第百四十七話:いじめの理由
累計1000話を達成しました。ありがとうございます。
「う、嘘、私が、負けた……?」
「大丈夫ですか?」
杖を取り落とした状態のまま、フランさんは固まっていた。
よっぽど自信があったんだろう。エルならまだしも、私相手だったら万が一にも負けることはないと思っていたに違いない。
けれど、私だって勝てない勝負を挑むほど馬鹿じゃない。絶対に退けない理由があるとかでもない限り、基本的には勝てる勝負しかしないだろう。
まあ、大人げなかったと言えばなかったけどね。
確かに見た目は大人と子供の戦いかもしれないが、実際の年齢は私の方がはるかに上である。
魔法の熟練度を見ても、いくら魔法の聖地の出身だとしても、成人したばかりでは扱いも知れているし、私に負ける要素がない。
まあ、実はフランさんも私と同じように姿を偽っている人外で、今見えている魔力は見せかけだった、って場合もあるから油断しすぎるのは禁物だけどね。
少なくとも、フランさんは純粋な人間のようだけど。
「あ、あなた何者なのよ。私が負けるなんてありえない!」
「そんなこと言われても、今起こったことは事実です。見届け人の方々も、ちゃんと見ていたでしょう?」
私の言葉に、フランさんはキッと少年二人の方を見る。
少年の方は、どう答えたらいいかわからないのか、顔を見合わせて困ったような顔をしていた。
ちょっと接していただけでも、プライドが高そうだというのはわかるし、私に負けたのが認められないのはわかるけど、決闘は決闘だ。
吹っかけたのはこっちだけど、それを承知で乗ってきたんだから、きちんとアンティーを払ってもらわないとね。
「約束通り、その子にはもう手を出さないでくださいね」
「ぐぬぬ……」
フランさんはぎりっと唇を噛みしめ、こちらを見てくる。
しかし、予想と反してそれ以上は怒鳴ることもなく、素直に身を引いた。
「……わかった。決闘は決闘だもの、約束は守るわ。あなた達、行くわよ」
「は、はい」
悔しげに表情を歪ませながら、少年二人を伴ってその場を後にする。
後には、状況を飲みこめていなさそうないじめられていた少年が残された。
「え、えっと、助けてくれたの?」
「一応そうなりますね。大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫……」
見たところ、怪我は大したことはなさそうだ。
結構激しく殴られたりしていたようだけど、当たり所がよかったのかな?
防御魔法を使った、ってわけでもないだろう。でも、ところどころで身体強化魔法を使って、軽く防御していたのかもしれない。
このままでも大事にはならないと思うけど、一応治癒魔法をかけておこうか。
「わっ、傷が……」
「軽くですが、治癒魔法をかけておきました。痛みはないですか?」
「う、うん。凄いね、そんな凄い治癒魔法初めて見たよ」
とりあえず、元気になったようで何よりである。
しかし、なんでこんなところまできていじめられていたんだろうか。
フランさんの話によれば、外からやってきた田舎者だからいじめ、説教していたと言っていたけど、こんなあからさまなところに入っていくなんて危険だとわかりそうなものだけど。
「あ、僕はロイって言うんだ。改めて、助けてくれてありがとう」
「私はハクです。こっちはエル。一応聞きますけど、なぜいじめられていたんですか?」
「あ、うん、実はね……」
ロイさんが言うには、元々、冒険者である父と一緒に、世界中を旅していたんだけど、その途中で、この町に住む魔術師の一人に会ったらしい。
その人物は、ここロードレスの学園の副学園長を務めるほどの人で、ロイさんの父親の腕を見込んで、ぜひとも講師として学園で働いてほしいと頼み込んだようだ。
最初は断っていた父親も、副学園長の強い説得もあり、最終的には承諾。この町に移り住むことになったようだ。
そして、息子であるロイさんは、昔から父親に手ほどきを受けていたこともあって、それなりに魔法の扱いに長けていた。それで、学園に入学することになったようだ。
その時、同じクラスになったのが、あのフランさんだったということらしい。
学園では身分の違いはないし、フランさんも、ロイさんの魔法を見て、興味を惹かれたようで、それなりに話しかけてくれていたようだ。
しかし、いつだったからか、態度が冷たくなり、いじめをするようになった。
フランさんは、良家の娘らしく、その立場もあって学園での地位は高かった。なので、フランさんがいじめをすると、それに同調して多くの生徒達がいじめをするようになったのだとか。
それは次第にエスカレートしていき、学園内だけに留まらず、やがて学園外でも見かけたらいじめが行われるようになり、今に至るらしい。
うーん、身分の違いによるいじめは珍しい話ではないけれど、学園外までやるとは悪質だなぁ。
「最近は、学園に行くのも嫌になっちゃって、お父さんに頼んで休学させてもらっていたんだけど、それでもしつこく追ってくるんだよね」
「先生に報告したりは?」
「したけど、皆知らんぷり。フランちゃんの家は、このロードレスを作った貴族のうちの一人だから、逆らえないんじゃないかな」
「権力関係ですか。それは面倒な……」
いくら表面上は身分による格差はないとは言っても、実際に平民が貴族を前にしたら逆らえないことの方が多い。
だって、学園内では先生が守ってくれるかもしれないけど、一度外に出れば誰も守ってくれる人はいないんだから。
一応、あくまで平等ではあるから、そう言った名無しの平民が、貴族に取り入るにはいい場になっているのかもしれないけど、そういう欲もなく、ただただ静かに過ごしたいだけなのに、下手に貴族に絡まれると、面倒なことになる。
私が通っていた学園だって、表に出てこないだけで派閥みたいなものはいくつかあったしね。
今はどうなっているかわからないけど、当時は王子であるアルトがかなりまともだったから、下手な行動する人も少なかったみたいだし。
まあ、それでも私は退学に追いやられるところだったけども。
「僕はただ、平穏に過ごしたいだけなんだけどね」
「そこまで言うなら、学園を退学してもいいのでは?」
「それは流石にお父さんにも、副学園長にも申し訳ないよ。せっかく認めてくれたのに、僕のせいで台無しにはしたくないし」
「それもそうですね……」
今休学しているのだって、かなり譲歩してくれている方だろう。
副学園長としても、自分が見出した人物の息子が大成してくれたら、自分の目は腐っていなかったとアピールできるわけだし、学園での評価も上がる。
逆に、退学になんてなろうものなら、自分の評価を下げかねない。
だったら守ってあげればいいのにと思うけど、そこも難しいところなんだろうね。
「まあ、あの人達には今後一切手を出すなと言っておきましたし、大丈夫でしょう」
「そうかなぁ」
「もし何か理由をつけてまたいじめてくるようだったら、私に伝えてください。何とかしてあげますから」
「それはありがたいけど、なんでそこまでしてくれるの?」
「特に理由はないですけど、目の前で困っている人を放っておけないですからね」
そう言うと、何がおかしかったのか、ロイさんはきょとんとした後、くすくすと笑った。
まあ、いじめられている割には案外元気そうだし、多分大丈夫だろう。
せっかくの縁だし、私がここにいる間くらいは、注意しておこうかな。
感想、誤字報告ありがとうございます。




