幕間:下級貴族のお茶会
転生者のお嬢様、アリシアの視点です。
普段は剣の鍛錬でくらいしか利用しない庭を丁寧に飾り付けていく。
テーブルクロスをかけたテーブルを持ち出し、日が当たらないように傘を差す。
紅茶はこれでいいだろうか。ティーカップも人数分あるかちゃんと確認する。
「ふぅ、これくらいでいいかしら」
慣れない作業に四苦八苦しながら揃えた会場は中々の出来栄えとなっていた。
これなら下級貴族のお茶会くらいには見えるだろうか? やったことないからわからない。
まあ、今回呼ぶのは貴族ではないし、多少のことでは何も言わないとは思う。いや、一人だけ貴族がいるけど、あの人はそんなことを気にするような人ではないだろうから大丈夫。
手伝ってくれたメイドにお礼を言いながら招待客が来てくれるのを待つ。
今日はお茶会。貴族が開くような大仰なものではなく、本当に個人的な集いのものだ。でも、剣爵とはいえ一応貴族だから形だけでもそれっぽいのを用意しないといけないのは困りものだ。
なぜ急にこんなことをしようと思ったのかといえば、建前上はサリアに友達ができたお祝いということになっている。
サリアは人をぬいぐるみにする能力を持ち、その能力故に今まで友達がいなかった。
それを解決したのがハクだ。
ハクは彼女の埋めきれないほどの心の傷を埋めてみせた。おかげでサリアはすっかりハクに懐き、最近はいつも一緒にいる。
最初こそハクをぬいぐるみにしたとんでもない悪党だと思っていたけど、理由を聞いて少し同情したせいか今ではそこまで悪く思ってはいない。まあ、ちょっと悔しくはあるんだけど。
サリアを祝うのが建前というのはここに理由がある。
サリアはハクと正式に友達になった。そのせいか、今では名前は呼び捨てで呼び合っているし、ハクの喋り方もかなり砕けたものになっている。
姉であるサフィさんと仲がいいのは当然として、命の恩人である妖精のアリアともかなり親しい間柄のように見える。
それに比べて自分はどうだと思ったのだ。
別に嫌われているわけじゃない。同じ転生者同士打ち解けあったし、同じ道場に通う仲間でもある。でも、やっぱり何か距離を感じてしまうのだ。
その原因の大半はハクの喋り方にある。
ハクは友達に対しては砕けた喋り方をするが、それ以外の人に対しては基本的に敬語で話している。
道場で話している時は多少なりとも敬語が無くなってきたかなと思うことはあるけど、俺に対しては未だに敬語が多い。
俺は本当の意味でハクに友達と思われていないのではと思ってしまったのだ。
多分、ハクにそんなつもりはないとは思う。だけど、周りの人に対してみんな砕けた喋り方で接している中、自分だけ敬語ではなんだか悔しい。
今回のお茶会はハクにもっと自分を知ってもらい、より親密な仲になろうというのが本音の理由だ。
「早く来ないかしら……」
会場のセッティングはもちろん、身だしなみもいつも以上に意識した。準備は何も問題ないはずだ。
逸る気持ちを押さえながら待つこと一時間ほど。執事が来客を知らせてきた。
来た来た。早速お相手しましょうか。
「こんにちは、アリシアさん。今日はお招きいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ来てくれて嬉しいわ。さあ、こちらへどうぞ」
今回呼んだのはハクと姉のサフィさん、主役のサリアと後ミーシャも呼んでいる。
ミーシャにはなんだかんだでお世話になったからね。ハクとサフィさんが参加するって聞いたら目の色変えて飛びついてきたのはちょっと引いたけど。
丁寧に頭を下げるハクにお辞儀を返し、早速庭へと案内する。
ちらりと反応を伺ってみるが、ハクの表情は変わらなかった。
ともすれば怒っているようにも見えるけど、そんなつもりがないのは何となくわかっている。というか、表情を変えるのが苦手なんじゃないかなと思う。
