第百五十六話:やるべきことは
学園の基準を考えると、優秀者となるには、上級魔法を数個安定して使えるようになる必要がある。
個数だけなら問題はないが、数個を連続して使えるようになるというのは流石に無理がある。
この辺は、どういう基準があるんだろう?
「別に、上級魔法を連発しろだなんて言ってないわ。流石に、上級生でも上級魔法を連発できる人は少ないし、あくまで使える種類が多いかどうかって話よ。多くの魔法を知っていれば、成長して使える魔力が多くなった時に、幅が広がるしね」
「つまり、多くの上級魔法を個別で使えるようになっていればいいわけですか?」
「そうよ」
となると、魔力量はぎりぎり足りそうかな?
ただ、上級魔法の練習は相当難しい。
なにせ、一発撃つだけでも相当な魔力を持っていかれてしまうのだから。
いくら練習してうまくなろうとしても、一回撃つだけで魔力がすっからかんになってしまっては、それ以上の練習をすることは難しい。
座学で知識を身に着けることはできるかもしれないが、実戦に勝る経験はないし、そこらへんが上級魔法のネックである。
これを解決するには、魔力ポーションなどで少しでも魔力を回復する必要があるけど、それで回復できるのはわずかだし、上級魔法の練習のために使うなら、相当な数を使う必要がある。
ポーションもそこまで安いってわけでもないし、お金持ちでもなければ、この方法は使えないだろう。
それらの手段を用いないなら、とてもじゃないけど、数日で上達するのは不可能だ。
「確か、今の時点でもいくつか使えるんでしたよね?」
「うん。でも、なかなか安定しなくて。暴発はしないけど、威力がまちまちだったり、狙いが定まらなかったりするんだ」
「使ってみてもらうことは?」
「いいけど、それやったら今日はもう魔法使えないと思うよ?」
「構いません。差し支えなければ、お願いします」
「まあ、そういうことなら」
そう言って、ロイさんは詠唱を始める。
流石に、上級魔法を詠唱破棄でやるのはまだ難しいらしく、そこらへんは詠唱に頼っているようだ。
しばらくして、魔法陣が現れ、魔法が発動する。その魔法は、大地を隆起させ、天高く貫かれる無数の槍となった。
流石上級魔法だけあって、威力は申し分ない。対象がいなくても、それくらいはわかる。
そんな土の槍は、しばらくして形を崩し、ただの土の塊となって降り注いだ。
後に残ったのは、ガタガタとなった地面と、へたり込んでいるロイさんだけである。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫。でも、ちょっと疲れたかも……」
「無理を言ってすいませんね」
「いや、僕のために教えてくれようとしているんだし、これくらいは協力しなきゃ」
ひとまず、ロイさんを休ませるために、いったん家の中へと戻る。
勝手にやって申し訳ないが、お茶を注ぎ、ロイさんに飲ませてあげる。
さて、問題はここからだ。
「ルシエルさん、どう思います?」
「ふむ、筋は悪くないでしょう。魔法の発動は非常にスムーズですし、ブレも少ない。上級魔法で多少安定しないのは、魔力不足による集中力の乱れが原因ではないですかな?」
「やっぱりそうなりますよね」
さっきの魔法、発動は完璧に近かった。
上級魔法は範囲魔法が多いから、必然的に大味な攻撃になることが多いけど、あの槍はほとんどが一方向に向かって伸びていた。
つまり、攻撃すべき場所にきちんと照準が定まっていたということである。
で、時間とともに崩れていったってことは、その後集中力が途切れ、魔法を維持できなくなったからだろう。
つまり、魔法を安定して発動するだけの魔力がちょっと足りない状態なんだ。
そこさえなんとかできれば、余裕で扱えそうな気はするね。
「となると、やるべきは魔法の効率化かな?」
今の時点でぎりぎりなら、より効率的に魔法を発動させることができれば、消費する魔力量は少なくなり、それに合わせてコントロールも安定するはずである。
魔法の効率化は得意分野だ。さっそく、ロイさんに合わせた魔法を開発していくとしよう。
「魔法の効率化って、そんなことできるの?」
「もちろんです。フランさんの家でも、そういうことはやって来たでしょう?」
「いや、まあ、やってはいるけど、そんなの何十年と時間をかけて、ようやく見つけられるかどうかって話よ? そんなすぐにできるわけないじゃない」
「そうなんですか?」
魔法の聖地であるここなら、魔法の効率化なんて日常茶飯事かと思っていたけど、結構気の長い作業だったらしい。
そうなってくると、私の魔法陣の書き換えって結構凄いことだったりする?
確かに、魔法陣の文字を理解している人はそこまでいないけど、わかっている人なら効率化くらいパパッとできそうなものだけど。
「何を考えているか知らないけど、これでロイの実力はわかったでしょ? ここからどう教えるつもり?」
「うーん、どうしましょうね」
やるべきことはわかっている。魔法を効率化して、それをロイさんに教えればいいだけの話だ。
ただ、私の効率化は、魔法陣を直接いじくることによって強引に行っているものである。
もちろん、見栄えとかを気にして、きちんと魔法陣っぽく見えるようにしてはいるけど、そうやって描き換えた魔法陣を使うには、その魔法陣を直接頭に思い浮かべて使う必要がある。
つまり、ロイさんにはこの魔法陣を覚えてもらう必要があるわけだ。
数個を安定して使えるようになるってことは、少なくとも二個、いや、五個は欲しいところだろう。
魔法陣は、上級魔法になるにしたがって複雑化していくので、同じ数個でも初級と上級じゃ雲泥の差がある。
そもそもが魔法陣を直接覚えるというのが一般的でない中、こんなの教えて覚えられるんだろうか?
「ハク、楽観的に考えているかもしれないけど、お父様と一度約束したのだから、ロイが成長するまでこの町に通うことになるわよ、きっと」
「それは、学会が終わって帰った後も?」
「そう。たとえ口約束でも、始まりの貴族との約束って言うのは凄い効力を持つの。まあ、私が口添えすれば、多少は緩和されるでしょうけど、本気で挑まないと、このままこの町に移住する羽目になるかもよ?」
「それは大変ですね」
確かに、ハムールドさんはこのままこの町に住んでくれたらいいみたいなことを言っていたような気がするけど、あれはあながち冗談でもなかったということか。
うーん、だったら迷っている暇はないかな。
期限を設けられていないとはいえ、流石にそんな心配事を残してこの町を去りたくないし、きっちり仕事をして帰りたいところだ。
「とりあえず、やれるところからやっていきましょうか」
私の魔法陣を覚えるのは難しいが、全く覚えられないというわけでもない。
ロイさんの記憶力がずば抜けているという可能性もなくはないし、まずは効率化してみて、それを使えるかどうか試してみるとしよう。
そう考えて、作業に取り掛かった。
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