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第五話 あれ? 俺の肩おかしくね?

 意識が顕在化してくる。まぶたを開けなくては。

「ふぁぁ~あ~。なんだよ。 ……夢オチかよ」

 目を開けた所。そこは、俺の教室、俺の机。そこに突っ伏して寝ていた。

 それにしても変な夢だった。考えれば当たり前だ。あんな変なことが現実であってたまるか。夢は夢の中では気づけないのが困る。

 窓から外を見るともう薄暗くなっている。

 まだ頭がぼーっとする。どこから現実でどこまでが夢だったのかも分らない。でもやけにその内容は鮮明に覚えている。

(ガラス割れたことも夢だよな……)

 現実逃避に近い淡い期待をしてみる。野球部のユニフォームを着ているので、文化祭の出し物で遠投対決をしていたところまでは現実だと思う。

 だが自分の教室に来た覚えがさらさらない。おそらく校舎を彷徨う内に眠くなって寄ったのだろうと考える。

 にしても、どうしてこう、机という寝具は、固くて、姿勢がおかしく寝心地が悪いというのについつい寝てしまうのだろうか。そういえば今日も午前中のホームルームの時間に寝オチして担任の藤原に頭をこづかれた。

 そんなことを思いながら野球部のグラウンドに向かうが、そこにはもう人影はなかった。文化祭の後片付けにでも向かったのか? そう自分を納得させ、その日は面倒くさいからこっそり帰ることした。


「このどわっつほぉおおおお~~~~~!!」

 次の日。何食わぬ顔で部活に顔を出した俺に待っていたのは、地面が割れるのではという程の監督の怒号だった。

「やっぱりあれは現実……」

「まだ目が醒めてないならバッドで思いっきり後頭部ぶん殴ってやろうか?」

 鬼畜監督の目はマジだから怖い。

 監督によると、俺は校舎に行ったきり帰って来ず、ガラスが割れた部屋の後処理もなにもしてこなかった。 ……らしい。それは怒られる。

 つまり、窓ガラスは割ったらしい。ってことはあの意味分からんドアが置いてある部室のとこからが夢だった訳か……? よく分からん。

 さて、このブラック野球部は文化祭翌日にもはや練習試合である。

 この空気を読めない鬼畜は、必ずと言っていいほどに青春を謳歌し損なった症例であろう。間違いない。自分の屈折した過去を他人にも押しつけ、自分の過去を正当化したいのだ。もっと生徒の目線になって物事を考えて欲しいものだ。

 そしてガラスの修理代で遠投対決の興業は赤字だった為に、野球部内には殺伐とした空気が流れている。特に先輩からの熱烈な視線が俺に向いているのが嫌でも分かる。


「おい、昨日はなんでばっくれたんだよー?」

 キャッチボール相手の蒼汰は、そんな中気軽に話しかけてきた。中学の同級生であり、高校も同じになった。口数が少なく、社交的ではない俺にとって最も仲が良い友達といってもいい。

「知らねーよ。気づいてたら寝てた」

「そんな訳あるか! 嘘つくならもっと現実味があるやつにしろよ。あの後大変だったんだぞ」

「わりぃわりぃ。ってか先輩怒ってないか?」

「あぁ、結構ピリピリしてるぞ。文化祭の利益で盛大に打ち上げするつもりがお前のせいでパーだからな」

「ってか、俺は全力で賞金ゲットを阻止しただけだぞ。むしろ貢献するのを頑張った結果だ。 俺の肩の射程を想定できなかったゲーム企画者が悪い――」

 その時、急に背中に激痛が走った。

「いてぇえええええ」

 俺は地面に崩れた。背部から呼吸器が圧迫されたのだろう。息を吸おうにも呼吸が苦しい。地面には硬球が落ちている。これが俺を襲ったのだ。飛んできたボールの方向にやっとの思いで頭を向ける。

 そこで俺を見下ろしてニヤついていたのは、セカンドを守るレギュラー【二瀬ふたせ先輩】だ。

「悪い悪い。手が滑ったぜ。俺が企画した遠投対決の余韻で、まだ興奮が収まんなくてよ。肩制御できなかったぜ。大丈夫だよな駄謝?」

 くそ。絶対わざとだろコイツ?

 三年生が引退し一・二年生のチームになって早一か月。二年生は、今まで先輩の下で抑圧され燻っていた状態から解放され、今はずいぶんとでかい顔をしている。

「はい。全然余裕なんで」

 憎悪したが、俺はその感情を心の中で押し殺した。ここで感情的になるほど後先を考えない馬鹿ではない。野球部というバリバリの縦社会には理不尽の一つや二つあって当然。覚悟の上である。

 でもむかつく~~~~~~!