俺と初めて会った時も同じ表情だったし、道場で会った時もそうだった。疲れてもほとんど変わってなかったし、あれはもう体質かなにかなんだろう。
無表情キャラも可愛いけどね。
全員を席に座らせ、自慢の紅茶を振舞う。いつもはメイドが淹れてくれるけど、この日のために練習してきたのだ。
小皿に盛ったお菓子も勧め、最後に自分のカップにも紅茶を注ぐ。
あ、ちょっと足りない。……まあいいか。
「サリアさんに晴れて友達ができたこと、嬉しく思います。よかったですね、サリアさん」
「ハクのおかげだ。ありがとな、ハク」
「放っておけなかったからね」
静かに紅茶を口に運ぶハクの腕にサリアが絡みつく。
仲がいいのはいいけど、サリアの場合はちょっと過剰だ。
ハクはあまり気にすることなく紅茶を飲んでいるけど、隣に座るミーシャを見てみなよ。鬼のような形相でサリアを睨んでいる。
ハクが紅茶を置くタイミングを見計らって反対側の腕にミーシャが絡みつく。甘えるように頬ずりしているが、その視線はサリアの方を向いたままだ。威嚇するようにシャーッと小さく声を出している。
対するサリアはそんな視線に気づいていないのか、マイペースにスリスリしているだけだ。
ハクは転生者で、しかも前世は俺と同じく男だったというのは聞いている。両手に花なんだろうが、ハクは少し迷惑そうにしていた。
まあ、ハクに懐くのはある意味必然とも言える。なんせハクは顔がいいし、性格もいい。
庇護欲をそそる外見でありながら物腰は丁寧。それに、相手を助けるためなら自分の身を顧みずに飛び出していく勇敢さもある。
ハクでなければサリアは助けられなかっただろう。少なくとも俺には無理だ。
見た目だけ取ってみても白磁のような白い肌、半分ほど閉じられた瞼の裏に覗くエメラルドグリーンの瞳、肩ほどの長さの銀糸のような美しい髪。中身が男だってわかっていてもドキッとしてしまうような儚げな可愛さを持っているのだ。
俺が男のままだったら間違いなく求婚してるね。
「あの、離れてくれませんか?」
「嫌ですハク様」
声色こそ落ち着いているが、ミーシャの威嚇は止まらない。それどころか、離すまいとより強く腕を抱き寄せていた。
ハクは困ったようにサフィさんの方を見る。
紅茶を啜りながら微笑まし気に見ていたサフィさんだったが、その視線に気が付くとふっと息をつきながらミーシャを引き離した。
「ほら、ハクがお菓子を取れないでしょう?」
「ああ、サフィ様! しかしあの女狐が!」
「ん? 狐がいるのか?」
バタバタと暴れるミーシャにきょろきょろと視線を彷徨わせるサリア。
サリアはとことんミーシャの敵意に気が付いていないらしい。鈍感というかなんというか、ここまでくるとある意味強いな。
「ミーシャさん、先日は手伝ってくれてありがとうございました」
「え? ああ、あれくらいなんてことないわ。こっちこそ、手伝ってくれてありがとね」
ひとまずここはミーシャの怒りを鎮めることが先決だろう。
俺が話しかけるとひとまず威嚇を収めてくれた。
サリアとハクを追ってダンジョンに足を運ぶ途中、偶然にも出会ったのがミーシャだった。
ミーシャの名前は一応聞いていた。闘技大会の優勝者だという触れ込みだったから、力を貸してくれたら心強いと思っての誘いだったのだが、案外馬が合い、あれ以降も少なからず交流している。
俺は剣の腕においてはかなりの自信があるけど、基本的に待ちの戦法が多い。相手の出方を窺って、それに合わせて動くやり方だ。だけど、それだけだと決め手に欠けるというのがあった。
今の身体は女だから当たり前かもしれないけど、俺には筋力があまりない。一応身体強化魔法で底上げしてはいるが、それでも力不足は否めなかった。だから、あのオーガロードみたいな再生能力を持つ相手は天敵とも言えた。
