第八話 【りゔのあれこれ】
「絶対あいつなにか隠してる。何考えてんだ? ふざけてる」
教室でひとり、椅子を傾けて天井をぼーっと見つめる。教室には例の如く誰もいない。放課後の高校生は皆忙しいらしい。
俺は今日空野に会ったことを思い出していた。
異常化した自分をもとに戻す鍵は『空野とのこ』にある。あの女の子が実在したことと、俺の肩が未だ異常なことから、あれは夢ではなく現実に起きたことだと認識をシフトする必要があった。
あいつは文芸部だと言っていた。同じ一年でもはや部長。いわくがあるとしか思えない。あの怪異なドアが存在する部室も加味して考えると殊更異様だ。部員は他にいるのだろうか? どんな活動をしている? そういえば『今日からあなたも勇者』だとか奇々怪々な勧誘ポスターが貼ってあった。ただ詩だの小説だのを執筆しているものだとも思えない。
結論、もうホント訳が分からない。
あいつが学校にいることは分かった。あれこれ考えてもしょうがない。もう一回会った時に絶対肩の治し方を聞いてやる。あいつの茶番にいつまでも付き合ってなどいられない。
よし今日は気分転換にワラワラ動画見ながら帰るとしよう。確かお気に入りのゲーム実況がアップしていたはずだ。イヤホンを耳に付け、スマホを取り出すとアプリを探した。
ワラワラ動画アプリに到達する前だった。俺の指がひとつの他のアプリの所で止まった。
「……【りゔのあれこれ】 ……そういえば」
それはLib♯4の世界、キャラデザの時に貰ったバーコードリーダーからダウンロードしたアプリだった。今まで普通にスマホを使っていたのに全然気付かなかった。まだあったんだこれ。
開いてみる。トップには『最新トピックス』『MAP』『所持品確認』『プロフィール』『パーティ』『人物』などなにを意味するか分からない項目が並んでいた。しかし、何の影響なのか見たこともないような文字に変換されて、文字化けを起こして何を意味するか分からない所もあった。そして、上方のバーにはお知らせのアイコンが光っている。試しに『最新トピックス』を開いてみる。そこには、
【ああああさんが平助さんに叩き葬られました】
【もう復活することができません。平助さんのしかいが闇につつまれました】
なにか一回みたことのある文章があった。あの世界で、スマホに一回一回こんなのが表示されていたのを思い出す。
次に『人物』を開いてみる。そこには二人の情報らしきものが顔写真入りで載っていた。
そのうち一人は俺だった。いつの間に写真まで撮られたのだろうか?
【名前:へいすけ 性別:男】 次のページをタップする。
【Lv:1 種族:勇者族 JOB:投球師】
投球師。そうだ。そういえばキャラデザの時、そんな職業を選んだっけ。野球のJOBがあることにテンションが上がって。また、次のページをタップする。
【スキル:狂肩⇒ お前の肩に光学兵器が搭載された。お前は何もかもを貫くクレイジーを飼いならせるか?】
スキルだ。空野が言っていた。「それがお前のスキルなんじゃね?」と。
なんだよこれ!? 狂った肩ってまんま俺じゃねえか?
これか? これなのか? 俺を散々な目に合わせてくれた元凶は?
もう一人の顔写真はあの少女:空野とのこだった。とぼけた顔して写ってやがる。
【名前:ああああ 性別:女】俺は次のページをタップするが
【このページは表示できません】と警告され進むことができなくなった。
今度はお知らせアイコンをフリックしてみる。
【ああああさんがへいすけさんをパーティに誘っています。参加しますか? Y/N】
「なんだよこれ? 空野とのこ! なんで俺がお前のごっこ遊びに付き合わなきゃいけねえんだよ? どこまで俺をおちょくってんだよ?」
ついつい教室の中でひとりスマホに向かって怒鳴ってしまった時だった。
教室のドアがくたびれた音を立てて開いた。
「おい。こんなところでなに大声出してんだよ? 頭大丈夫かお前?」
一瞬ビビったが、教室に入ってきた顔を見るなり一気に緊張の糸は弛んだ。
「藤原かよ!? おどろかすんじゃねえよ」
そこにいたのは担任の藤原だった。相変わらずの寝癖そのままの髪型にだらしないジャージ姿、呆れた顔で俺を見ている。
「驚いたのはこっちの方だっつうの。一年D組のゴミ箱がなんか派手にぶっ壊れてるっつーから回収にきたらお前の訳分かんねえ大声だよ。まったく俺は色々暇じゃねえんだぞ」
「お、おうお疲れ」
俺は、つい柄にもなく藤原を労った。
「それよりどうだよ調子は? 野球部辞めたんだってな。いいんじゃねえのか? 夏とかあんなクソ暑い中グラウンドで走り回るなんて狂気の沙汰だっつうの。何もしねえで家の中で寝てるのが一番だよな?」
なんとも返事ができなかった。もう一度野球がしたいから肯定はできない。でも今は異常な存在。だからなんとなく否定もできなかった。
(そんなに真面目に悩むところかよ!) 俺は自分で自分につっこんだ。
だが、正直藤原の能天気さにはちょっと救われるところがある。ここで、変に同情されても惨めなだけだ。
「ってか平助、スクープだ。俺はな、とうとう鎧野郎の真相に辿り着いたのだ」
いつにもなく藤原のテンションは高い。
「はぁあ? 興味ねえよ」
「いいから聞け。目撃情報を統計するとだな、放課後六時半~七時、B棟四階にそいつは頻繁に出没している。なんでもここは昔戦場だったらしくてだな。親友を亡くした兵士が死ししてもなお仲間を探して彷徨っているらしい。それでな、そいつは学校の生徒を見つけると『友達を殺したのはおまえかぁ~~~!!』って刀を振りかざして ――っておい平助! どこ行った~?」
藤原の忙しいなんてたかが知れてる。こいつ本当に教師か? ただの使いっぱだろ?
そんな思いを心に留めながら、話途中で俺は逃げ出してきた。
「あほらし」
その足取りは徐々に速くなっていく。(もうホントあほらし)
だんだんそれは徒歩とは呼べなくなり。(いやいやマジであほらしいよ)
それはダッシュというものに変わり。(はぁ、はぁ、はぁ。あ、はぁ、ほら……)
「わぁあああああ。帰ろ、帰ろ。もうホント今日は風呂入ってすぐ寝よう」
まあ、ちょっとビビった。しかし、適当に走ったせいで出口を見失い、お決まりの学校で迷子パターン。辺りはすっかり暗くなってきている。
廊下の時計を見ると短い針と長い針はどちらも六を指している。そして壁にはうす灯りの中B棟四階の文字が見えた。
「こ、こんなあからさまなフラグねえよな。B級映画じゃねえんだから」
そう自分に言い聞かせるように呟く俺。しかし、その独り言を――
カツーン。カツーン。カツーン。
どこか遠くから聞こえる足音に遮られる。
この音は学生靴が鳴らす軽快な足音ではない。金属が床と接触する音。重く、ゆっくり。俺に確実に近づいてきている。
「う……う……う……」
ふと廊下の奥を見たとき、非常灯がひとつの影を照らし実態を映す。
「わぁあああああああああああああああああああああああ」
そこに映ったのは白銀の西洋甲胄を纏った人影だった。俺の方を向くなり、首を大きく後方にもたげて、よたよたと重そうな足取りで俺の方へ歩いてくる。
俺は走った。それはそれは走った。気が付くとそこは校舎の外で。無事逃げ切ることができたと安堵した瞬間、何故だか大粒の滴が頬を伝った。
まぁ、ちょっとビビっただけだ。