第百七十一話:ヴィオの森
ヴィオの森があるのは、この大陸の西の方らしい。
険しい山脈が聳える場所の近くであり、人族の間では、未開拓エリアとなる場所のようだ。
ヴィオの話では、今までに人が訪れたことは一度もないらしい。
完全に隔絶された場所にあるようで、だからこそ、少女を見た時は目を疑ったのだという。
まあ、ヴィオの性質を考えるなら、間違っても人が入り込むような場所ではいけないだろうし、そこを選んだのは正解かもしれない。
〈本当なら、こうして出てくること自体がリスクしかない行為なんですが、今回は流石に相談せざるを得なかったので。なるべく影響が出ないよう配慮はしておりますが、妙な病気でも流行らなければいいのですが〉
「ヴィオの毒って、そんなに強力なの?」
エルに竜化してもらい、その背に乗って空を飛んで移動している最中、そんな話題が上がってきた。
確かに、ヴィオはただいるだけで毒素を排出している。
長い間留まれば、その地には毒素が侵食し、とんでもないことになるだろう。
ただ、それでは、ヴィオにはどこにも居場所がないことになる。
毒を無効化できる竜ならばともかく、周りの環境はそうではないだろうし、人族にとっては、百害あって一利なしと言われてもおかしくない。
そんなヴィオが、どうしてエンシェントドラゴンになるまで生き残れたのかが少し疑問である。
いや、ヴィオがいなければいいやってわけじゃなくて、純粋な疑問としてね?
〈吾輩の毒は、短期間であればそこまで強力なものではありません。ただ、長期間浴び続けると、体に異常をきたしてしまう人もいます〉
「昔はどうしてたんですか?」
〈昔は、そもそも排出される微弱な毒程度で倒れるような人はおりませんでしたからな。周りの環境に関しても、定期的に浄化が行われて、変化することはありませんでした。神の助力もありましたし〉
「なるほど」
恐らくだけど、神力を持っている人達には毒の効果はそこまで発揮されなかったのだろう。
それが毒の特性なのか、それともその時代の人達の特性なのかはわからないけど、神様の助力のおかげもあって、ヴィオも不自由することなく暮らして行けたようだった。
〈こちらの大陸に移ってからは、なるべく影響が出ないように引きこもっておりました。それが何百年、何千年と続くうちに、それが普通になってしまいました〉
「今の世界じゃ、環境を浄化できるほどの人はなかなかいないしね……」
仮に、毒に耐性をつけられたとしても、周りの環境まで考えるとそうはいかない。
一応、浄化魔法というものは存在しているけど、基本的なものは、何十人もの人が集まって、一日以上の時間ぶっ通しで詠唱し続けることによって、ようやく効果を発揮するものである。
仮に、数ヶ月に一度やればいいだけだとしても、そのためだけに何十人もの神官を行動不能にするのは割に合わないし、人と共存するのはなかなか難しそうである。
そう考えると、なかなか可哀相な境遇をしているよね。外に出られないわけだから。
「ヴィオは、外に出て普通に暮らしたいと思ってるの?」
〈どうでしょうな。もう今の生活に慣れてしまって、そこまで外に出たい願望があるわけではありませんので。まあ、話し相手の一人や二人は欲しいとは思いますがな〉
「そっか……」
ヴィオの毒を完全に無効化することができない以上、それは難しい願いになるだろう。
まあ、一応森には毒持ちの魔物は存在しているようだし、もしかしたら毒に適応することもできるのかもしれないけど、下手したら死ぬ以上、試してくれる人はいなさそうである。
それこそ、毒に耐性のある竜が相手をするくらいしかなさそうだけど、今の若い竜達はヴィオに苦手意識を持ってるらしいし、エルダードラゴン達も竜脈の維持で忙しい。
可哀そうではあるけど、こればっかりは解決は難しいかな。
ちらりと少女の方を見る。
ヴィオの背中で、飛ばされないように掴まっている少女だけど、この子なら、ヴィオの理解者になれるだろうか?
ふと、そんなことを思ったが、仮に毒に耐性を持てたとしても、少女が森で生活できるとも思えないし、無理な話か。
そんなことを考えながら、森を目指して飛ぶのだった。
森に向かって飛ぶこと一週間ほど。ようやく森へと辿り着いた。
道中、一応ちょくちょく転移魔法で戻ってお父さんに経過を聞いてみたけど、やはりというか、まだ情報は集まっていないらしい。
そもそも、ヴィオが住む森には精霊は近づけないようで、森に関連する情報は直接出向くくらいしか集める方法がないようだ。
本当なら、お父さんが行くみたいだったんだけど、私達が行っていると聞いて、任せることにしたようである。
それ以外にも、異世界に関連する情報がないか、他のエンシェントドラゴン達にも協力してもらって調べているようだけど、結果が出るのはもう少し先になりそうだとのこと。
わざわざ森に出向いたのは間違っていなかったようで何よりである。
さて、そうと決まれば、何かしらの情報を掴まないといけないね。
「なんか、凄いところだね」
眼下に広がる森だけど、何というか、とてもおどろおどろしい雰囲気である。
紫色に変色した木々の葉、明らかに毒沼だとわかる沼地も見えるし、あちこちに木々よりも大きな巨大な赤い茸が乱立している。
その茸のせいなのか、森全体がうっすらと靄がかっており、もう見ただけで引き返したくなるような、そんな森だった。
〈ハクお嬢様、念のため、防御魔法を〉
「もうかけてあるから大丈夫。ついでに、あの子にもかけておいたから」
この森では、呼吸をするだけでも毒に侵される可能性がある。
だから、なるべく森の空気を吸わないように、防御魔法と結界で防ぐ準備はしておいた。
まあ、そこまでしなくても、少女は一週間ほどを普通に過ごしていたらしいし、後で解毒すれば大丈夫だとは思うけどね。
〈ひとまず、塒まで案内しましょう。こっちですよ〉
そう言って、ヴィオは森に向かって降下していく。
エルもそれに続いて降りていくと、やがて巨大な茸が聳える場所へとやってきた。
なんというか、イメージにぴったり合うような場所である。
茸の胞子が気になるが、一応、屋根っぽくはなっているし、雨を防ぐくらいはできそうだ。
〈何もないところですが、どうぞゆっくりしていってくだされ〉
「ありがとう。でも、早いところ情報を集めないと」
もの凄く暮らしにくそうだなって言うのはともかく、まずは情報である。
別に毒を恐れているわけではないけど、なんとなくあんまり長居したくないなと思ってしまうのは仕方がない。
ヴィオもそれはわかっているのか、特に嫌な顔もせずに案内してくれた。
〈では、この子が倒れていた場所まで案内しましょう。こっちですよ〉
少女は相変わらずヴィオから離れようとしない。
それどころか、ヴィオの体に生えている茸にかじりついている。
……それ、毒だと思うんだけど、大丈夫なのかな。
そんなことを思いながら、ヴィオについて行くのだった。
感想ありがとうございます。




