第十話:冒険者ギルド
道中、魔物に襲われるというトラブルはあったものの無事に乗り越え、私達はようやく商業都市カラバへと到着した。
街門で軽く荷物の検査を受けてから中に入ると、その賑やかさに圧倒される。
大通りには様々な露店が立ち並び、客寄せがよく通る声で呼び込みを行っている。その声に立ち止まる人々も多種多様な種族がおり、人間の他にも獣人や小人など様々な人で溢れている。とても人が多く、私がいた村とは雲泥の差があった。
「わぁ……」
思わずきょろきょろと視線を彷徨わせてしまう。町に行くことは村の子供達にとっての憧れでもあったため、こうして自分が町に足を踏み入れていることに感動すら覚える。
それに、他の種族を見るのは初めてだ。獣人だよ獣人! あの尻尾とか触らせてくれないかな。
「俺はとりあえず商業ギルドに向かうけど、ハクちゃんは冒険者登録をするんだったね。冒険者ギルドまで送っていくよ」
「え、いいんですか?」
「もちろん。助けてもらったし、これくらいはさせてくれ」
「ありがとうございます!」
冒険者ギルドは門からそう遠くない場所にあった。入り口近くに馬車を止めると、建物の中へと入る。護衛依頼完了の報告があるからとリュークさんも付いてきてくれた。
ギルドの中はかなり広く、半分は酒場となっているようだ。入った瞬間、冒険者と思われる人々の視線が集まってくる。
「こんなところに、子供?」
「冒険者? にしちゃあ小さいが」
「依頼でもしに来たのか?」
冒険者達は皆屈強そうな男性が多い。中には女性もいるけど、体を鍛えているのか筋肉のつき方が違う。そんな冒険者が集まる場所では小さな少女の姿はとても目立っていた。
さりげなく、リュークさんが体で視線を遮ってくれる。思わず見上げてみると、ぱちりとウインクを返された。
やっぱりリュークさんはいい人だ。
「リュークだ。依頼完了の報告に来た」
「はい、承っております。モルセゴからカラバまでの護衛依頼ですね。確認いたしました」
足早に受付まで向かうと、まずはリュークさんの用件を済ませる。何度かここに足を運んだことがあるのか、受付の人も手慣れた様子で書類に目を通すと、依頼完了の判を押していた。
「ああ、それと、この子の冒険者登録を頼みたい」
「この子?」
受付窓口からは私のことが見えなかったのか、少し探すように視線を彷徨わせた後、体を乗り出して私の事を見つけると訝しげに表情を歪めた。
「あの、冒険者は10歳以上でないと登録できない決まりなのですが……」
「私は11歳ですよ」
「えっ?」
思わず口を開いた私を今度はじっくりと眺める。頭の先からつま先までじーっと観察し、首を傾げた。どうやら11歳というのが信じられないらしい。
いや、確かにそんなに背は高くないとは思うけど、そこまで疑うのは少し失礼ではないだろうか?
「11? 嘘だろ?」
「7歳くらいかと思ってた」
「あんな小さい子が冒険者に?」
他の冒険者も聞き耳を立てていたのか、ひそひそとざわついている。私はれっきとした11歳ですよ!
とはいえ、身分証も何もないので証明する手段はない。ギルドの登録はとても簡単で、大抵は簡単な書類を書くだけで登録できるはずなのだが、こんなところで身長の低さが障害になるとは。ぐぬぬ……。
「この子の言う通り、11歳だよ。ちょっとばかり背が低いだけさ」
「はぁ……。まあ、いいでしょう。それでは、こちらの書類に必要事項を記入していただけますか?」
まだ納得いってなさそうではあったが、リュークさんに言われて渋々ながらも書類を渡してくれた。
これ、一人で来てたらまともに取り合ってくれなかったよね。リュークさん、ありがとう!