 そう思ってはいるが、心の中ではもうはらわたが煮えたぎっている。頭の中がモヤモヤする。

 しばらくすると呼吸も落ち着いた。大事には至らなかったようだ。キャッチボールを再開した。

「痛てぇよ。お前の馬鹿肩は分かったからもう少し手加減して投げろっつうの」

 ついつい感情がボールに乗り移ってしまったらしい。俺の返球を捕球するなり蒼汰はグローブを外し、手をさすっている。よっぽど痛かったのだろう。

「わりぃわりぃ」

 そんなに力入れてるつもりはなかった。無意識に力が入ったらしい。

 シュっ。        バコっ。

「ちょ、おま。言った傍から……」

 距離は三十メートルほど離れていた。しかも言われたから少し力を抜いて投げた。

 ――はずだったのに。

 キャッチボール相手、蒼汰のグローブであるが……。破けていた。ミットの網の所が剪断されている。そこら変の安物のバッグの革ではない。グローブである。

 どうなってんだ!? 今日の俺絶好調じゃねえか?(肩だけ)


 さて練習試合だ。監督を中心に円陣が組まれる。

「いいか。お前らは弱い。弱すぎる。ここ最近のたるみ具合はなんだ? 公式戦はせいぜい二回戦止まり。打てないし、守れないし、走れない。まったくクズの集まりだ。違うか?」

 鬼畜の形相は険しい。パワハラであろう圧力でYESを言わそうとする捻じ曲がった性格。俺たちは自分の意思の存在しない大声で返事をする。これでは一種のマインドコントールと言えよう。

「今日はばんばん一年も使っていくぞ。二年はせいぜい後ろ首かかれないように必死でやれ。一年も気合で負けてんじゃねえぞ。二年よりも腐った根性のやついたら血反吐吐くまでしごいてやるからな。覚悟せええ!」

 こいつはどこかで悪口の英才教育でも受けてきたのであろうか? それは激励だなんて慈悲に包まれたものではなく、罵倒と呼んでぴったりである。

 

 さて試合は始まったのだが、昨日の文化祭の疲れで、野球部の動きは鈍い。五回が終了した時点で6-0。上杉高校は大差を付けられ負けている。

「なぁ、今日は帰っていいよな」

 こんなクソ試合にも関わらず必死に声援を送る蒼汰に言う。

「ダメに決まってんだろ! アホ言ってないで応援しろ」

 補欠は暇だ。これほどクソなポジションはないだろう。青春の貴重な時間をただただクソみたいな試合を見て、無駄に大声出して費やさなければいけないとか。

 俺の出番が来るのにそう時間はかからなかった。満塁でエラーをして、三点を献上し絶望的な点差を創造した二年生の先輩に代わって、ライトのポジションに付くことになった。

 ランナーが一掃されたところに相手高の四番がバッターボックスに向かう。今日すでに二本のヒットを打っている。上杉野球部のピッチャーはもはやバッティングピッチャーと化しており、外野に飛ぶのは必至である。他の外野は長打を警戒し後ろに下がる。

 まあ俺はだるいからそんなことはしない。そんなダサいことしてるから、ビビってエラーとかすんだよさっきのアイツみたいに――

「どわっ」

 とか馬鹿にしていたら、初球。問答無用でバットを振りぬいた四番打者の打球が、俺の遥か頭上を飛んでいった。定位置に守っていた俺は当然、直接捕球するのは不可能。ボールはワンバウンドでライトフェンスに直撃した。慌ててボールを追う。ボールを拾った時点でランナーは既に二塁ベースを蹴り三塁を狙っていた。

「ちんたらしてんじゃねぇよこの木偶の棒。早くボールよこせ」

 『木偶の棒』  百八十六センチの身長がある俺を形容している言葉だ。発信者は中継に入ったセカンドの二瀬先輩。先ほどキャッチボールで俺にボールを当てた先輩。

 そんなに欲しけりゃくれてやるよ。ほらっ。

 捕球の体勢からノーステップでカットにボールを送る。先輩への愛情≒憎悪をたっぷり込めて。

 キーーーーーーーン

 よくよく聞いてみれば、その音はおかしかった。

 結果から言えば、二瀬先輩はランナーをアウトにすることはできなかった。

 その場にうずくまる先輩。試合は一時中断され、何事かとみんなが集まりだす。

「大丈夫か二瀬。おい! おい!」

 上杉ナインが声をかけるが、二瀬は左手を抑えたまま動けない。

「腕がぁあああ。腕がぁああああ」

 これだけ聞くと秘められた能力解放に悶える厨二病だ。笑える。しかし周りの雰囲気はそれどころではなく緊迫している。結構一大事だ。

 仲間に心配されながらなんとかベンチに引き返す二瀬。左手が真っ赤に腫れあがっていたのが見えた。そして、さっきの俺と比にならないくらいに痛がっている。

分かったか? 痛いってのは苦しいことなんだぞ先輩よ。分かったら今日は帰ってよし。帰って●才テレビ君でも見て寝なさい。

 しかし、まぁ原因が原因だ。だって、俺の送球取り損なっただけだし。監督判断で途中交代となり、取り敢えずアイシングをして様子をみることになった。相変わらず顔色は授業中うんこをもらしそうな奴くらいに悪い。やっぱ笑える。メシウマ。

