第百六十三話:不正の証拠
馬車を降りると、私はとある部屋へと通された。
エルはエルで別に案内する場所があるらしく、そうそうに離れ離れになってしまったが、まあ、私がついて行くのもおかしいし、ここは普通に言うことを聞くことにする。
「よくいらっしゃいました、ハクさん。わしが、この学園の学園長、フルーシャです」
出迎えてくれたのは、好々爺と言った感じのおじいちゃんだった。
白いひげを蓄え、杖を突く姿は、見ようによっては頼りなくも見えるが、私はどちらかと言うと、安心感のようなものを感じた気がした。
このおじいちゃん、多分凄い魔術師だと思う。
その証拠に、巧妙に隠されてはいるが、魔力の量がとんでもない。
流石に、私やエルのような、竜と比べたら少ないけど、一見人間に見えるのに、エルフなんじゃないかと見まがうほどの量を持っている。
どちらかと言うと、敵に回したくないタイプの人だ。味方なら心強いだろうけどね。
「いやはや、こちらのごたごたに巻き込んでしまって申し訳ない。本来は、こちらで対処すべきことだったのに」
「いえ、こちらこそ、変なちょっかいをかけてしまったようで申し訳ありません」
「ほっほっほ、なに、むしろいい刺激になりましたよ。年を取ると、行動を起こすのが遅くなって困ります」
そう言いながら、近くにあった椅子に腰を掛ける。
私にも、椅子を勧めてくれたので、とりあえず座ることにした。
「詳しいことは聞いてないんですけど、どうやって副学園長の悪事を明らかにするんですか?」
「それについては、こちらを見ていただけたらわかると思いますよ」
そう言って、フルーシャさんは壁に向かって魔力を流す。
その瞬間、壁一面が光を帯び始め、やがて何かの映像を映し始めた。
見たところ、どこかの会議室だろうか。ところどころぼやけてはいるが、見る分には特に不自由はしなさそうである。
「スクリーンの魔道具はご存知ですか? このように、離れた場所の現在の姿を映し出すことができる魔道具です」
「一応知ってはいます。つまり、これで観察して悪事を見抜こうって話ですか」
「そういうことです」
この魔道具、確かにオルフェス王国でも、闘技大会や学園のために用いられることはたまにあるけど、めちゃくちゃ高価な品である。
スクリーンが大きくなればなるほど、消費する魔力も増えるので、それに対応できるような魔石でなければ、何も映らないポンコツになってしまう。
壁一面とはいっても、それなりに広い範囲を、ここまで鮮明に映し出せるのは、流石魔法の聖地と言ったところだろうか。
魔道具に関してはあまり研究していないそうだけど、便利なものは取り入れるってことなのかもしれない。
「失礼します」
そうして話していると、扉がノックされ、誰かが入ってきた。
案内役と思われる人に先導されて入ってきたのは、二人の男女。
一人は白と紺を基調としたローブに、いかにも魔法使いって感じのとんがり帽子をかぶった妙齢の男性。
もう一人は、黒のドレスを身にまとい、丸眼鏡をかけた大人しそうな女性である。
誰だろうかと思ったけど、今回の目的を考えると、大体の想像はついた。
「ようこそいらっしゃいました、エンロット様。本日はわざわざご足労いただきありがとうございます」
「問題ない。私も最近のジルベルトの行為については思うところがあったのでな。本当に奴が使えるかどうかを見極めるいい機会だ」
「はい、どうかその目で、ジルベルトの真贋を見抜いてやってください」
そう言って、フルーシャさんは二人に椅子を勧める。
割と簡素な椅子ではあったが、二人は特に気にする様子もなく、ドカッと腰を掛けた。
「それより、そこの子は確か、ハクだったか? ロイの練習に付き合っていた子だろう、なぜここにいる?」
「ハクさんはエルさんの護衛対象ですから。エルさんを借りる手前、こうしてお呼びした次第です」
「なるほど。ハクよ、私はエンロットと言う。こっちは妻のハーベストだ。今回の件が終わったら、ぜひともエルに取材をさせてほしいのだが、いいか?」
