第百六十九話:魂の形
〈……なるほど、事情はわかった〉
みんなでお父さんの下に向かい、事情を説明する。
ヴィオは竜の谷に入ることはあまり気が乗らないのか、平原で待っていると言っていたけど、確かに竜人達のことを考えるなら行かない方がいいかもしれない。
この少女が起きた時のことが心配ではあるけど……。
〈恐らく、その少女はこの世界の住人ではない。別の世界の住人だろう〉
「別の世界と言うと、私の元居た世界のような?」
〈ああ。ハクの世界とは、また違う世界だろうがな〉
お父さんは、なんとなくこの少女の魂が、この世界に合っていないと感じたらしい。
抽象的だから、詳しいことはよくわからないけど、簡単に言えば、この世界特有の特徴がないということなんだろう。
私も、魂の形がおかしいと言われたことはあるし、その世界によって魂の特色と言うのがあるのかもしれない。
だから、この少女はどこかの世界から迷い込んできた、異世界人と言うわけだ。
「なんでそんなことに?」
〈理由はわからん。だが、以前あった、カオスシュラームの件が関係していそうだな〉
「……もしかして、その世界から?」
〈恐らくは〉
以前、この世界にカオスシュラームと言うとんでもなく有害なものが入り込んできたことがあった。
そのきっかけとなったのは、マキア様が落とした剣であり、それに付着していたカオスシュラームが侵食していったことによって、爆発的に広がったわけである。
そのカオスシュラームがついたとされるのが、別の世界。
この世界の神様達は、昔あった戦争の影響で、地上に降りることを許されていない。そして、神界では戦闘行為が禁止されている。
それ故に、戦闘好きの神様は、わざわざ別の世界に行って、その欲を満たしているらしいのだ。
だから、別の世界と言うのは、確実に存在している。
恐らく、この少女は、カオスシュラームに関連して呼ばれたんだろう。
カオスシュラームがこの世界に入り込んだことによって、縁ができた。それが、何かしらの力に作用して、少女を呼び出した、そういうことだと思う。
まさかそんなことになるなんて思わなかったが、それならば、言葉が通じないのも納得できる。
問題は、この後どうするかって話だが。
「今のところは、この子はヴィオにとても懐いているようで、そばにいる限りは敵対的な行動はとりません。でも、引きはがそうとすれば……」
〈当然襲ってくる、か。ヴィオと共にいればいいのかもしれないが、それではこの少女が死ぬと〉
「はい。どうにかできないでしょうか?」
考えられる可能性としては、やはり元の世界に帰してあげることだろう。
この子の世界がどんなところかは知らないが、やはり元の世界にいた方がいいに越したことはないのだから。
あるいは、どうにか毒を克服して、一緒にいてもらうって言うのも手ではあるけど、流石にそれは難しいと思うし、やはり帰すのが無難だとは思う。
〈何もせずとも、ヴィオと共にいれば死に至る。それで問題が解決するなら、それでもかまわないとは思うが……ハクはそれでは嫌なのだろう?〉
「……はい。できれば、助けたいと思います」
〈ヴィオも、自らが助けた者が自分が原因で死に至れば心に傷を負う可能性もある。となれば、まずは毒に対する対策を立てるべきだろうな〉
「対策ですか」
現状、少女にこちらの意思を伝える手段がない。
一応、ボディランゲージで伝えるという手はあるけど、正確に伝わるかどうかわからないし、下手をしたらあの空間圧縮攻撃が来るのが怖い。
あれは多分、結界とか防御魔法で防げるものではない。だから、いくら防いでも、意味がないと思う。
竜がいくら堅いとは言っても、それを無視して攻撃されたんじゃ、普通に死ぬ可能性がある。
となると、まずは少女と意思疎通をする手段を確立すべきだろう。
で、少女はヴィオから離れたら暴れる以上、ヴィオと一緒にいなければならない。そして、ヴィオと一緒にいるためには、毒を何とかしなくてはならない。
なんだかまどろっこしいが、慎重に事を運ぶなら、まずはそこを何とかすべきなんだろうな。
「解毒魔法とか、耐毒魔法でどうにかできますか?」
〈多少であれば、防ぐことはできるだろう。長期的な方法が見つかるまでは、それで何とかするしかないだろうな〉
「となると、しばらくはこちらにいないとですね〉
一応、私とてそれくらいの魔法は作ってあるけど、ヴィオの毒は普通の毒ではない。
いくら放出される毒が微弱とは言っても、効能的には普通の毒の何倍も濃いものだ。
だから、普通の耐毒魔法では防ぎきるのは難しい。
せいぜい、持って一日ってところだろう。
だから、方法が見つかるまでは、私がつきっきりで魔法をかけてあげないといけない。
かなり大変そうだけど、背に腹は代えられないよね。
〈方法に関しては、リュミナリアと共に調べる。なるべく早く見つけるから、それまで頼めるか?〉
「わかりました。何とかしてみます」
〈お前達も、ハクのサポートを頼んだぞ〉
〈お任せください!〉
エンシェントドラゴン達の協力が得られるなら、多少は何とかなりそうだ。
後は、少女が起きる前に、ヴィオのところに戻らなければ。
「ハーフニル様、少女の魔眼を封印することはできないでしょうか?」
〈それについては、我も考えていた。しかし、できんのだ〉
「それはなぜ?」
〈この魔眼、ただの魔眼ではなさそうだ。かなり位が高い、それこそ神でもなければ、封印は難しいだろう〉
「そんなにですか……」
エルの質問に、お父さんは厳かに答える。
確かに、魔眼を封印できれば、見た目はただの少女である。
さらに隠し玉を持っていない限りは、安全に対処できるだろう。
しかし、それができないほどとなると、ますますこの子の正体がわからない。
格好も不自然だし、この子の世界では一体何が行われていたんだろうか。
〈くれぐれも、少女を怒らせるな。現状の毒ならば、治療は可能だが、完全に治せるものでもない。タイムリミットは、長くて一か月くらいだろう〉
「そんなにかかりますか?」
〈場合によっては、な〉
お母さんは、精霊から話を聞けるし、精霊はどこにでも存在する。だから、よほどのことがなければ、情報は集まりそうだけど……。
でも、そもそも別世界と言うだけでそれ以外の情報がない。
異世界に通じるゲートみたいなものがあるなら話は別だが、そんな簡単な話じゃないだろうし、お母さんの力を借りても時間がかかる可能性はあるか。
〈何か問題が起こったらすぐに伝えろ。最悪、神に頼ることも考えておく〉
「わかりました。そうならないことを祈ります」
神様に頼れば話は簡単な気もするけど、あんまり神様に借りを作らせたくない。
ただでさえ、自由奔放な神様が多いのに、そこに問題を持ち込んだらややこしいことになる可能性がある。
私がうっかり神様もどきになっちゃったみたいにね。
だから、この問題はできれば地上だけで完結させたい。
きちんと情報が残っているといいんだけど……。
若干不安を感じつつも、私達はお父さんの下を後にした。
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