幕間:革新的な理論
ロードレスのとある魔法の研究者の視点です。
今回の学会発表に置いて、ある革新的な発表が話題になった。
それが、オルフェス王国所属、宮廷魔術師ルシエル殿による発表である。
その発表では、魔法の新たな使い方として、魔法陣を直接思い浮かべることにより、高速かつ正確な魔法の発動を可能にする画期的な方法が示されていた。
魔法は、基本的に詠唱を必要とする。優秀な魔術師になれば、詠唱短縮や詠唱破棄なんかもできるが、それを行うとしても、詠唱を覚えることは必須であった。
それが、まさか魔法陣を思い浮かべるだけで魔法が発動するなど、誰が思うだろうか。
魔法陣は、確かに何か意味のあるものだと考えられてきた。
他の国ならば、魔法陣は魔法を発動する際の指標のようなもので、相手に魔法の発動を察知させてしまう欠陥だと言われることもあるが、我々はそうは思わない。
そもそも、古代魔法の一種である転移魔法陣だって、魔法陣を描くことによって効果を発揮するのだ。魔法陣が何かしら重要な役割を担っていることは考えればすぐにわかることである。
魔法陣には、幾何学的な模様が描かれていることから、恐らくこれが何らかの意味を持っているのだろうと考えられてきたが、それを解読できた者は今までいなかった。
だからこそ、一部の魔法陣以外は使用されてこなかったのである。
だが、ここに来て一つの希望が降り注いだ。
あの発表は、魔法陣の意味を理解できていなければ到底成しえることができないものである。つまり、ルシエル殿は魔法陣の模様について、何かしらの規則性を見つけたということだ。
「誰か、質問で聞きだせた者はいるのか?」
「いや、いない。ルシエル殿も、私はそこまで理解しているわけではないと謙遜なされていた」
「そもそも、この発表は自分の功績ではなく、一緒にいたハク殿の功績だとも強調していたな。一体あの娘は何者なんだ?」
「登録上は、ルシエル殿の弟子と言うことになっているな。実際、魔法の腕は確かなようだし、子供にしてはよくできた子だとは思うが」
「恐らく、ルシエル殿は自らの功績が広がることを望んでいないのだろう。だから、影武者としてハク殿を立てた、そういうことじゃないか?」
「歴史的な発見だというのに、なんと謙虚な」
質問時間はおろか、発表会が終わった後も、何人もの人が質問に訪れたが、ルシエル殿は結局詳しいことを話してはくれなかった。
終始、ここにいるハク殿のおかげです、と繰り返しており、決して自分の功績だとは語らなかった。
ならばとハク殿にも質問を投げかけたが、ハク殿も発表者はルシエル殿だからと答えることはなかった。
まあ、恐らく知らないからそう答えるしかなかったんだろうが、そう考えるとやはりルシエル殿は何かを知っているはずなのである。
なぜ教えてくれないのか、我々には理解ができなかった。
「一度オルフェス王国に赴いて、直接問いただしてみるのはどうだろうか」
「やめておけ。元々話す気なら、今回の発表で話しているだろう。それでも話さなかったということは、秘密にしておきたい理由があるということだ」
「ふーむ、すでにオルフェスに置いて重要な戦略の一つとなっているから、防衛の観点から話せない、と言うことだろうか?」
「その可能性はあるかもしれない。なにせ、あの発表が本当だとすれば、誰にでも強力な魔法が使えるということになるのだから」
もちろん、魔力の量による威力の違いなどはあるだろうが、それでも魔法陣を覚えられさえすれば、誰にでも魔法が使えるということである。
それを防衛の一つとして取り入れているのなら、確かに話せない理由としては十分だろう。
「なあ、本当にハク殿が考えた理論と言うことはないのか?」
「ないだろう。確かに聡明な子ではあったが、魔法の理論を思いつけるかと言われたら、そんな風には感じられなかった」
「しかし、一緒にいたメイドらしき少女は、ルシエル殿ではなく、ハク殿に従っている様子だったではないか。メイドとは言っても、その魔力の量は常軌を逸していたし、理論を考えたのがルシエル殿であるなら、護衛役としてルシエル殿に従うのが筋ではないか?」
「確か、エル殿だったか。私の聞いた話では、始まりの貴族であるエンロット様に気に入られたのだとか。始まりの貴族が認めるほどなのだから、魔法にかなり明るいのは確かだろうな」
「単純に、エル殿もルシエル殿の弟子と言うことではないのか? どちらも魔法に秀でているのは確かだし、不思議はないと思うが」
「それならますますルシエル殿に付き従わない理由がないだろう。ハク殿には何かあるのではないか?」
「うーむ、とてもそうは思えんが」
あの理論を考えたのが本当にハク殿だったとして、ではなぜ話さないのかと言う疑問は残る。
完全に理解していないから? それとも、ただの勘でやっているんだろうか。
いや、それにしては理論が整然としすぎている。何かしらの規則性を見つけたのは間違いない。
そうでなければ、わざわざサンプルだと言って魔法陣の描き写しを配ったりするものか。
「この魔法陣、どう思う?」
「本人はファイアボールの魔法陣と言っていたが、こんな魔法陣ではなかったというのは理解できるぞ」
「確かに、模様の形が全然違う。本当にファイアボールが発動するのか?」
「実際に試してみましたが、確かに発動しましたよ。と言っても、ファイアボールとは比べ物にならない威力でしたが」
「それは劣っているという意味で?」
「いや、逆です。とてつもなく威力が高かった。しかし、それでいて魔力の消費は初級魔法と同じまま。正直言って、ありえないことです」
「やはり魔法陣を理解して、何かしらの細工を加えているということなのだろうか」
発表では、魔法陣には模様と文字、そして色によって効果が決まっているという話をしていた。
そもそも、ぱっと見でどれが模様でどれが文字なのかがわからないが、発表を聞く限りは、これがそうなのだろう。
模様と文字、色を正しく配置することで、思い通りの魔法陣を作ることができる、と言うのは流石に言いすぎかと思っていたが、こうして実物を見せられると本当なのかと思ってしまう。
初級魔法並みの魔力の量で、中級魔法以上の威力を出せるなんて、ぶっ壊れもいいところだ。
これが当たり前になれば、魔法の戦い方は一変するだろう。
ふと思ったのは、戦争に置いての利用法である。
もし、消費が少なく威力の高い魔法を連発できるのなら、それだけでかなりの強みとなる。
魔法はたとえ初級魔法でも、人を殺せるほど威力が高いものだ。
それが大量に飛んでくると考えたら、近接兵など何の役にも立たなくなってしまうだろう。
もしかしたら、それを危惧して、あえて模様について詳しく話さなかったのかもしれない。
こうして配られたサンプルを広めるだけでも、相当な戦力になる気はするが、これをものにしているオルフェスなら、十分に対抗できるだろうし、これくらいはサービスってことなんだろう。
そう考えると、そもそも発表してくれたことが奇跡と呼べるようなものだ。
よっぽど平和主義者なのか、それともそんな可能性を考えていないのか、いずれにしても、これに関しては手放しに広めるべきではないのかもしれない。
「とにかく、今回の論文は、持ちだし禁止としよう。十分な確証が得られるまで、保管することにする」
「それがいいでしょう」
「異論はない」
魔法の探究こそが我々の務めではあるが、流石に一気に時代を進めすぎる可能性がある。
研究の一つとして調査するのはありだろうが、これを各国に広めるのは待った方がいいだろう。
サンプルに関しても、回収した方がいいかもしれない。すでに何人かは覚えていそうだが、やらないよりはましだ。
そう考えながら、次の議題へと移るのだった。
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