「ごらぁあ駄謝。もっと取りやすいとこに投げんかい!」

 またもや監督の怒号。怒られたのは何故か俺だった。結果的にはヒットとセカンドのエラー。そのままランナーはホームに帰り、十一点目が献上された。監督は二瀬の怪我を軽視し、それより試合の内容が気に喰わない。

 俺のせいとか有り得ない。二瀬のミスだ絶対。ふざけんな。

《この時点で俺の異変に誰かが気付いていたならば、この後起こる惨事を未然に防げたのに》

 そのまま試合は再開されたが、相変わらずの泥試合。点差は19-0にまで離され、監督からは『二十点差が付いたら明日の朝まで夜通し地獄ノックの刑』が言い渡された。否応にも緊張が走る。

 九回表。ランナー、一・二塁。この二塁ランナーがホームに還った瞬間に地獄の幕開けが決定する。  

 今日は本当に俺の所に打球が集中した。一、二塁間をするどい打球が襲い、球足の速いゴロが俺に迫った。

 ランナーは迷いなく三塁を蹴り本塁を狙う。

 補給すると思いっきり振りかぶり、渾身の力でキャッチャーめがけてボールをぶん投げた。むしゃくしゃした気持ちを全てぶつけて。

 おらぁああ! これでも喰らえぇえええ!


 とある野球部員A君の証言

「ええ。確かにあの時なにか焦げた臭いがしたんです。あと、信じてもらえないかもしれませんが…… ボールが…… 少し…… 燃えていたような……。 ……いや、なんでもないです。疲れていたんですよね僕。ハハハ」


 とある野球部員B君の証言

「ランナーがホームに到達する遥か前に、ボールがキャッチャーまで届いていたことは確かですよ。でもキャッチャーがあの返球を捕球しようとしなかったのは正解でしたよね。 ……だって、ねえ」


 俺がバックホームをした数秒後、バックネット後方から爆発音がした。その後すぐに火の手が上がり辺りは騒然とした。

 その火の元が上杉学園野球部監督の愛車だった事を知ったのは、後の話だ。 


 とある野球部員C君(捕手)の証言

「そうですね。僕はライトから迫ってくるのがボールには見えませんでした。 ……弾丸かなにかだと。僕は命の危機を感じました。そして、咄嗟に『逃げる』コマンドを選択したんです。今思えばあのままボールを取ろうとしていたらどうなっていたか? ――想像もしたくないですね。だって、そのままバックネットを突き破って監督の車まで邁進したんですから。 ……まったく人間業じゃないですよ。ハハハ。 ――え!? キャッチャーですか? もう二度とすることはないでしょうね。もうあの光景が脳裏から離れなくて。トラウマになってしまったんですよね。もう僕、今後は応援席から野球部を応援するって決めたんです。 ――野球ですか? もう未練なんてないですよ」

 

 この後の俺に対する扱いはひどかった。

 病院に連れて行かれ、挙句警察の事情聴取を受ける破目になった。もちろん体に異常は見つからなかったし、刑務所にぶち込まれることもなかった。

 何故なら俺はただ、バックホームをしただけだから。

 病院と言えば、試合の途中俺の返球を取り損なって、左手を痛めたセカンドの二瀬先輩だが。試合後一向に腫れは引かず、痛みも増すばかりのため病院に行くことになった。診断結果は『左舟状骨、月状骨、菱形骨、有頭骨、第二・三中手骨の粉砕骨折、及び上腕骨頚部の介達骨折』らしい。

 この騒動は一時学校を騒がせたが、原因が原因のため、真偽のほどは有耶無耶になり、もはや都市伝説と化した。一説によれば『米軍の兵器実験の流れ弾だった』とか『監督を嫌っていた生徒がC4爆弾を起爆させて報復した』とか。ともかく、人間単体が兵器も使用せず成す所業ではないと結論付けられ、俺が騒がれることはなくなっていった。

 ただ一週間後、珍しく静かで落ち着いた雰囲気の鬼畜監督が、一枚の紙切れを持ち俺の前に立ち「今までご苦労だったな」とやけに優しい声色で一言言い放っただけで、慰謝料だとか弁償だとかそういったものは何も発生しなかった。

まあ何度も言うが俺はただバックホームをしただけだし。

 その紙切れだが。一番上に『退部届け』と書かれてあり、学校長の印鑑が押されてあった。


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