第百六十五話:学会発表
翌日。後日また話そうと言っていたエンロットさんが、宿舎に突撃してきて一悶着あったが、発表会の準備があるということで何とかお帰りいただき、慌ただしく準備を済ませていると、すぐに発表当日となった。
会場となるホールには、多くの人々が集まり、それぞれの発表に聞き入っている。
発表の際には、あの時使っていたスクリーンの魔道具を応用して、資料をスクリーンに大きく映し出しており、声もマイクのような特性を持つ魔道具によって広い会場内に届けている。
私達の順番は最後の方なんだけど、他の人達の発表も、なかなかに興味深い。
基本的に、魔法は攻撃手段と言う側面を持つことから、研究される内容は、いかに高威力の魔法を放てるようにするか、あるいは安定して上級魔法を放てるようにするか、などが争点になることが多い。
この町の人達は、学生でも、優秀な人物なら上級魔法を安定して放つことができるような化け物揃いなので、逆に取り上げられないのではないかとも思っていたけど、魔法の基準となっているのは、この町ではなく、他の一般的な町を想定しているようだ。
この世界の魔法のレベルは、たとえ一般人でも、身体強化魔法くらいなら使うことは可能である。
ただ、攻撃魔法を扱うとなると、きちんと教育を受けていなければ使うことは難しく、何の教育も受けていない人が魔法の詠唱を知ったからと言って、それを唱えても満足な魔法は発動できない。
一般的な魔術師の話をするなら、初級、あるいは中級魔法を安定して放つことが可能であり、場合によっては上級魔法も使える、程度のものである。
まあ、地域によって多少の前後はあるだろうけどね。
なので、それを基準としてくれているので、私でも理解するのはそう難しくはなかった。
他にも、私が使っている生活魔法のような、魔法を攻撃ではなく、魔道具のような生活に役立つものとする研究だったり、属性の話だったり、面白いものは数多くあった。
これを聞けただけでも、学会に来た意味はあったかもしれないね。
「続いて、オルフェス王国の宮廷魔術師、ルシエル様による発表です」
感心しながら発表を聞いていると、ついに私達の番になった。
ルシエルさんの後について、私も壇上に上がる。
ちなみに、お客の中には、ハムールドさんやフランさん、それにエンロットさんにフルーシャさんの姿もある。
私が学会発表のために来たと言ったら、喜んで聞かせてもらうと言っていたからね。
もはや始まる前から質問したそうな雰囲気を醸し出しているけど、私は今回サポート役だ。
私に質問しても答えないからね。
「こほん、それでは、発表を始めさせていただきます」
スクリーンに資料も映し、ルシエルさんの発表が始まる。
あらかじめ、内容は確認しているので、特に疑問に思う場面はない。
ルシエルさんも、長い間私の魔法を習熟してきた稀有な人物である。
その理解度においては、私にも匹敵するほどかもしれない。
なので、特に心配するようなことは何もなく、発表はつつがなく進んでいった。
「……以上で、発表を終わります。何か質問はございますか?」
発表が終わり、そう言うや否や、多くの人物が挙手をしていた。
もはや、挙手と言うより、立ち上がって身を乗り出している人までいる始末である。
ルシエルさんも言っていたけど、私の考えたこの魔法の論理は、かなり革新的なものだった。
確かに、魔法陣を正確に思い浮かべなければならない関係上、戦闘時にとっさに使うという使い方は難しい。
しかし、魔術師は基本的に後衛であり、慌ててとっさに使う場面は少ないことから、これでも十分に有用と言えた。
なにせ、今まで魔法を発動するのに必要だったのは、詠唱と、イメージ力だったのだ。
詠唱はともかく、イメージ力は、実際にその魔法を使ったことがなければ想像することは難しい。
例えば、雷を落とすと言った魔法を使おうと思っても、実際に雷を見たことがなければ、それがどういう魔法なのかはわからない。
一応、詠唱は魔法陣を簡略化して発動させる効力があるみたいだから、詠唱さえそれっぽければ知らなくても発動自体はするけれど、その威力はかなり下がることになるだろう。
魔術師になるには教育が不可欠と言うのはそういう理由があるのだ。
何度も魔法を使って、それがどういうものかを把握し、自分のものにしていくという過程が必要になる。
しかし、私の魔法陣を思い浮かべる方式にする場合、イメージ力は必要ない。
魔法陣は、その魔法の取扱説明書のようなものであり、魔法陣さえ正確に思い出せれば、その通りの魔法が発動するので、イメージする必要がないのだ。
これは言い換えると、魔法陣を覚えられさえすれば、誰でも同じような魔法を放つことができるということである。
すなわち、魔術師の育成にかかる期間を大幅に短縮できるということに他ならない。
単純な戦力増強にも繋がるし、一般人でも護身用として覚えることで、大幅に生存力を伸ばすことができるかもしれない。
まあ、裏を返せば、戦争で悪用されたりしそうではあるんだけど、ひたすらに魔法の発展を願うこの町の人達は、それに気が付いていても悪用しようとは思っていない様子だ。
どうすればそんな正確な魔法が発動できるのか、魔法陣を覚える際のポイントは何か、魔法陣はどんな魔法にも対応しているのかなど、様々な質問が飛び交う。
それはあっという間に質問時間を食いつくし、司会の人が強引に収める形となった。
「なんだか凄いことになりましたね」
「ハク殿の考えた理論ですからな。当然と言えるでしょう」
「褒めても何も出ませんよ?」
「はっはっは。なに、私はこうして発表ができただけで満足ですよ」
発表会が終わった後、私達の下には多くの人々が押し寄せてきた。
むしろ、私達の後に発表を始めた人は、ろくに話を聞いてもらえず、涙目になっていたくらいである。
ハムールドさんやエンロットさんも、ぜひその魔法陣を教えて欲しいと凄い食いつきようだった。
元々、学会で発表した以上は、この内容は論文として記録に残る。
この町には、そう言った論文を読めるように図書館もあるし、有用だと判断したなら、書き写して販売とかもするかもしれない。
まあ、販売はやりすぎかもしれないが、この町に新たな風が吹き込んだのは確かだろう。
質問をすべて捌き終え、少し疲れた様子のルシエルさんに、私は労いの言葉をかける。
元はと言えば、ルシエルさんのちょっとした我儘から始まった今回の旅だけど、まあ、結果としては悪くなかったんじゃないかな。
ロイさんやフランさんと言った友達もできたしね。
「また気が向いたら、ここに来てもいいかもしれませんね」
「お、それは新たな魔法理論を開発する気と言うことですかな?」
「そこまでは考えてませんけど、発表を聞くために来てもいいでしょう?」
「なるほど。その時は、私もお供させていただきますぞ」
魔法の発展の町として、この町は面白いところがまだまだありそうだ。
場所も覚えたし、そのうち転移でふらっと来てもいいかもしれないね。
そんなことを考えながら、発表の疲れを癒すのだった。
感想ありがとうございます。
今回で第二部第五章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第六章に続きます。




