第百六十話:着実に
「……ねぇ、ハク」
「どうしました?」
納得のいく結果になってほくそ笑んでいると、フランさんがおずおずと話しかけてきた。
ずっとロイさんの後ろから見ていたフランさんだけど、今の魔法に思うところがあるんだろうか?
いや、ないわけないか。
元々、フランさんには、私の魔法のことについて教えるはずだったけど、それが学会の発表の中身であることから、すぐに教えることはできないと言ってしまった。
それなのに、恐らくその中身であろうことをロイさんには普通に教えているのだから、なんで自分は後回しにされたんだと思ってもおかしくはない。
まあ、本音を言うなら、別にフランさんにもさっさと教えてしまってもよかったんだけど、あの場では言いづらかったというのはある。
なにせ、始まりの貴族と言う大物がすぐそばにいたわけだし、学会発表前にそんな人に内容を聞かれてしまったら、横取りされる可能性もなくはない。
いや、魔法に対しては真摯に向き合うこの町の人がそんなことをするわけはないと思うが、あの時はまだ信用も薄かったしね。
だから、ここで文句を言われるなら、甘んじて受けるしかないだろう。
「その魔法って、やっぱり学会発表でする予定だったもの?」
「まあ、そうなります」
「やっぱりあなたって規格外だわ。私じゃ、足元にも及ばないのは当然だったのね……」
そう言って、俯く。
なんだか、落ち込んでる? てっきり文句を言われると思っていたんだけど、ちょっと予想外の反応に困惑する。
「それ、誰でも覚えられるものなの?」
「魔法陣さえ覚えられれば、できると思いますよ」
「なら、私にも教えてくれない?」
「まあ、元々そのつもりでしたし、今更待たせるのもあれですから、構いませんよ」
「ありがとう。代わりと言ってはなんだけど、発表の時は手伝うわ」
教えると言った瞬間、フランさんは嬉しそうに微笑んだ。
やっぱり、早く魔法をうまくなりたいって気持ちはあるんだろう。
フランさんは、元から十分すぎるくらい優秀ではあるけど、これを覚えることができたら、それにより磨きがかかると思う。
どんな魔法を覚えるかにもよるけど、ここはきっちり教えた方がいいだろう。
「それでは、フランさんの使いたい魔法を教えてくれますか? 調整しますので」
「わかったわ。できれば、上級魔法がいいのだけど」
そう言って、いくつかの魔法を提示する。
フランさんが持っている適性は、火と水、そして闇らしい。
三つも属性を持っているのは、普通に優秀だし、特殊属性である闇まで持っているとなると、かなりの才能だろう。
と言っても、主に使えるのは火と水のみで、闇は本当に適性があるだけらしいが。
初級、中級はほぼ網羅し、上級もそこそこ使えるようで、できることなら、まだ習得していない魔法を習得したいとのこと。
まあ、提示されたのはどれも学園に通っている者なら誰でも知っているものばかりだったので、特に目新しいことはない。
調整には少し時間がかかるかもしれないが、まあ、多分大丈夫だろう。
「把握しました。明日までには調整しておきますので、少し待っていただけますか?」
「ええ。と言うか、一日でそんなに調整できるものなの?」
「慣れてますので」
「そう……まあ、いいわ。楽しみにしてる」
約束を取り付け、上機嫌な様子のフランさん。
まあ、魔法陣の調整は後でするとして、今はロイさんの訓練である。
魔法陣の効率化によって、数発程度なら余裕で撃てるようになった。
後は、その種類を増やしていくだけで、ある程度のことは何とかなる。
なので、ロイさんには、今日渡した魔法陣をとにかく覚えてもらうことにした。
「これだけあると、流石に覚えるのは大変だね」
「そうですね。どれも正確に思い浮かべる必要がありますから、ぼんやりとしたイメージだけではいけませんし、そこは大変だと思います」
「でも、これを思い浮かべるだけで、魔法が使えるんでしょ? だったら、覚える価値は十分にあるよね」
ロイさんは、時折唸りながらも魔法陣を覚えていく。
記憶力はそれなりにいいらしく、今日一日だけでも、三つの魔法陣を覚えることができたようだ。
もちろん、実際に使って試してみたので、発動に関しても問題はないことは確認している。
おかげでまた庭がめちゃくちゃになったが、まあ、それくらいはすぐに直せるので問題ない。
「ありがとう。これならいい成績を出せそうだよ」
「はい。いじめに関しても、何とかしてみますので、ロイさんも頑張ってくださいね」
「僕のために色々ありがとうね、ハクちゃん。頑張るよ」
日も落ちてきたので、今日のところは帰ることにする。
フランさんも、少し興奮した様子だったが、とりあえず、このことは他言無用だと伝えておいた。
流石に、フランさんはともかく、ハムールドさんまで信用するのは早計だと思うからね。
発表の日はまだ決まっていないが、恐らく後四、五日もすれば発表の日になることだろう。
それまで、大人しくしててくれるといいんだけどね。
それから数日が経ち、発表の日取りが決まった。
今から二日後の朝、施設内に設置されたホールで行われるらしい。
ルシエルさんも、ようやく発表日が決まって、やっと発表できるとうきうきしている様子だった。
一応、あれから少し警戒していたけど、特に発表の内容が漏れているということもなさそうなので、フランさんも大人しくしてくれている様子である。
ロイさんも、フランさんも、すでにいくつかの上級魔法を使いこなせるようになっているので、なんなら発表の時にお試し枠として使ってくれてもいいくらいだ。フランさん自身も、協力すると言っていたしね。
でもまあ、あんまり部外者に情報が伝わっているのもあまりいい気はしないだろうし、そのあたりは普通に私がやることになったけど。
ルシエルさんでもいいけど、ルシエルさんは発表者だからね。そういうのはアシスタントがするべきだろう。
「ロイさん達は問題ないとして、問題は副学園長の方だよね」
あれから、エルが色々と裏工作をしてくれたけど、うまく行っているかはわからない。
一応、副学園長に対して圧力はかけた。
始まりの貴族と繋がっているというから、その人に副学園長のやり方を伝えたんだけど、そうしたら一応不快感を示してくれて、それで副学園長の方に注意喚起を行ったわけである。
だから、今ロイさんが学園に復帰すれば、恐らくいじめは起こらないだろう。
元々、学園外でのいじめも、私がロイさんにつきっきりになっていたせいか、起こらなくなっていたようだし、元から生徒達もそこまでしていじめようとは思っていなかったのかもしれない。
ただ、注意喚起はされたけど、副学園長が発掘してくる人材に興味があるのは変わらないようで、よりロイさんに注目が集まった形になっている。
そのせいか、昨日一昨日はどこからか視線を感じていたし、監視がついたのは確かだろう。
変なことにならないといいんだけど。
そんなことを考えながら、今日もロイさんの家に向かうのだった。
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