第百六十二話:学園長の一手
「エル様、そしてハク様、まずはこのような真似をしたことをお詫び申し上げます」
一緒に馬車に乗り込んだ男は、そう言ってフードを取る。
精悍な顔つきをした男性で、片目に眼帯をつけているのが特徴的だった。
魔術師と言うよりは、傭兵と言うイメージがするけれど、人は見かけによらないというし、一応魔術師と言う想定で相手をすることにしよう。
「別に、問題はありませんよ。ですが、やり方を考えてほしいですね」
「申し訳ありません。どうしても、ご協力いただきたいことがありまして、多少強引な手段を取らせていただきました」
「ジルベルトの駒になれ、と言うならお断りですが」
「いえいえ、そういうことではございません。むしろ、その逆でございます」
「逆?」
男はそう言って、今回私達に接触した経緯を話し出す。
件の副学園長、ジルベルトさんだが、私が思った通り、始まりの貴族からの評価を気にして、エルにその責任を取らせるために策を練ったようだ。
それは、エルを自分が見出した人材だと始まりの貴族に報告させることである。
始まりの貴族から、エルのことを聞いたジルベルトさんは、それほどの逸材を自分が見つけたことにできれば、ロイさんの負債も帳消しにできると考えたらしい。
だから、まずはエルと接触し、交渉を試みるつもりだったようだ。
もし仮に、エルが交渉に応じなかったなら、その時はエルに罪をなすり付け、始まりの貴族の判断は間違いだったと訂正させるつもりだったようである。
始まりの貴族の顔に泥を塗る行為ではあるが、自分がやったとばれなければ何の問題もない。
エルが何かしらの罪を犯し、それを自分が解決すれば、評価も上がって一石二鳥だと考えたようである。
なんとも浅はかな考えだが、評価を取り戻すのに必死だったってことだろうね。
「この馬車は、今ジルベルトの待つ、学園へと向かっています。ですが、私どもはジルベルトの味方ではありません」
「なら、誰の味方なんですか?」
「フルーシャ学園長です」
「ほう」
ここで学園長が出てくるのか。
確か、フランさんの話では、ロイさんのいじめに関して手紙を送ったけど、簡単な返事しか返ってこなかったと聞いた。
興味がないのかと思っていたけど、もしかして、裏で動いてくれていたんだろうか?
「学園長も、ジルベルトの問題行動は把握しています。一部の生徒に嫌がらせをさせているということも」
「なら、なんですぐに止めなかったんですか?」
「期を図っていたと言いましょうか。ただ単に止めても、ジルベルトの不正が明るみになることはない。だから、決定的な証拠を叩きつけられるような場面を待っていたのです」
「なるほど」
確実にジルベルトさんを裁くために、あえて泳がせていたってことか。
確かに、下手に刺激して、始まりの貴族に働きかけられて返り討ちに遭っても困る。
やるなら、確実に相手が悪いとなるような証拠を叩きつけなければならない。
「今回、エル様にはジルベルトと対談していただき、ジルベルトの不正を暴いていただきたいと存じます」
「まあ、やりたいことはわかりましたけど、なんで私なんですか?」
「ちょうどいいタイミングで現れたから、と言うのが一番適当でしょうか。学園長も裏で色々と事を進めておりましたが、そんな折に現れたのが、エル様なのです」
元々、学園長はジルベルトさんの悪事を暴こうと、色々と奔走していたらしい。
しかしそんな時、エルがやって来て、始まりの貴族を通してジルベルトさんに圧力をかけてしまった。
これにより、裏で進めていたことがいくつかご破算になり、ジルベルトさんも、軽く暴走を始めてしまった。
これを収めるためには、渦中のエルが直接出向くのが一番手っ取り早く、またジルベルトを油断させるにもちょうどいいことから、今回の作戦が決まったらしい。
何も聞いてないんだけど、断ったらどうするつもりだったんだろうか。
「いずれにしても、ジルベルトはエル様に対して何かしらのアクションを起こすことでしょう。そこを、エル様もろとも抑えることで、解決するつもりでいました」
「私も悪者にする気だったんですか」
「必要な犠牲と言う奴です。なので、受けてくれて本当によかった」
まあ、ジルベルトさんを確実に捕まえるためならば、部外者であるエルが巻き込まれるのもやむ無しって感じだったんだろう。
気分は悪いが、正直に言ってくれたことは好感が持てる。
結果として、話を受ける判断は間違っていなかったということだし、あそこで暴れなくてよかった。
「もちろん、ご協力いただけるなら、十分な報酬もお渡しいたします。どうか、引き受けていただけませんか?」
まあ、どのみち、ジルベルトさんに関しては何とかする予定ではあった。
今のところ、ロイさんに対するいじめ問題に関しては、大方片付いたと言えなくもないけど、私達が町から離れた後、また問題が起こらないとも限らない。
であれば、ここで諸悪の根源を断っておいた方が安心して帰れるだろう。
私はエルに向かって頷く。すると、エルもそれを見て、小さく頷いた。
「わかりました。その話お受けしましょう」
「ありがとうございます。ご協力に感謝します」
さて、うまく悪事の証拠を引っ張り出せればいいのだけど。
と言うより、私はどうすればいいんだろうか? 待ってればいいのかな?
「ハク様は、学園長と共に待機していただければと思います。今回の件は、ジルベルトが懇意にしている始まりの貴族にも伝えてありますので、会うこともあるかもしれません」
「そうですか」
つまり、目の前で悪事を働くところを、皆で目撃することで、言い逃れできない状況に追い込むってことか。
よくもまあ、始まりの貴族が動いてくれたものである。
そもそも、今回の件は、私が頷かなかったらできなかったことだし、今日呼んでいるのだとしたら下手したら待ちぼうけさせてしまうことになっていたかもしれない。
流石に、学園長と言えど、始まりの貴族を理由なく呼び出せるわけないし、かなりの博打のように思える。
私達が必ず受けてくれると確信していたんだろうか。だとしたら、いったいなぜそんな風に思ったのかわからないけど。
「そろそろ到着のようです。私は、ジルベルトの部下、と言う立場で潜入しております。当然ですが、この場で言ったことや、学園長との繋がりを話すのはおやめください」
「それくらいはわかってますよ。それに、どうせあなたは喋らないか、外に追い出されるでしょう?」
「ははは、そうですね。どうか、ジルベルトの悪事を暴いてやってください」
そう言ったのと同時に、馬車が止まる。どうやら学園についたようだ。
男は再びフードを被り、居住まいを正す。
これって、馬車の外にはすでにジルベルトさんの部下が待機しているとかなんだろうか? だとしたら、私は姿を隠していた方がいいだろうか。
いやでも、すでに他の人達にも目撃はされてるし、普通にいていいのかな?
ちょっと難しいけど、まあ、特に何も言ってこないんだから大丈夫だろう。
警戒はしておくが、基本的には言われるがままにしておけばいいと思う。
そう思いながら、扉が開くのを待った。




