第百六十七話:毒竜と少女
翌日。私はエルと一緒に竜の谷を訪れた。
お父さんに、またあちらの世界に行くことを伝えるためだったんだけど、竜の谷に着いてみると、なんだか騒がしいことに気が付いた。
いつも出迎えに現れるホムラも来る様子がないし、何かあったんだろうか?
「ライ達の気配を感じますね。平原に集まってるみたいですが……」
「エンシェントドラゴンが集まってるなんて、ただ事じゃないね」
エンシェントドラゴン達は、基本的にそれぞれの大陸の竜脈の管理を任されており、竜の谷を訪れるのは、定期連絡の時くらいである。
まあ、私が復帰した当初は、私見たさに何度か訪れていたことはあったようだけど、今ではそれも落ち着いてきたはずだ。
なので、エンシェントドラゴン達がみんな集まっているのはおかしなことではある。
ホムラも来ないし、何かあったのは間違いないだろう。
「とりあえず、行ってみようか」
別に、平原が荒らされているとか、そういうことはないようなので、何者かが襲撃してきた、とかじゃなさそうだけど、気になるので行ってみる。
さて、何が起こっているんだろうか?
「あ、いたいた。おーい」
〈むっ!? ハク殿下、来てはなりませぬ!〉
空を飛び、みんなが集まっているところを見つけたが、声をかけた瞬間、リヒトが凄い勢いで飛んできて、とうせんぼをしてきた。
いきなり突撃してきたこともあって、若干警戒したけど、別に敵意を感じるわけではない。
エルも訝しげな顔をして、リヒトのことを見ていた。
「リヒト、どういうことですか?」
〈今、この場所は危険ゆえ、ハク殿下にもしものことがあってはなりませぬ!〉
「危険って……」
そう言われて、とっさに辺りを見回してみたが、特に危険そうなものは見受けられない。
まあ、戦闘力と言う意味では、エンシェントドラゴンが一堂に会しているのだから、危険と言えば危険かもしれないけど、皆が私に危害を加えるはずもない。
……あれ、よく見てみると、一人多いような?
ライ、エリアス、シルフィ、アース、ホムラ、リヒト、ネーブルと来て、もう一人いる。
ドラゴンであることには違いないのだろう。ただ、その見た目は独特で、全身に茸のようなものが生えているのである。
体色も、茸の笠の色と似ていて、赤茶色であり、翼膜には赤色に白の斑点がついている。頭にも大きな茸の笠をかぶっているような形であり、まるでドラゴンに茸が寄生しているようなそんな姿だった。
〈おいおい、それだけじゃわかんねぇだろ〉
「ホムラ、何があったの?」
とにかく近づいてほしくない様子のリヒトの後ろから、ホムラがやってくる。
状況的に、あの茸ドラゴンが危険って話なんだろうけど、別に敵意は感じない。
強いて言うなら、全身の茸から胞子のようなものが舞っており、近づいたら咳き込みそうだなってくらいか。
〈おお、珍しくヴィオのおっさんが来ててな。それでみんな集まってたんだ〉
「ヴィオ?」
はて、どこかで聞いたような……。
どこだったかな。
「なるほど、確かにヴィオがいるなら、むやみに近づくのは危ないかもしれませんね」
「どういうこと?」
「ハクお嬢様、以前話したエンシェントドラゴンのことを覚えていますか?」
そう言って、エルはエンシェントドラゴンについて話し出す。
エンシェントドラゴンは、一万年以上を生きた古いドラゴンであり、現在の竜達のまとめ役のような形となっている。
現在残っているエンシェントドラゴンは11人いて、お父さんを始めとして、ここにいる7人とエル、残りがルフトとヴィオである。
ルフトに関しては、以前修学旅行に行った時に、リヒトを巡って一悶着あったエーセン王国の担当をしている竜である。
空間を司る竜であり、長年放置され続けてめちゃくちゃになった竜脈を直すには、それ相応の技術が必要と言うことで選ばれた、いわばエリートだ。
直接会ったことはないけれど、順調に竜脈を整備しているようなので、エーセン王国も近いうちに復興するとは思う。
まあ、復興と言っても、今更以前の土地に戻るかと言われたらわからないが。
で、最後の一人が毒竜であるヴィオである。
毒竜の名の通り、常に微弱な毒素を排出しているようで、竜ならともかく、竜人はそれを無効化する手段を持たないので、竜の谷から距離を置いていると聞いたことがある。
となると、毒に侵されたらまずいから近づくな、ってことなのかな?
「なるほど、話はわかったよ」
〈まあ、確かにハクは精霊が混ざってるし、精霊は毒には敏感だから、耐性があるとは言っても何かしらの悪影響がある可能性はある。だから、近づかない方がいいに越したことはないけどな〉
「だから止めてくれたんだね」
〈はい。ご無礼は承知ですが、どうか近づくことはなきよう〉
その気になれば、たとえ毒にかかっても解毒することはできそうだけど、まあならない方がいいに越したことはない。
しかし、わざわざ竜の谷から距離を置いていたヴィオが、なんでここに来ているんだろうか?
「それで? なんでヴィオがここに来てるんですか?」
〈それに関しては、吾輩の方から説明した方が良かろう〉
ヴィオの方も、とっくにこちらの方に気が付いていたらしい。
茸の笠の下から覗く垂れ目がこちらを見上げていた。
私はエルと顔を見合わせた後、ひとまず地上に降りる。
リヒトから、近づくなと言われたので、若干距離が離れているのが気になるけど、話をするくらいなら問題はないだろう。
〈さて、まずはお初にお目にかかる、ハク殿。エンシェントドラゴンが一体、毒竜ヴィオでございます。以後、お見知りおきを〉
「あ、ご丁寧にどうも。ハクです、よろしくお願いします」
〈それで、吾輩がここに来た理由ですがな……〉
そう言って、ヴィオは翼を軽く上に上げる。
すると、その下から、一人の少女が現れた。
〈知っての通り、吾輩の体から溢れる胞子は、微弱な毒を含んでおります。竜ならばともかく、人が吸えば数週間から数ヶ月で死に至るものです。ですが、なぜかこの子に懐かれてしまいましてな……〉
ヴィオが言うには、この少女はヴィオが住む森でたまたま見つけたらしい。
ヴィオがいる場所は、排出される毒素によって浸食され、とてもじゃないけど人が住めるような場所にはならないらしい。
だから、本来は人が入り込むような余地はないのだけど、なぜだかこの少女はそんな森に倒れていたようだ。
放置してもよかったが、珍しかったのと、このまま見殺しにするのも忍びないということで、助けた結果、こうして四六時中くっつかれて離れてくれなくなってしまったらしい。
ヴィオの毒は、すぐに影響が出るタイプではないため、数週間、長ければ数ヶ月一緒にいても大丈夫ではあるが、それでも悪影響があるのは確実である。
このままでは、せっかく助けたのに、自分の毒によって殺してしまうと考え、何とか人里に帰そうと思ったが、少女はかたくなに離れようとしなかったようだ。
困ったヴィオは、ここならばなんとかしてくれると思い、こうして竜の谷を訪れた、と言うことらしい。
色々気になることはあるけど、確かにこのままでは少女の命が危ないのは確かだろう。
これはどうにかしてあげないといけないと思い、私はひとまず少女に話しを聞くことにした。
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