第九十三話:友達として
ずっとぬいぐるみだったせいか少し動きがぎこちない。
意識すれば簡単に動かせるけど、こう、無意識に動いたりしようとするとやはり違和感を感じる。
例えば、歩く時には自然と手を振るが、それをしていなかったり、顔を横に向けようとしたときに首を動かすのではなく体ごと向いてしまったり、ぬいぐるみの時にやっていた癖が地味に残っている。
まあ、これはしばらくしたら治るとは思うけど、しばらくはちょっとしたことに違和感を感じることになるだろう。
魔物の血の質によっては中途半端に戻ることもあると言っていたけど、見た感じそういった気配はなし。無事に戻れたことを喜ぶべきだろう。
どうやら魔物の血にはまだストックがあるらしく、続けてお姉ちゃんも無事に戻ることが出来た。
そういえばオーガロードを倒したんだからさらに血を入手できたのは当たり前のことだった。自分で倒したわけじゃないから実感が沸いてなかった。
ちなみにオーガロードの死体は警備の兵士に頼んで運び出し、ギルドで換金したらしい。結構な額が稼げたようで、ミーシャさんは上機嫌そうだった。私もいらないとは言ったんだけど、どうしてもというのでその一部を貰っている。
「んんー! やっと戻れた!」
お姉ちゃんが伸びをしながら肩を鳴らしている。
ぬいぐるみ状態だと動けないわ喋れないわでかなり退屈なのだ。その上痛覚はそのままだから振り回されようものならたまったものではない。ミーシャさんの抱きしめは相当堪えたことだろう。
ある程度身体を動かすと、サリアさんとの抱擁を終えた私に抱き着いてくる。
元々、お姉ちゃんがぬいぐるみになったのは私を心配して屋敷に突撃したからだ。こうして元に戻れて心底ほっとしていることだろう。
久しぶりに感じるお姉ちゃんの胸の圧迫感に襲われながらもそれが嬉しくてついこちらからも抱き着いてしまった。
「他の人達もちゃんと戻してあげてくださいね?」
「わかってる。血が集まり次第ちゃんと戻すぞ」
オーガロードの血によって戻れるのはせいぜい二十人ちょっとだそうだ。それでも結構多いけど、被害者の数を考えたらまだまだ足りない。
しばらくは血を集めるために定期的にダンジョンに通うことになるだろう。今度はあんなことにならなきゃいいけどね。
「本当にありがとうございました。娘のために身を割いてくれて……」
今回戻った中にはもう一人重要な人物がいる。それはサリアさんの母親、アンリエッタ夫人だ。
被害者の中でも唯一定期的に元に戻されていた人物だったが、今回でそれも終わり。人間の姿を取り戻し、歪んでしまった娘の心を取り戻すために尽力することを約束してくれた。
元々アンリエッタ夫人はサリアさんの味方であり、捨てる気なんて毛頭なかったようだったが、ちょくちょく家を出て王城へと足を運んでいたのが気に入らなかったのか、ぬいぐるみにされていたのだという。
聞けば、王様もサリアさんの事を知っているようで、アンリエッタ夫人が定期的に報告と相談をしていたらしい。わざわざ爵位を取り上げなかったのもサリアさんが迫害され、それゆえに暴走するのを防ぐためであり、今でも金銭的な支援を行ってくれているそうだ。
正直、ルフダン家は今でも多くの貴族に疎まれてはいるが、噂が噂を呼び、結果的に様子見されているのが救い。もし、誰かが強引に貶めようとしたならばその人物は手痛いしっぺ返しを食らっていたことだろう。
アンリエッタ夫人自体はすでに爵位に執着はなく、平民となってもいいとは思っているそうだが、やはり王様から支援を貰っている以上、平民では色々と都合が悪いらしい。
私にはよくわからないけど、サリアさんが癇癪を起こさないための最低限の支援をしているのが今の状況だ。私がどうこうできる問題ではないけど、ちょっと可哀そうかな。
まあ、サリアさんは変わる決心をしてくれた。これからどう転ぶかはわからないけど、きっといい方向に転ぶだろう。そんな確信があった。
「さて、一応一件落着ですか?」
「そうですね。サリアさんとも仲良くなれましたし」
ついでにサリアがボスを務める例の組織もこれで事実上の解散となるだろう。そもそもサリアさんに誰かを貶めようという意図はなく、部下達が勝手にしでかしたことであってサリアさんの意志ではない。してたのは気に入った人を攫ってぬいぐるみにしていたくらいだ。
流石に殺害するのはやりすぎではあるけど、今後はサリアさんもそちらの方もしっかりするように言っておいたのでじきに解決すると思う。
王都に蔓延る犯罪組織はその芽を摘まれ、その被害である外壁も徐々に修復されつつある。ダンジョンに蔓延る変異オーガも一掃され、その親玉と思われるオーガロードも討伐した。
元の姿にも戻れたし、サリアさんという友達もできたしで言うことはないだろう。
「な、なあ、ハク」
遠慮がちに声をかけてきたのはサリアさんだった。
目線を伏せ、もじもじと手を合わせているのが可愛らしい。
何でしょうと返事をすると、何度か口をパクパクとさせた後、覚悟を決めた様に声を張り上げた。
「ぼ、僕と、遊んでくれるか?」
彼女の口から遊ぶと聞くと、自らがぬいぐるみとなった状態で行われたおままごとだ。
しかし、今の彼女にその意図はないだろう。初めてできた友達に対する誘い。一方的に遊ぶのではなく、一緒に遊ぶのだ。
「ええ、もちろん」
だから私は快く答える。これまで失ってきた時間を取り戻すように、精一杯付き合ってあげるのだ。
「ハク様が行くなら私も一緒に行きますよ!」
「ずっと引きこもっていたなら最近のことには詳しくないでしょう。案内しますよ」
「ハクがそう言うなら、私も付いていこうかな」
賛同するのはミーシャさん、アリシアさん、そしてお姉ちゃん。
みんな少なからずサリアさんに因縁があるのだけど、それを気にした風もない。お姉ちゃんだけはちょっと複雑そうだったけど。
ちゃんと話し合えばわかり合えるのだ。
「気を付けていってらっしゃい。私は待っていますから」
「おう、行ってくるぞ!」
最初こそ戸惑っていたが、外に出れば一瞬で馴染んだ。
中央部には娯楽が揃っている。それは今までサリアさんが見られなかったものばかりだ。
公園で色とりどりの花を見て和んだり、人気のケーキ屋さんに行って特製ケーキに舌鼓を打ったり、劇場で公演を見て心打たれたり、様々な経験がサリアさんの笑顔を引き出していった。
もうサリアさんは一人ではない。私以外にもこうして友達ができた。信頼できる母親もいる。
それに元々サリアさんは社交的なのだろう。能力の事を知られなければそれこそ誰とでも仲良くなれるような性格だった。
公園で出会った小さな子供達は一瞬でサリアさんに懐いたし、外縁部へと繰り出して屋台に寄った時はおまけを貰ってすらいた。
心底嬉しそうな笑顔を見せるサリアさんに、こちらも嬉しくなってふふっと笑みが零れてしまう。
「サリアさん」
「ん? なんだ?」
だからあえて私はサリアさんに言う。
友達として、これから先もずっと傍にいたいから。
「これからもよろしくね、サリア」
「……おう!」
そこで見せてくれた笑顔は今まで見たこともないくらい爽やかなものだった。
第三章はこれで終了です。
少し怪しいところもありましたが、ここまで続けられて何よりです。
第四章でもよろしくお願いします。