第百五十二話:代わりに指導
「しかし、困りましたな」
「何がでしょう?」
「ハク殿は、決闘によって、フランにロイと言う若者に手を出すなと言う条件を出した。決闘でハク殿が勝利した以上、それは守られなければなりません。しかし、それではそのロイと言う若者が可哀そうではありませんか」
ハムールドさんは、そう言って不満げな顔をこちらに向けてきた。
今までは、ロイさんはフランさんに魔法を教えてもらっている立場だった。しかし、私が勘違いでそれを止めてしまったせいで、ロイさんは今後フランさんの教えを受けることができなくなってしまった。
フランさんは、始まりの貴族と言われるほどの名家の娘であり、もちろん魔法に関しては高い教育を受けている。そんな高水準の教えを受けられるチャンスを、私が潰してしまった。
これでは、ロイさんは他の人に教えを乞う以外に道がなくなり、結果的に魔法の質の低下に繋がる。
他の始まりの貴族との繋がりを持てればまだましかもしれないが、ただの平民がそんなポンポン貴族との繋がりを持てるわけもないし、若い芽を潰してしまった責任を取るべきではないか。
そういうことを言いたいらしかった。
まあ、あのいじめを本当に教育と言う意味で捉えるなら、確かにそういうことになるかもしれない。
私のせいで、ロイさんは貴族との関係がこじれ、余計にしがらみが増えてしまうかもしれない。
いくら手を出すなとは言っても、それはフランさんに対してだけ、広い意味で見ても、あの場にいた二人の少年を含めた三人に対してだけ、と言う捉え方もできる。
ロイさんが今後学園に復帰することになれば、また別の貴族からのいじめに遭うだけ、とも考えられるし、その原因を作ったのは私とも考えられる。
そういう意味で見たら、確かに責任は負うべきかもしれない。
「では、私はどうすればいいのでしょう?」
「決闘の条件の撤回を求めて再び決闘をする、と言うやり方もありますが、ハク殿はかなり優秀な様子。年齢も年齢ですし、私がしゃしゃり出て無理矢理捻じ曲げるのは大人げないというものでしょう。なので、ハク殿自らが、教育をしていただきたく思います」
「私が、教育ですか」
確かに、決闘によってロイさんに手を出すなと言ったということは、逆に考えれば、自分が面倒を見ると言ったとも捉えられる。
私はたまたまこの町に来ただけだし、そんなつもりは全くなかったが、このままではロイさんが危険なのは事実。
せめて、私がこの町にいる間に、一人前とはいかずとも、それなりの魔術師に仕上げることができれば、フランさんも教育の必要がなくなり、この問題は解決する。
なるほど、確かに合理的ではあるね。
「わかりました。どこまでできるかわかりませんが、私でよければ指導させていただきます」
「うむ、頼みますぞ。なんなら、そのままこの町に居ついてもらっても構いませんからな」
「おっと、ハムールド殿、それは私が困りますな」
「それもそうですな。これは失敬」
ハムールドさんとルシエルさんがからからと笑いあう。
さて、ロイさんに全く許可を取っていないのは気にかかるけど、こればっかりは貴族が相手だから仕方ない。
一応、ロイさんの反応は探知魔法で捕捉しているし、家らしき場所も判明しているので、行くこと自体は問題がない。
後は、ロイさんが私が魔法を教えることに賛成してくれるかどうかだけど、まあ、多分大丈夫だと思う。
ロイさんだって、今後の不安がないわけではないと思うしね。
「お父様、それなら私がロイの家まで案内するわ。この町に来たばっかりじゃ、家なんてわからないでしょうし」
「それもそうだな。フランも元気を取り戻したようだし、外の空気を吸うついでに行ってくるといい」
意外にも、フランさんが同行を申し出てくれた。
まあ、確かに普通に考えれば家を知っているのはおかしいし、その方が自然か。
何となく、フランさんがこちらをチラチラと見ていたので、何か話したいことでもあるのかもしれないね。
「ハク殿、それにルシエル殿も、学会発表が終わったら、ぜひうちに寄ってくだされ。魔法について語り合いましょうぞ」
「それは楽しみですな。時間があれば、ぜひ寄らせていただきます」
少しピリピリとした場面もあったが、最終的には和やかな雰囲気に戻り、私達はフランさんと共に家を後にすることになった。
やれやれ、面倒事を押し付けられたのはちょっとあれだけど、大事にならなくて何よりである。
私も、もう少し引いた立場から話せばよかったのかもしれないけど、やっぱり間違っていることは間違っていると言わないと気が済まないんだよね。
これは前世の時からだけど、悪い癖かもしれない。
「あなた、お父様相手に物怖じせずにあれだけ話せるって、だいぶ図太い性格してるわよね」
「そうですか? 割と繊細な方だと思ってるんですが」
「どこがよ。全然退く気なかったじゃない」
フランさんがため息をつきながらそう話しかけてくる。
まあ、それに関しては、力を手に入れたから、と言うのもあるんだと思う。
以前ならば、ここで楯突いたら今後の進退に関わるだとか、居場所がなくなるだとか、そういう心配があった。
けれど今は、最悪返り討ちにすればどうとでもなるしな、と言う考えが頭のどこかであるんだと思う。
身分的には相手の方が上だけど、私は今のところ、オルフェス王国においてはかなり高い位置にいると言っていい。表面上は剣爵だけど、それは飾りみたいなものだ。
それに、友達や仲間が守ってくれるという信頼もある。私がよほど間違ったことをしない限り、それは揺るがない事実だ。
だから、ちょっと強気に出ちゃうんだろうね。
「はぁ、まあいいわ。逆に言えば、お父様が認めるほど強いってことだもの。私が負けても仕方ないって思えるし」
「なんだか妙なことに巻き込んでしまってすいません」
「いいわよ。私だって、ロイのことについては思うところがあったし、ちょうどいい機会だったと思うことにするわ」
「思うところがあったんですね」
確かに、あの時はフランさん自身は別に何もしていなかった。
ロイさんの話も考えると、最初は仲が良かったようにも思えるし、いじめざるを得ない状況に陥ってしまった、と言う感じなんだと思う。
フランさんも根っからの悪人で、説教と言う名のいじめを許容しているわけではないと知れて少し安心した。
「ロイさんとはどういう関係なんですか?」
「そうね、少し昔話をしましょうか」
そう言って、フランさんはロイさんについて話し出す。
さて、どんな関係だったんだろうか。
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