「初めまして、エンロット様、そしてハーベスト様。私はハクと申します。エルから話を聞きたいのなら、後でそのように取り計らっておきましょう。今回はご協力いただきありがとうございます」
「うむ、頼んだぞ」
とっさに返したけど、エルのことが相当気になっている様子。
まあ、エルは実際に魔法を披露したらしいし、それなら興味を惹かれるのは当然か。
そうでもなきゃ、注意なんてしてくれなかっただろうしね。
せっかく協力してくれた人だし、話を聞くくらいはしてあげてもいいだろう。
もしかしたら、取り込もうとしてくるかもしれないが、その時は私が間に入って何とかしてあげればいい。
「さて、そろそろです。壁の方をご覧ください」
しばらくして、壁に映る映像に変化が訪れる。
入ってきたのはエルと、二人の男性。
一人は、あの時馬車で説明をしてくれたあの人である。
となると、もう一人が恐らくジルベルトさんだろう。
ジルベルトさんと思われる男は、もう一人の男に人払いをするように頼むと、部屋から追い出した。
今、部屋にはエルとジルベルトさんの二人しかいない。
さて、どのような話が飛び出してくるのか。
「始まりましたね」
ジルベルトさんだけど、まずはエルに対する交渉から入ったようだった。
ジルベルトさんも、エルが原因で注意を受けたということは理解しているらしい。
だから、それの撤回を求めるように交渉してきた。
要は、自分の方針は間違っておらず、ロイさんをいじめて潜在的な能力を引き出すのは間違っていないという考えだ。
エルはもちろんこれを否定し、そんなことをしても潜在能力の開花どころか、優秀な芽を潰すことになると反論した。
これに関しては、エンロットさん達も同意のようで、確かに魔法の発展のための刺激は必要かもしれないが、継続的ないじめによって生まれることはないだろうという認識のようだ。
正直、この話が聞けただけでも、エンロットさん達始まりの貴族に対する冒涜だし、十分処罰できる理由にはなるだろうけど、ジルベルトさんの話はさらに続く。
エルが頷かないと見るや、今度はエルに、自分の手駒にならないかと交渉を持ちかけた。
十分な報酬を用意するし、将来的な就職先も確約する。だから、今の主人である私を裏切って、こっちにつけと言ったわけだ。
これに対し、エルは激怒し、私を裏切るなんてありえないとズバッと切り捨ててくれた。
まあ、エルなら当然そう言ってくれるだろうとは思っていたけど、いざ言われるとちょっと嬉しいね。
その後も、あの手この手でエルを買収しようとするが、エルは絶対に首を縦に振らない。
やがて、ジルベルトさんもしびれを切らしてきたのか、言葉が乱暴になり、脅しとも取れる言葉を乱発するようになった。
ここまでくると、流石にエンロットさんもため息をついていたし、始まりの貴族から見ても、相当やばいことを言っているのがわかる。
そして、数度の攻防の後、ジルベルトさんは、もういい、と言って一歩下がり、指をパチンと鳴らした。
その瞬間、どこに隠れていたのか、何人ものローブ姿の人物がエルを取り囲む。
ああ、やるとは思っていたけど、本当にやられるとおかしく感じちゃうね。
元々、ふりだったとはいえ、馬車に乗せる時も威圧して無理矢理言うことを聞かせようとしていたし、あれがジルベルトさんの指示によるものだとしたら、実力差をわかっていなさすぎる。
見る目だけは確かだと印象では思っていたんだけど、焦った結果だろうか。
ちなみに、こんなピンチな状況ではあるが、ここにいる誰もが焦った様子はない。
エンロットさん達は、エルの実力の一端を目の当たりにしているし、学園長もまた、下調べくらいはしているのか、驚いた様子もない。
私だって、この程度でエルが負けるだなんて思っていないし、本当に映画でも見ているかのような気楽さがあった。
ジルベルトさんの掛け声で、一斉に襲い掛かるが、エルがぱちんと指を鳴らすと同時に、全員が氷漬けになって停止した。
まあ、当然の結果だよね。
ただ一人残されたジルベルトさんが慌てふためくのが見える。もう勝敗は決したと言っていいだろう。
さて、これだけ証拠が揃っていれば、問題はないかな?
ちらりと学園長の方を見ると、満足げに頷いていた。




