幕間:天才の理論
始まりの貴族の娘、フランの視点です。
ハクが学会発表を終え、この町を去ってからしばらくが経った。
いつものように、学園に通い、魔法の授業を受けていく毎日。
以前なら、これが当たり前の光景だったし、今でも特に不満があるわけではないけれど、ハクから教えられた魔法陣のことを考えると、なんだか意味があるのかと疑問に思うようになってしまった。
いや、意味がないなんてことはないだろう。
魔法を扱うには、基本的に詠唱が必要不可欠であり、それはたとえ詠唱破棄をする場合であっても、頭の中に思い浮かべる必要があるから変わらない。
中には、独学で詠唱を考えるような凄い人もいるけど、そんなのは一部の天才達だけだろう。
だから、新たな魔法を覚えるには、こうして学んでいく機会が非常に重要なのだ。
「……とは言っても、やっぱり威力は見劣りするわよね」
新しい魔法を覚えることは重要だし、できることを増やしていくのは魔術師として必要なことである。
ただ、やっぱり考えてしまうのが、ハクの魔法との差である。
ハクに教えてもらった魔法は、非常に高威力且つ、魔力もそこまで消費しない、素晴らしいものだった。
中級魔法を使う感覚で上級魔法を放つことができると考えれば、それがどれだけ破格なことかわかるだろう。
もちろん、それを行うにはそれ相応の記憶力が必要になってくるけど、逆に言えば、覚えられさえすれば、誰にでも同じようなことができるというわけである。
詳しいことは、学会の発表で聞かせてもらったけど、一体どんなものを食べたらあんな発想が出てくるかわからない。
そもそも、魔法に置いて、魔法陣を重要視する場面はあまりない。
大きな魔法を使う際の儀式魔法や、刻印魔法なんかではたまに使うけれど、普段使いの魔法で魔法陣を重要視することはないだろう。
もちろん、儀式魔法に使われるくらいだから、魔法陣をただの魔法を使う際の隙と捉える人は少ないけれど、だからと言って魔法陣の模様の意味を理解できる人などいなかった。
儀式魔法も、ほとんどは古代魔法を参考に作られたものであり、基本形はほとんど昔と同じままである。
一応、今までの歴史の積み重ねによって、ある程度の改良はされてきたけれど、それで改良できたのはほんの一部でしかない。
それもこれも、模様の意味がわかっていないからであり、それを当然のように理解して、あまつさえ改造するようなハクは、規格外もいいところなのだ。
「あの発表以降、皆もすっかりはまっちゃってるようだし、ほんとにとんでもないことをしてくれたものだわ」
流石に、いくら有用とはいえ、まだ実験ができたわけではない。
ハク、というかルシエル様の発表には、皆を納得させられるだけの説得力はあったけれど、それを実証したのは恐らくハク達だけ。
学会としては、これが本当に正しい理論なのかどうかを実験して把握する必要があるし、それ故に学園でもまだ授業に取り入れられてはいない。
ただ、ハクは魔法陣のサンプルとして、いくつかの魔法陣を描き写したものを残していった。
それは、あの発表を聞いていたほとんどの人に配られていて、それを使って魔法陣を覚えようと実践する人がたくさん出たのである。
おかげで、授業そっちのけで魔法陣に熱中する人まで出てきて、先生は大変そうだった。
「まあ、おかげでロイへのいじめもすっかりなくなったからいいんだけど」
ハクが残していったものがあまりにも大きすぎて、ロイのことをいじめようなんて考える輩はいなくなった。
と言うより、いつの間にか副学園長は降格して、掃除係になっていたけれど、これももしかしたらハクが何かしたのかもしれない。
副学園長からの指示は実質的になくなり、いじめに前向きだった人もハクが残していった魔法陣によって興味を失くした。
これでようやく、安心してロイも学園に復帰することができるだろう。
まだ休学中にはなっているけど、そのうち戻ってくるとは思う。
「フラン様! ルシエル様の弟子に魔法の手ほどきを受けたって本当ですか!?」
授業を終え、ぼーっと窓を眺めていると、友達の何人かがそう話しかけてくる。
今、彼らの話題の中心は、あの発表で明らかになった魔法陣のことだから、どこからか噂を聞きつけてきたのかもしれない。
私も、あれから練習を重ねて、それなりに扱えるようにはなってきた。
それに、ハクのことはもっと積極的に広めていくつもりである。
ロイを助けてくれたのもあるし、純粋に魔法の新たな可能性を示してくれたハクには、この町で有名になって欲しかった。
だから、私はその問いに対して堂々と答える。
「ええ、本当よ。いくつかの魔法陣を考えてもらったわ」
「考えてもらった!? 既存のものじゃなくて?」
「そう。オリジナルのものね。私の他にもロイも貰っていたけれど」
「ロイって、あのロイですか? うわ、まじかぁ……」
何人かはロイの名前を聞いて気まずそうな顔をしている。
話を聞きたいけれど、ロイは今までいじめてきた相手である。
どういう顔で会えばいいのかわからないってことなんだろう。それに、ロイが魔法陣を習得して、自分達より強くなっていたら、逆襲されないかと言う心配もあるのかもしれない。
私も、直接いじめてはいないものの、指示を出していたのは間違いないし、その対象になるかもしれないけど……後でちゃんと謝っておいた方がいいかもね。
「ふ、フラン様、ロイに話をつけてもらうことは……?」
「それは自分でやりなさいな。私だって、まだ許してもらったわけじゃないし、謝りに行くなら一緒に行く?」
「ぜ、ぜひ!」
元々、ロイのいじめに対して肯定的だった者はそこまで多くない。
私がいじめをし始めたことによって、なし崩し的にいじめに加担していた人がほとんどであり、いじめを楽しんでいるという人は稀だった。
まあ、中には今更ロイに謝るなんて、と思う人もいるかもしれないけど、今のロイなら多少ならば撥ね退けることもできるだろう。
なにせ、ロイは私以上にハクからの魔法陣を吸収している。上級魔法だってポンポン撃てるし、それを見れば見る目も変わるだろう。
謝りたいのなら、今のうちにみんなで謝ってしまった方がよっぽど楽である。
ロイなら、多分許してくれると思うしね。
「また来てくれるかしら」
今度ハクが来るようなことがあったら、是が非でも取り込みたいところではある。
と言うか、私の家であるグラム家はもちろん、他の始まりの貴族も、ハクやルシエル様を取り込みたいという考えのようで、実際学会発表の時も勧誘が凄かった。
まあ、流石にルシエル様は宮廷魔術師だから、引き抜くのは外聞が悪いけれど、その弟子とされているハクならば、そこまで角も立たない。
だから、みんなハクを手に入れようと必死なのである。
ハクは、また来るみたいなことを言っていたけれど、誘拐でもされなきゃいいんだけど。
まあ、その時は私が助けに行くけどね?
次にハクが来るのが楽しみなような、そうでないような、そんな気分になりながら、学園生活を満喫するのだった。
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