第百六十八話:圧縮の魔眼
少女に話を聞こうと思ったのだが、少女はずっとヴィオにくっついたままであり、離れようとしない。
少しくらいならと思って、引きはがそうとして見たけど、嫌々と首を振るばかりで、全然離れようとしなかった。
私達が来るまでにも、ライ達がやろうとしていたみたいだけど、それでもダメだったらしい。
仕方ないから、近づいて話を聞こうと思ったんだけど、今度はリヒトが近づいたら危ないと言って止めてくる始末。
当事者であるヴィオの前でそれは失礼なんじゃないかとも思ったけど、ヴィオも自分の体質は理解しているようで、笑って許しているようだった。
まあでも、このままでは埒が明かないので、結界を張って毒の侵入を防いだ上で近づくという条件の下、リヒトに許しを貰い、ようやく会話を始めることが叶った。
やれやれ、話すだけなのになんでこんなに苦労しないといけないんだろうか。
「こんにちは。私はハク、あなたの名前を教えてくれる?」
「……」
なるべく刺激を与えないように、柔らかい口調で聞いたつもりだったけど、少女は口を閉ざして警戒している様子だった。
見た目的には、結構ボロボロな印象を受ける。
タイツのようなぴっちりとした衣服の上に、黒いマントのようなものを纏っているが、ところどころ破けていて、下の素肌が露出してしまっている。
髪は桜色で、ルビーのようなきらきらとした赤い瞳が特徴的だが、険しい顔をしている反面、体は未熟なように見える。
私も、見た目は子供もいいところだけど、そんな私と同じくらいなレベルだ。
本当に、なんでこんな少女が森に倒れていたのか、見当もつかない。
「こちらの言葉はわかる? わかるなら、手を上げてくれないかな」
「……」
そう話しかけてみても、少女は答えることも、手を上げるようなこともない。
これは、言葉が通じていないパターンじゃないだろうか?
となると、この大陸の出身じゃないんだろう。ますます謎が深まる。
「うーん、どういうこと?」
その後、思いつく限り色々な言語で話しかけてみたが、いずれも答えてくれることはなかった。
これでも、かなりの言語を使いこなしているという自信があるけど、それでも通じないのは、もう言葉を知らないというくらいしか思い当たらない。
一応、日本語でも話しかけてみたけど、それにも反応がなかったから、あちらの世界から迷い込んだってわけでもなさそうだし……。
「*****?」
「え?」
「*****」
「な、なに?」
私が色々話しかけたのが気になったのか、ようやく言葉を話してくれた。
しかし、その言葉は今まで聞いたこともない言葉であり、意味を理解することはできなかった。
とっさに周りのみんなに視線を向けてみたが、皆首を傾げたりするばかりで、知らない様子である。
少なくとも、エンシェントドラゴン達は、それぞれの大陸の言語をマスターしているはずである。そして、その大陸とは、現在観測されている主な大陸すべてである。
つまり、どこかしらの大陸から迷い込んできたのであれば、誰かしら知っていても不思議はないわけだ。
それなのに、誰も理解できる様子がない。これはつまり、どの大陸にも属さない、独特な言語と言うことになる。
ほんとにどこから来たんだろう? 一応、探せばもしかしたらこの世界にも知らない言語はあるかもしれないけど、そんな秘境から来たとでもいうのだろうか。
「困ったな……」
流石に、言葉がわからないんじゃどうしようもない。
恐らく、こちらの言葉の意味がわかっていないから、離れようとしないんだろう。
一緒にいることで、毒に侵されると知っているなら、少しくらいは距離を置くはずだしね。
「ヴィオ、この少女と一緒に行動してからどれくらいですか?」
〈一週間くらいですな。早ければ、そろそろ毒が回ってきてもおかしくない頃合いなので、何とかしていただけたらと思ったのですが……〉
「ふーむ」
こちらの言葉が伝わらない以上、何とかするんだったら無理矢理引きはがすくらいしかないと思うけど。
可哀そうではあるけど、それで命が失われる方がダメだし、多少泣かれたりするくらいは許容しないといけないかもしれない。
「この子の容態も詳しく見たいし、一度引き離してもいいかな?」
〈吾輩としては、そうしてくれた方がありがたいですな。懐かれるのは構いませんが、それで死なれたら困るのです〉
「それじゃあ、ちょっと失礼するね」
未だに警戒している様子の少女に近づき、腰に手を回す。
少女は、自分が引き離されようとしていることに気が付いたのか、嫌々と首を振るが、今度はそれでもやめない。
必死にヴィオの体にしがみついているが、力自体は強くないのか、ちょっと力を籠めればすぐに離れてくれた。
後は、一回竜人の里に連れて行って、医者に診てもらったりできればいいんだけど。
「***!」
「ちょっと大人しくしててね……」
「***!」
「暴れないで……ッ!?」
抵抗する腕を抑え込んで、連れて行こうとしたその時、不意に殺気を感じて首を捻った。
その瞬間、先ほどまで頭があった場所の空間が歪み、物凄い力で圧縮されたのである。
もし、あのまま首を捻らずにいたら、その力で頭が潰されていたかもしれない。
い、今何をした? この子の能力なのか?
「ハクお嬢様、下がって!」
とっさに、エルが割って入り、私と少女を引き離す。
他の竜達も、攻撃されたことは理解したのか、臨戦態勢に入った。
エンシェントドラゴン達の威圧は、そこら辺の魔物と比べれば針のように鋭い。
その激しい威圧に当てられた少女は、瞬く間に委縮し、そして意識を失った。
「おっとと……」
地面に倒れかけたのを、間一髪のところで受け止める。
流石に、気を失っている状態では先程のあれは発動しないのか、再び空間が圧縮されることはなかった。
「ハクお嬢様、ご無事ですか?」
「う、うん、大丈夫。でも、さっきのは一体……」
「恐らく、魔眼の一種かと」
「魔眼か……」
確かに、この世界にも魔眼というものは存在する。
知っている人だと、ルナさんとかシュナさんとかだろうか。
持っていること自体が希少なものではあるけど、まさかこんな少女が持っているとは思わなかった。
どんな魔眼かはわからないけど、空間を圧縮していたから、圧縮の魔眼、みたいな感じだろうか?
とにかく、あんまり敵対的な行動を取ると、魔眼によって殺されてしまう可能性が出てきてしまった。
「……とりあえず、お父さんに相談しようか」
こんな危険物をこのままにしておくわけにはいかない。
幸い、今は気絶しているし、ヴィオから引き離しても特に抵抗されることはないだろう。
お父さんの判断を仰いで、どうするか決めるべきだと思う。
そう思って、私は少女を抱えながら、お父さんの下に向かった。
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