第百五十話:慰めとアドバイス
その後、ハムールドさんに案内され、私達はグラム家へと足を運ぶことになった。
流石、始まりの貴族と言われるだけのことはあって、その屋敷はとても大きかった。
中に入ると、何人もの執事やメイド達が出迎えてくれる、あれをやり、まずは応接室へと通される。
「ところで、ハク殿はルシエル殿の弟子と言う話ですが、どのような魔法を使うのですかな?」
「基本的な魔法は大体できます。後は、オリジナルで考えた魔法がいくつか」
「ほう、すでにそこまでの領域に至っているのですな。ルシエル殿、随分有望な株を見つけましたな」
「ははは、ハク殿は有望なんてもんじゃないですよ。魔法の探究者としては、私の遥か先を行きます」
「ルシエル殿がそこまで褒め称えるとは、ますます興味が出て来ましたな。どれ、少し魔法を見せてもらっても……」
「旦那様、今は優先することがあるかと」
「おっと、それもそうだったな。ハク殿、さっそくで悪いのだが、フランに会ってはくれぬか?」
「もちろんです。私のせいでもありますし、精一杯慰めさせていただきます」
応接室での会話もほどほどに、フランさんの私室へと足を運ぶ。
ハムールドさんが扉をノックすると、しばらくして少しだけ扉が開いた。
「……お父様、私、今気分が優れないんですが」
「わかっておる。そこでだ、フランの元気が出るように、助っ人を呼んできた」
「助っ人?」
「ハク殿、よろしく頼む」
「はい、お任せください」
「なっ!? は、ハク!? なんでここに……って言うまでもないわよね……」
フランさんはがっくりと肩を落としてため息を吐く。
まあ、普通に考えたら、負かされた相手に慰められるってそんなに元気でないような気もするよね。
理由はどうあれ、負けた事実は変わらないわけだし、私の顔を見るだけでも、そのことが気にかかってしまうかもしれない。
そういう意味では、ハムールドさんの采配には何か裏がありそうな気がしないでもないんだけど、そんな策略ができそうな性格には見えないんだよなぁ。
いや、人を見た目で判断するのはよくないか。貴族なのだから、最低限の執政はできるだろうし。
「何しに来たのよ」
「ハムールド様に頼まれて、慰めに参りました」
「慰めって……お父様、人選間違ってると思いますよ?」
「何を言う。負けたから落ち込んでいるというのであれば、その負けた理由がはっきりすれば次に繋がるだろう? 魔法とは常に進歩するものだ、一度の挫折で立ち止まっていては、もったいないじゃないか」
「まあ……」
なかなかまともなことを言っている気がする。
確かに、魔法は大半がイメージによる部分が大きいから、その気になればどんな魔法だって作り出すことはできるだろう。
ただ、作り出せたからと言ってそれを順当に扱うことができるかと言われたら別問題で、中にはコストが重すぎて使い物にならないなんてものはごまんとある。
それをどうにか使える水準まで持ってくるのが、魔法の研究ってことだと思うんだよね。
一度の失敗で立ち止まってたら、進むものも進まない。失敗を失敗と捉えずに、次に繋がるようにすることが大事なのかもしれないね。
「はぁ、わかりました。ならハク、私が負けた理由は何よ?」
「そうですね……ちらっと見た限りで申し訳ないですが、フランさんの魔法は、とても丁寧に構築されているものだと思います」
実際、魔力の流れを見ていたけど、かなり整っていた印象を受けた。
魔力量が多い中、それを暴発させるでもなく、絞りすぎるでもなく、適切な量を使って魔法の発動までこぎつけていたように見える。
狙いに関しては、すぐさま杖を叩き落としてしまったからよくわからないけど、反応速度も悪くない。私の速度でも最初の一言を言えたのだから、振り向いてすぐに状況判断ができていたってことだろうし、魔法に慣れているのは間違いない。
「それだと、負ける要因がないように見えるけど?」
「あります。あまり自分でこういうことを言いたくはありませんが、私はそれ以上に魔法の構築速度が速かったってことです」
「ふむ……」
恐らくだけど、フランさんは、あらかじめ詠唱を頭に思い浮かべ、振り向いた瞬間に無詠唱で魔法を放っていた。
対して私は、あらかじめ魔法を構築していたのは同じだけど、あちらと違って、魔法を発動するための言葉すら必要ない。
もちろん、その気になれば何も口にせずとも魔法を発動することはできるかもしれないが、普通の人だったら多分相当不安定になると思う。
ただでさえ、振り返って狙いを定めるって言う行動が必要なのに、そこに魔法の安定化まで入れていたら、わずかとはいえ時間がかかる。
まあ、それでも、普通の魔術師を名乗るには十分すぎると思うけどね。
「ハクは何でそんなに魔法の構築速度が速いの?」
「それに関しては、今は詳しいことは言えません」
「どうしてよ」
「その内容が、今回の学会発表で話す内容なので」
まあ、別に発表前に知られていても問題はないと思うが、もしかしたらハムールドさんだって学会発表を見に来るかもしれないし、あまりネタバレになるようなことは言わない方がいいだろう。
それで本来の目的が達成できないのはちょっとあれかもしれないが、学会で発表するほどの内容で負けたというのなら、それなりに納得はできると思う。
あわよくば、興味を持って見に来てくれたらいいと思っているしね。
私が発表するわけじゃないけど、私の考えた魔法が広まる手助けをしてもらえるなら、見てもらう価値は十分にある。
「ならば、見にいくしかないな、フラン」
「別にここで話してもいいと思うけど……まあ、いいわ。私も、あなたがどんな風に魔法を使っているのかは気になるし、見に行ってあげる」
「ありがとうございます」
「でも、これだけ教えて。その魔法は、私にも使える?」
使えるか使えないかで言ったら、使えるだろう。
魔法陣を覚えるのが大変と言うのはあるが、覚えさえすれば、場所を問わずどこでだって使い放題である。
まあ、瞬時にその魔法陣を思い浮かべることができるかと言われたらわからないけどね。
以前から教えているシルヴィアとかアーシェでも、使えるのはごく一部だし、ルシエルさんだって覚えてはいるだろうけど、とっさにできるかと言われたらわからない。
でも、これを使いこなせたら、強くなれるのは確かなので、ここはできると言っておこうか。
「はい。フラン様ならできると思います」
「そう。それはやる気が出てきたわ」
さっきまで落ち込んでいた様子のフランだったが、その目に光が戻ってきたようだ。
これで慰められたのかどうかはわからないけど、まあ、やる気を出しているみたいだし、任務は完了と言っていいんじゃないだろうか?
ちらりとハムールドさんの方を見ると、いい笑顔でサムズアップされた。
依頼主からのお許しも出たようなので、この一件は、後は学会発表がうまく行きさえすれば完遂できるはずである。
発表まで残り数日。発表自体は私がするわけじゃないけど、うまく行くといいね。
感想ありがとうございます。