さらさらと必要事項を記入……記入、できない。
待って、文字が読めない。
書類に書かれている文字は全然知らない言葉だった。いや、知らないわけではないんだけど、読めない。そりゃそうか、文字なんて碌に勉強してこなかったんだから。
魔法陣に書かれている文字だったらわかるんだけど、これはそれとは別物のようだ。しばらく書類と睨めっこをしてみるが、それで読めるようになるはずもなく、仕方なくリュークさんを頼ることにした。
「あ、あの、文字が……」
「ん? ああ、読めないのか。ここが名前で、こっちが……」
この年になって文字すら読めないとかちょっと恥ずかしい。いや、文字の教育を受けていないのだから読めなくて当然と言えば当然なんだけど、前世では読めるのが当たり前だったせいか余計に恥ずかしい。
教えられながらなんとか必要事項を埋めると、受付の人に書類を提出する。
結局代筆してもらうことになった。すごく恥ずかしい……。
受付さんはさらさらと書類を読むと、少し迷いながらも判を押してくれた。
「はい、こちらが冒険者ギルドのギルド証になります」
手渡されたのは手の平ほどのサイズの小さな金属板。金属板には書類に書いた個人情報が記載されており、中央には魔法陣が書かれた円形の窪みがある。
「ギルド証に魔力を流してください。そうすれば、あなた個人の魔力が登録されて身分証になります」
魔力は誰しもが持っている。たまに私のようにごく少量しか持たない人もいるけど、全くないなんて人はいない。それぞれが持っている魔力は人によって独特な差異があるらしく、その波形を登録することによって個人を特定することができるそうな。
この魔法陣、見てみる限り魔力の登録もそうだけど簡易的な【ストレージ】の効果がついているみたい。お金に限定されているみたいだから、財布代わりになるってことかな? だとしたらちょっと便利かも。
言われた通りに魔力を流すと、魔法陣が仄かに発光し、中央の模様に私の名前が刻まれる。これで登録完了かな。
「これでいいですか?」
「はい、大丈夫です。ギルド証は冒険者であることを示すと同時に素材を換金する際に財布としても機能しますので、無くさないように気を付けてくださいね」
その後、ギルドの規則について色々と説明を受けることになった。
素材の買取や依頼の受け方、冒険者ランクの昇格条件など、マニュアル本を見ながら懇切丁寧に教えてくれたが、その顔はまだ不満気だ。そんなに私が11歳だと信じられないか? ちょっと傷つくんだけど。
ちなみに私は駆け出しだから一番下のFランクだ。依頼をこなして功績を積めば昇格できる。昇格すると素材の買取価格の上昇やギルド酒場の値引きなど様々な恩恵が受けられるらしい。
まあ、お酒にはあんまり興味ないから酒場はどうでもいいかな。この世界は飲酒に年齢制限はないから別に飲んだっていいんだけど、子供の身体に酒は毒だろう。それより美味しいもの食べたい。
「わからないことがあれば二階に資料室がありますのでそちらをご利用ください」
「わかりました」
登録も終えたので、今度は買取所へと向かう。道中で狩ったオークを換金するためだ。少し食べちゃったから四匹分しかないけど、ないよりはましだろう。
なにせお金が全くないからね。お金稼がないと今日泊まる宿の宿代すら危うい。
というか宿どうしよう。ロニールさんならどこかいいところ知ってるかな? 後で聞いてみよう。
というわけで買取所へとやってきた。リュークさんも付いてきてくれている。付き合わせているようで悪いけど、正直心強い。
さっきからずっと視線を感じている。子供が冒険者になることは別に珍しいわけでもないと思うんだけど、やっぱり背が小さいからだろうか。早く済ませてしまいたい。
「すいません、素材の買取をしてもらいたいんですが」
「あいよ! って、子供?」
威勢よく振り返った後に私の姿を見つけて首を傾げるスキンヘッドの男性。その反応はさっきもやったよ!
もうなんだか突っ込むのも面倒くさくなったので【ストレージ】からオークの死体を出す。ついでに森で狩ったホーンラビットも出してしまおう。お肉なら道中で食べたオークのがまだ残ってるしね。
どさどさと目の前に積み上げると、周囲からどよめきが聞こえてきた。
「な、【ストレージ】だと!?」
「あんなに小さいのに……」
「俺、あの子欲しい」
何やら危ない発言も聞こえてきたが無視だ無視。というか驚いてないで早く査定してください。
目を丸くして驚いていた男性だったが、リュークさんが話しかけると我に返ったようで早速査定してくれた。リュークさんホントにありがとう。
「なんだこりゃ、みんな首が綺麗に刎ねられてやがる。お嬢ちゃん、一体誰に頼まれたんだ?」
「誰にも頼まれてませんよ。私とリュークさんで狩ったものです」
「俺はほとんど何もやってないけどな」
リュークさんも手伝ったと聞いて少し納得しかけたが、そのリュークさんが何もしてないと言ったので困惑しているようだ。
そんなに驚くところかなそれ。魔法が使える人ならこれくらい簡単にできるんじゃないの?
「それで、査定の方はどうでしょう?」
「あ、ああ、ここまで状態がいいものは珍しい。規定額より高く買い取らせてもらうよ」
査定の結果、オークが一匹につき小金貨2枚、ホーンラビットが小金貨1枚で計小金貨9枚。思ったよりも大きな収入となった。
いまいちまだ仕様がよくわかってません。