報がないと始まらないのかもしれない。
「流石にこれ以上調べるのは難しいかもしれませんね」
「そうだね。やっぱり、お父さんの情報待ちかな」
わかったことは、少女が戦闘能力を持っているということくらい。
結局、異世界に通じる通路も見つからなかったし、これ以上は専門家に任せた方がいいだろう。
〈それなら、しばらく滞在していってはどうでしょう? どのみち、この子に耐毒魔法をかけなければいけないですし〉
「まあ、それもそうか。なら、しばらく厄介になるね」
正直、この森で寝泊まりしたいとはあまり思わないけど、ヴィオが他の場所で長居できない以上、私もこの森に滞在する必要がある。
毒は怖くないとはいえ、きちんと寝床はあるんだろうか。
場合によっては、それを作るところから始めないといけないかもしれない。
「早く何かわかるといいんだけどな……」
元々、持っても一か月程度と言う話だった。
すでに一週間くらい消費してしまっているし、早いところ見つからないとどのみち少女の命が危うい。
まだ焦るような時間ではないと思うけど、何もできないのはちょっともどかしいよね。
そんなことを思いながら、ヴィオの塒に戻る。
さて、寝床は準備できるだろうか。
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