だけど、ミーシャの手助けのおかげでかなり戦いやすかった。
足りない手数をミーシャが補い、攻撃の隙も作ってくれた。案外、コンビを組めばいいところまで行けるかもしれないなと思った。
まあ、お父様は俺のことを騎士にしたいみたいだから冒険者として一緒に活動することはないだろうけど。
「アリシアって貴族なのよね? どうしてあんなに強いの?」
「これでも小さい時から修行してますからね」
「にしたって凄いと思うけど。下手したら私より強いんじゃない?」
俺は剣の才能に恵まれていた。この世界が剣と魔法のファンタジー世界だって知った時はそれはもう興奮したものだ。
女の身でありながら剣を振るのには最初こそ両親は反対していたけど、俺が才能を見せつけると応援してくれるようになった。
まあ、転生と言ったら転生特典が付くのがテンプレだし、俺の場合は剣の才能ということだったんだと思う。別に前世で剣術を学んでいたってわけでもないのに剣を握った途端使い方が手に取るように分かったのはそういうことでもない限り説明がつかない。
ミーシャはBランク冒険者で、世間では上級冒険者と呼ばれるエリートだ。今の時点でその人から見て自分より凄いと言われるほどなら将来はもっと強くなれるかなぁ。ちょっと楽しみになってくる。
「まさか、私なんてまだまだですよ」
本来なら守られる存在である俺がBランク冒険者より強いというのは誇らしいが、俺はこのままで満足する気はない。
そういった意味を含めて返すと、感心したようなそぶりを見せて黙り込んでいた。
「アリシアさんは十分強いと思いますよ」
「え? え、ええ、ありがとうございます」
不意にハクから褒められて少したじろぐ。
剣の才能に恵まれた俺とは反対に、ハクは魔法の才能に恵まれている。
全属性を扱えるし、魔力も相当なものだ。先のオーガ騒動ではたった一人で数百体のオーガを屠っている。
俺も魔法は使えるが、基本的なことしかできないし、ハクのことを羨ましく思うこともある。せっかく魔法が使える世界なのだから、魔法チートの方がよかった気がしないでもない。まあ、使えるだけましだけどさ。
……ってそうじゃなくて!
このお茶会の目的はハクともっと仲良くなることだ。具体的には敬語を使わずに話したい。
せっかくハクの方から話しかけてくれたのだ、このチャンスを生かさなくてどうする。
「えーと、ハク?」
「なんでしょう?」
「その……私が貴族だから遠慮しているということならその必要はありません。敬語じゃなく、普通に話してくれていいんですよ?」
「えっ? ですが、失礼じゃないですか?」
「き、気にしないでくださいな。私も普通に喋りま、喋るから……は、ハク?」
……ちょっと強引すぎただろうか。
いたたまれなくなって顔をそらしてしまう。ちらちらとハクの顔色を窺ってみるが、そこにはいつもの無表情が張り付いているだけだった。
くっ、こういう時はわかりにくい……。
ドキドキしながら返事を待っていると、柔らかな口調が返ってきた。
「……わかった。それじゃあ、アリシアって呼んでいい?」
「う、うん! よ、よろしくね」
我ながら挙動不審すぎるとは思う。でも、いざお友達になりましょうと言おうと思うとなかなか恥ずかしいものだ。
そもそもハクにとって私はもう友達のようなものだっただろう。そうでなければ私を頼ってきてはくれなかっただろうし、今回のお茶会にだって来ない可能性もあった。
だからいまさら何言ってるんだと思ったに違いない。でも、普通に喋り合うというのは俺の中で友達の最低条件だから突き通した。
僅かにハクの口角が上がっている。多分、笑っているのかな? そんな気がする。
言いたいことが言えて、それが受け入れられてようやく肩の荷が下りた気がした。
俺はハクの友達にようやくなれた。
そう認識するとなんだか嬉しくなって、自然と笑みが零れてきた。