第百七十話:今後の行き先
ひとまず、少女の容態を診てみたけど、特に酷いことにはなっていなかった。
確かに、毒にはなっていたけど、進行が遅いのか、ほとんど健康体と言っても過言ではない。
ヴィオと一緒にいるようになってから、まだ一週間くらいと言っていたから、そこまで大事には至らなかったってことなんだろう。
とりあえず、解毒はしておいたけど、これからヴィオの下に返さなきゃいけないとなると、気休め程度にしかならないよね。
〈戻ってきましたな。ハーフニル殿はなんと?〉
「とりあえず、この子の出身がなんとなくだけどわかったよ」
少女が目覚める前に平原へと戻り、ヴィオの下に帰すついでに、事情を説明する。
お父さんが言うには、この少女は異世界からやってきたらしい。だから、基本的には、元の世界に帰すことが目標となる。
しかし、その方法を見つけるまでに、少女が毒によって死亡してしまう可能性があるため、ひとまずは私が耐毒魔法をかけることによって毒に耐性をつけ、方法が見つかるまでの時間を稼ぐ、と言った感じだ。
できることなら、それまでに少女との意思疎通をしたいけれど、言葉が通じないのが厄介すぎる。
ボディランゲージとかで何とか出来たらいいんだけど。
〈なるほど、事情はわかりました。ハーフニル殿ならば、必ずや方法を見つけてくれるでしょう〉
「そうだね。きちんと解決できるといいんだけど」
〈すみませんな、ご迷惑をかけてしまって〉
「気にしてないから大丈夫だよ」
元々、竜が人を助ける理由はあまりない。
もちろん、世界の管理のために、竜脈を維持し、その結果人を助けることはあるかもしれないし、魔物を狩っている最中に、たまたま人を助けることになった、なんてことはあるかもしれないが、直接的に助けることはあまりない。
あるとしたら、【人化】して人里に溶け込んでいる竜達くらいだろう。
だから、こうして少女を助けたことは素直に好感が持てる。
毒竜と言われていても、根は優しい竜なんだね。
〈おや、目覚めたみたいですな〉
そうこうしているうちに、少女も気が付いたのか、うっすらと目を開ける。
最初に目に入ったであろうヴィオの姿に安堵したのもつかの間、周りにいる他の竜達に驚いたのか、ヴィオにしがみついて警戒したように睨みつけてきた。
「嫌われちゃったかな……」
まあ、気絶した原因は、エンシェントドラゴン達の威圧なのだし、当たり前と言えば当たり前だけど、これでは余計に話なんてできなさそうだ。
それとも、人型になれば多少は落ち着いてくれるだろうか? もうドラゴンの姿を見られているから無理かな。
〈これこれ、そう睨みつけるもんじゃない。ここにいるのは、吾輩の大切な友人達、どうか仲良くしておくれ〉
ヴィオがそうやって優しく話しかける。
ドラゴンの言葉を少女が理解できるとは思わないが、気持ちは多少伝わったのか、少し目線が和らいだような気がした。
「さて、これからどうしますか? このまま待っていますか?」
「それでもいいけど、お父さんの言い方が気になるんだよね」
お父さんは、場合によっては一か月くらいかかるみたいなことも言っていた。
確かに、この世界で遠い地の情報を集めるのは大変ではあるけれど、お母さんの手にかかれば、世界中の情報をすぐさま集めることができる。
その気になれば、一日もあれば多少の情報は掴めそうではあるけど、今回はそう断言はしなかった。
お母さんの精霊の情報網は確かに優秀だが、それは精霊が行ける場所に限られている。つまり、精霊がいない場所の情報は入手することができない。
となると、お父さんはそう言った場所に情報があるかもしれないと考えているわけだ。
まあ、元々異世界の情報を集めるってなったら、いくら精霊の力があっても大変だとは思うけどね。
このままここでしばらく滞在してもいいけど、ヴィオの毒がどの程度影響するのかもわからない。
竜人達への影響や、周りの環境への影響も考えると、そう長い間滞在することはできないだろう。
だから、できればこちらでも情報を集めたいところだ。
「なるほど。では、どこに?」
「まずは現場かな。確か、森に倒れてたんだよね?」
〈はい。吾輩の住む森ですな〉
「なら、まずはそこかな」
ヴィオが住む森に倒れていたのなら、そこに異世界へ通じる通路のようなものがあってもおかしくはない。
まあ、一時的なもので、すでに閉ざされているって可能性もなくはないけど、見て見ないことには判断できないし、まずは現場を見てみるのが大切だろう。
〈吾輩の森に来てくださるのですか。それは嬉しいですな〉
「どんな場所なの?」
〈一言で言うなら、死の森ですな〉
ヴィオが住む森は、長年ヴィオが吐き出し続けた毒によって、異常な成長を遂げているらしい。
木々はもちろん、住んでいる魔物もすべて毒を持っており、食べることはもちろん、斬り付けたり、触れたり、息をしたりするだけでも毒に侵されるような、そんな危険な森なのだという。
人里からは相当離れているため、滅多に人が立ち入ることはないらしいが、ひとたび入ろうものなら、決して生きては帰れないと言われているようだ。
なんか、聞いた限りではめちゃくちゃ怖そうなところだけど、危険な要素は毒関係ばかり。つまり、毒に対する耐性を持っていれば、そこまで危険な場所ではないと思う。
問題なのは、私の毒耐性がどんなものかってところだけど……。
「ホムラも言ってたけど、私って毒に弱いの?」
「弱くはないと思います。人族に比べたら、相当強力な耐性を持っているでしょう」
「だよね。今まで毒で困ったことないし」
ぱっとは思いつかないけど、体感的に、よく暗殺に使われているような毒を飲んだところで、死にはしないだろう。せいぜい、ちょっと体に違和感があるなってくらいな気がする。
「ただ、精霊は毒に敏感ではあります。耐性は十分でも、気にしてしまうと、痛かったり、違和感を感じたりすることはあるかもしれません」
「なるほどね。賞味期限切れのものを食べたらなんとなくお腹が痛くなるみたいなものか」
気が付かなければなんともないけど、気づいてしまうと、もしかしたらお腹が痛くなるんじゃないかって気にしてしまって、本当にお腹が痛くなっているような気がする、って感じる奴ね。
私は精霊ではあるけど、竜の血を受け継いでいるし、耐性と言う意味では十分すぎるものを持っているけど、毒に侵されたら死ぬかもしれない、って思いこんじゃうことで、気分が悪くなったりしてしまうかもしれないってことか。
「心配なら、私達の方で行って参りますが?」
「いや、いいよ。多分、耐毒魔法と解毒魔法でどうとでもなるし」
死ぬとわかっている場所には行きたくないが、その対策が万全なら恐れることは何もない。
実際、少女に対する耐毒魔法は成功しているみたいだし、私の魔法はきちんとヴィオの毒にも対抗できると証明されている。
それでも心配なら、ずっと防御魔法を張って、外の空気をなるべく吸わないようにすればいいだろう。
そんなことを考えながら、ヴィオの森に行く準備をするのだった。
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